目次
ブックマーク
応援する
7
コメント
シェア
通報

9. 『ましのん』オフコラボ配信①

9. 『ましのん』オフコラボ配信①




 そして時間は午後2時。桃姉さんが約束通り、鈴町さんを迎えに行き、わが家に到着したのだが……玄関を開けた瞬間、その緊張っぷりがひしひしと伝わってきた。顔は蒼白で、目は泳ぎ、体全体が強張っている。まるで、これから尋問でも受けるんじゃないかという雰囲気だ。


 それから、リビングで桃姉さんと打ち合わせを始める。今日の配信の流れや、事前に準備していた台本の確認を細かく行っていく。桃姉さんは手慣れた様子で指示を出し、オレもそれに従って確認作業を進める。その間、隣に座っている鈴町さんは、まるで抜け殻のように無言で、体だけがソワソワと落ち着きなく動いている。時折、声にならないようなため息を漏らしていた。


 そして時間は午後8時。桃姉さんが、夕飯を買いに行っているいる。リビングには、オレと鈴町さんの二人きり。せっかくの機会だから、最終確認の打ち合わせをすることにした。


 というより……今日、鈴町さんの声を聞いた記憶がほとんどない。朝の配信での絡みはあったものの、直接言葉を交わしたのは、それっきり。今も隣で緊張しっぱなしで、まるで石像のように一言も喋っていない。本当に配信で見せる明るく元気な『双葉かのん』とはまるで別人格だよな。


「あの、鈴町さん?大丈夫か?」


 声をかけると、彼女はビクッと体を震わせ、「ひゃいっ!?」と悲鳴のような声を上げた。


「あ……うん……何でもない……」


「あ……え……えと……その……ごめんなさい……ちょっと……緊張しすぎて……何も覚えてなくて……ごめんなさい……」


 鈴町さんは、どもりながら微かな声で何度も謝ってきた。そんなに謝らなくてもいいのに。


「いや……別に謝らなくてもいいけどさ。でも、このままだと本番まで持たないかもしれないよ?もう少しリラックスした方がいいかも」


「は……はい……ごめんなさい」


 また謝ってしまった。どうしよう……このままでは、本当に本番が心配だ。何かリラックスできるような話題を振ってみるか。


「あのさ、鈴町さん。聞いてもいい?」


「はい……」


「憧れの『姫宮ましろ』が男だと知って、どう思った?やっぱり幻滅した?」


 これは初めて会った時から、ずっと気になっていたことだ。彼女にとって『姫宮ましろ』は特別な存在だったはずだから。


「え……あっ……いえ。確かに最初は……驚きました。そりゃ……ビックリしました……まさか、あの『姫宮ましろ』が……って。でも……ましろん先輩は、ましろん先輩だから……それでいいと……思っています」


 そう言って照れたように微笑みを見せてくれた。その言葉が、オレには何よりも嬉しかった。彼女は、外見や性別ではなく、中身を見てくれているんだ。


 そしてその後、オレたちは時間ギリギリまで最後の調整を行った。鈴町さんも、さっきよりはだいぶ落ち着いた様子だった。


 そして時刻は午後9時55分。ついに、コラボ配信の時間まで5分となった。マイクの音量を最終確認しながら、ふと横を見る。隣には、緊張した面持ちの鈴町さんが座っている。いつもは一人で配信しているオレにとってこの状況はどこか新鮮だ。彼女の緊張感が空気を通して伝わってくる。


 PCの画面には、すでに多くのリスナーが集まっており、コメント欄には『かのん頑張れ』『応援してるよ』など『双葉かのん』を応援する声が多く寄せられていた。みんな、このコラボを心待ちにしていたんだな。


「かなり視聴しに来てくれてるみたいだな」


「はっはい。こんなに……たくさんの方が……観に来られるなんて……嬉しいです」


「そうだな。オレも、ここまで期待されているとは、正直思わなかったよ。よし、そろそろスタンバイしよう。準備はいい?」


「はい……頑張ります」


 鈴町さんは、微かな小さな声ながらも力強くそう答えた。その瞳には決意のような光が宿っているように見えた。


 コメント

『いよいよコラボ』

『どんな感じになるんだろう』

『楽しみ!』

『わくてか!』

『初見です』

『ましのんコラボ楽しみ』


 そして、ついに時間になる。オレは、横目で鈴町さんに合図を送ると、彼女は深く深呼吸をした後、まるでスイッチが切り替わったかのように一瞬でいつもの明るい『双葉かのん』に変わった。


「こんばんは~。Fmすたーらいぶ3期生、Fmすたーらいぶの風紀を守るがんばり屋の妖精『双葉かのん』だよぉ!そして!」


「こんばんは。みなさん、良い夜をお過ごしですか?Fmすたーらいぶ1期生、みんなの姫こと『姫宮ましろ』です」


 コメント

『始まった!』

『ましろたそきたぁああ!!』

『かのんちゃんキタァアアーッ!!』

『待ってたよ~~~~~~~~~~~~!!!』


「わぁ~みんなありがとね。今日はましろん先輩と一緒に、初めてのオフコラボ配信をやっていきます!本当に緊張しすぎて汗がヤバいんだけど、みんなゆっくり楽しんでいってね~!」


 鈴町さんは、いつもの元気いっぱいの笑顔で、視聴者に向けて呼びかけた。さっきまでの緊張はどこへやら。


 コメント

『おk把握』

『おっけー』

『把握しました』


「ごめん。ちょっといいかな?かのんちゃん」


「なんでしょうか?」


「今日の企画は『風紀を乱す姫宮ましろのお清楚疑惑を暴く』だよね?」


「そうですよ。こっちには、しっかりと証拠があるんですから!」


「ましろは、風紀を乱したことなんて一度もないよ?このサムネは、もしかして釣りじゃないかなぁ?大丈夫?炎上しない?」


「いやいやいや。かのんが……いえ、『姫宮ましろ』の親衛隊の隊長であるかのんが、この日のために、ましろん先輩の過去の配信を徹底的に調べましたから!」


 コメント

『親衛隊隊長は草』

『ネットストー○ーやんw』

『今日は大漁ですなw』

『ましろ姫逃げてぇええええええ』


 こうして、『姫宮ましろ』と『双葉かのん』の、記念すべき初めてのオフコラボ配信は、波乱の幕開けとなったのだった。果たして、この後どんな展開が待ち受けているのだろうか。オレ自身もワクワクしながら配信の行方を見守っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?