12. 『ましのん』オフコラボ配信④
数分後。すっかり身支度を整えた鈴町さんが部屋に戻ってきて、隣の椅子にちょこんと座る。
「鈴町さん」
オレが名前を呼ぶと、彼女の華奢な肩がビクッと跳ね上がった。そんなに怯えなくても、何も怖いことはないのに。
「……あのさ。このコラボ配信が終わったら、鈴町さんの好きなもの食べに行こうか。もちろん、オレが奢るよ」
「え?」
「頑張ったご褒美。昨日のオフコラボ、そして今日の朝の凸待ち企画。相当疲れただろ?それにオレの家にまで来てくれてるんだし。これは、先輩として当然の労いだよ。何食べたい?」
「……お寿司……食べたい……です」
「よし、分かった。出前を注文するか。鈴町さんは外食は苦手そうだしな」
「ましろん先輩と……お寿司……はい……楽しみにしてます」
オレは、準備していた台本を鈴町さんに手渡して、いよいよコラボ配信開始の時間になる。深呼吸を一つして、オレは配信開始ボタンを押した。そして、いつものように挨拶をする。
「おはようございます。Fmすたーらいぶ1期生、姫宮ましろです。今日も『姫の朝演説』にお集まりの親衛隊、そして国民の皆さん。元気にしていますか?」
コメント
『姫ぇぇぇぇぇぇ!!!!』
『ましろんきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『待ってましたぁぁぁぁぁぁ!』
『今日も可愛いよぉぉ!』
「今日はですね。『姫の朝演説』に、とっても可愛らしい妖精さんが、スペシャルゲストとして来てくれましたよ?」
「おはよ~。Fmすたーらいぶ3期生、Fmすたーらいぶの風紀を守るがんばり屋の妖精『双葉かのん』だよぉ」
コメント
『ましのん最高!』
『かのんちゃんおはよ!』
『凸楽しみ!』
「なんか、かのんちゃんの持ち込み企画があるんだって?」
「そうなんです!昨日のましろん先輩が、色々と黒い疑惑があったので、他のFmすたーらいぶのみんなはどうなのか、この『風紀委員凸撃』で、徹底的に確認しようと思います!」
「わぁ。頑張ってね、かのんちゃん。後輩が先輩たちを糾弾していくドキドキの展開みたいよね」
「ましろん先輩も、もちろん一緒にやるんですよね!?」
「でも、ましろはWithだから」
「Withは、一緒って意味ですよ!」
「ましろの国では、意味が違うのかな」
「ましろん先輩。ここは、日本のインターネットですよ!ここでのルールに従ってくださいよw」
コメント
『草』
『いいぞもっとやれ』
『ましろちゃんもやってあげてw』
『姫の言うことは絶対だろ?』
『おいやめろ』
『やめたげてw』
つかみは、まずまず問題ないだろう。オレの想定通り、鈴町さんも楽しんでくれているようだ。オレは、そのままディスコードに『そろそろ凸行きます』とメッセージを送る。するとすぐに、一人から返事が来たので、指をさして鈴町さんに合図を送る。
「じゃあ、まずは……最初の凸は、かのんが一番最初に気になった、この人です!もしもし?」
「Withの姫宮ましろです。お名前をどうぞ?」
《With?てやんでぇ。Fmすたーらいぶ2期生、最強の女刑事とは、この遠山さくらのことだい!風紀を乱す奴らは、全員逮捕してやんよ!》
コメント
『やっぱりきちゃったか……』
『凸されてるぅぅ!』
『さくら警部来たぁ』
遠山さくら。Fmすたーらいぶ2期生で、見た目は赤い髪のJKで、コンセプトは「曲がったことが大嫌いな江戸っ子JK」。ちなみに、父親が刑事という設定だ。
その設定のせいなのか、デビュー当時から色々と暴走することが多く、今ではFmすたーらいぶの名物になっている。でも、毎回面白いネタを投下してくるので、Fmすたーらいぶの中でも人気は高く、企画力はピカイチだ。だから、今回の最初の凸相手として、申し分ない。あと、彼女はこういう派手な企画が好きそうだし、対応力もすごい。昔から、そういうところは本当に尊敬している。
《おうおう。かのん。この桜吹雪に誓って、風紀なんて乱してねぇからな?》
「本当にそうですかね?」
鈴町さんは、遠山さくらさんの、圧倒的なトーク力にタジタジになりながらも、台本に沿って、なんとか会話を続けている。しばらく、雑談を交えながら配信を進めていくと、いつの間にか遠山さくらさんのペースになり、適度にオレにも話を振りながら、場を回してくれるのは、さすがである。
コメント
『さくらちゃんがノリノリすぎて草』
『かのんちゃん頑張れ』
『姫は紅茶の時間』
そんなやり取りは、15分ほど続いた。コメント欄も大いに盛り上がり、最初の凸としては、最高の滑り出しと言えるだろう。通話を終えた遠山さくらさんに、『ありがとうございました。とても助かりました』とメッセージを送ると、すぐに『いえいえ。いつでも頼ってくださいね』とキャラクターとは違う、謙虚な返事が返ってきた。
オレも、数回コラボしたっきりだけど、Fmすたーらいぶの他のライバーさんは、本当にみんな優しい人ばかりだ。この『Fmすたーらいぶ』という箱は、本当に居心地が良い場所だと思うしこんな素敵な仲間たちに出会えたことに、今改めて、心から感謝してもしきれない気持ちでいっぱいになった。