11. 『ましのん』オフコラボ配信③
そしてそのあと興奮冷めやらぬまま、オレはスマホを取り出してエゴサをしてみた。すると、予想をはるかに超える反響があった。『#ましのんてぇてぇ』という、ファンが作ったであろうハッシュタグが、なんとトレンド入りしている。SNSのタイムラインも『ましのん』コラボの話題で持ちきりになっており、関連ワードが急上昇ランキングにも食い込んでいる。どうやら、ファンの間でも今回のコラボは相当な話題になっているらしい。
ちなみに、鈴町さんは初めてのコラボ配信で、想像以上に疲れてしまったのか早めに寝てしまったようだ。明日の打ち合わせを軽くしておきたかったけど、初めてのオレの家での配信だったし、人見知りの彼女のことだから、相当な緊張もしただろうしな。
「ひとまず、大成功だな」
オレは小さく呟き、そのまま自分のベッドに横になり、目を瞑ってさっきまでの配信の光景を思い出す。最初はガチガチに緊張して、ぎこちなかった鈴町さんだったけど、配信が進むにつれて徐々にいつもの明るい調子を取り戻していき、最後は普段の『双葉かのん』そのものになっていた。あの変わり身は本当にすごい。
それにしても……
これがVtuberというものなのかもな……画面の向こう側と、こちらの世界。確かに、今までとは違う何かを感じる。そして、今日垣間見えた彼女の姿を考えると、彼女がこれからトップVtuberになっていくのかと思うと、不思議とワクワクしてくる自分がいた。
「……よし!」
小さく鼓舞するように呟き、そのままリビングに向かい、まだ仕事をしている桃姉さんに声を掛ける。
「桃姉さん」
「あ。颯太、お疲れさま。やるじゃない。『姫宮ましろ』と『双葉かのん』の登録者が、一気に1万人近く増えたわよ。やっぱり、珍しい組み合わせのコラボ配信は、爆発力が違うわね」
「でも、まだ足りない。もっと上を目指せる。鈴町さんと……『双葉かのん』と一緒なら。それこそ、トップVtuberにだってなれると思う。オレが保証する」
今までの自分からは考えられないほど、強い自信が湧き上がってきた。
「あらあら。過去にみないやる気ね?オフコラボの効果は、颯太の方が受けてるわね、これじゃ?」
「そうかもな。オレは……トップVtuberを目指すよ。今までは正直『ただ姫宮ましろをやっていた』だけだった。でも、鈴町さんを見て、一緒にコラボして、もっともっと大勢のリスナーに観て欲しい、その他にも色々なことに挑戦したいって、強く思うようになったんだ」
「……それが言いたかったの?」
「ああ。改めて今日が、本当の『姫宮ましろ』の始まりだからな」
「そう。頑張りなさい」
Vtuber戦国時代と言われるこの時代。これから、どんな強力なライバルが現れるかわからない。けど、鈴町さんと一緒にどこまで行けるのか本気で挑戦してみたい。それが今の正直な想いだから。
そんなことを考えながら自分の部屋に戻り、オレは明日の配信で使うサムネイルの編集を始める。明日はいつものように朝の雑談配信……
「いや……ここで、ただの雑談配信は、さすがに守りに入ってるか……?」
せっかくの『ましのん』コンビの勢いを、少しでも霞ませるような真似は避けたいところだ。かと言って、このままの勢いを無駄にしないためには、何か攻めた企画ものを始めるしかないが……
「う~ん……」
今の『姫宮ましろ』と『双葉かのん』に、今、一番足りないもの……それは、一体何だろう?
「……あっ。そうか……」
そこで、オレは閃いた。そして、そのアイデアを元に、早速サムネイルを作り始める。これで、明日の朝の配信はきっと面白いことになるはずだ。
「ふむ。我ながら、良い企画を思いついたぞ。これで絶対にリスナーも、そして鈴町さんも満足させてみせるぞ」
そして、Fmすたーらいぶに在籍している、全てのライバーにお願い的ななメッセージを添えて、ディスコードを送っておく。
『明日の朝の配信で、凸待ち企画をしようと思っています。もしよかったら、出れるかた居ますか?』と。あとは、みんなからのリアクションを待つばかりだ。
こうして、充実したオレの1日は、静かに終わりを告げたのであった。
そして翌朝。時間は7時を回った頃。オレは、いつものように朝の配信の準備を進めていく。昨日、Fmすたーらいぶのライバーたちに送っておいたディスコードには、すでに2名ほどリアクションが返ってきている。まぁ、オレの配信は朝早い時間だから、こんなものだろう。実際Vtuberは夜型の人が多いから、この時間はまだ寝ている人も多いだろうしな。
すると、勢い良くリビングの扉が開かれる。そこに立っていたのは、寝癖がついたままの鈴町さんだった。スマホを握りしめて声も発っしないが、その顔は明らかに動揺しているようだった。
「おはよう。鈴町さん」
「あ。……あの!……こ……これって?」
鈴町さんは震える手で、スマホの画面をオレに突き出した。そこに表示されていたのは、オレが昨日送ったディスコードのメッセージ。
「サムネ、まだ見てないの?」
オレは、そう言いながら、PCの画面に表示している今日の配信のサムネイルを指さした。
「見ました!……あ。その……」
今日の『姫宮ましろ』の枠は『Fmすたーらいぶの風紀を確認!凸撃かのんちゃんWithましろ姫』という内容は一目瞭然のタイトルで、まぁ簡単に言えば『双葉かのん』がFmすたーらいぶの他のライバーに、次々と凸を仕掛けていく、という内容なのだ。
この企画には、いくつかの目的がある。まず、昨日のコラボで話題になった『双葉かのん』が、この機会に他のライバーと積極的に絡んで、もっと仲良くなってほしいということ。人見知りの激しい鈴町さんのことだから、自分から他の人をコラボに誘うなんて、きっと無理な話だろう。そしてもちろん、この企画は『姫宮ましろ』のチャンネルにとってもプラスになる。
「コラボ配信するんだろ?」
「そうですけど……今日は……雑談で……オフコラボの……話じゃ……」
「それは、自分の雑談配信で喋ればいいさ」
「でも……こんなの、私には……無理……です……」
「無理かどうかは、やってみないと分からないよ。『双葉かのん』は、Fmすたーらいぶの風紀を守るんだろ?こんなところで、弱音を吐いている場合じゃないよ。ほら、寝癖がついている。早く準備してきな」
そう言って、今にも泣き出しそうな涙目の鈴町さんの背中を押して廊下へと押し戻すと、オレは、 何もなかったかのように配信の準備を再開するのであった。今日の朝は、いつも以上に騒がしくなりそうだ。