8. 後輩ちゃんは『アグレッシブ』なようです
今日は待ちに待った『双葉かのん』とのコラボ配信日。アラームをセットするよりもずっと早く目が覚めてしまった。まるで遠足の朝みたいだ。楽しみすぎて、昨日の夜はあれこれ考えてしまって、正直あまり眠れなかった。
そのまま、いつもの朝の雑談配信の準備に取り掛かる。今日のメインの話題は、もちろん夜に控えている『ましのんコラボ』の件だ。朝の配信で軽く触れておくことで、夜のコラボへの期待感をさらに高めることができる。こういう地道なアピールが、後々必ず活きてくるはずだ。
配信開始まで残り5分。PCの前に座り、最終的な準備をしようと思ったそのとき通知音が、ディスコードから聞こえてきた。誰かから連絡がきたようだ。
画面に表示された名前は……『双葉かのん』。その文字を見た瞬間、心臓がドクンと大きく跳ね上がった。まさか、あちらから連絡が来るなんて全く予想していなかったからだ。一体、何の用だろう?やっぱり無理です!みたいな話か?……ありえるので少し怖い。オレは深呼吸をして心を落ち着かせてから、おそるおそる通話に出る。
「もしもし?」
《あ。ましろん……先輩?配信前に……ご……ごめんなさい》
「どうしたの?」
《そっその……かのんが、ましろん先輩の配信に……凸しても……いいですか?》
「え?」
《コラボ……の……宣伝したくて……一緒に……》
通話越しで聞こえる彼女の声は震えていた。相当緊張しているのだろう。でもその奥には嬉しそうな、ワクワクしたような感情が混じっているように感じられた。
「分かった。スタンバイしてて。適当なタイミングで繋ぐから」
《はい》
まさか、こんなことになるなんて。でも、オレの方もちょうど良かったかもしれない。朝の配信のネタにもなるし、何より彼女の緊張を少しでも和らげることができれば、夜のコラボもスムーズに進むかもしれない。
配信時間になり、待機所にはすでにたくさんの人が集まってくれていた。みんな、今日のコラボを楽しみにしているようだ。
さぁ、ここから『ましのん』の勝負の始まりだ。オレはマイクのスイッチを入れて、いつものように明るい声で配信を始める。
「おはようございます。Fmすたーらいぶ1期生、姫宮ましろです。今日も『姫の朝演説』にお集まりの親衛隊、そして国民の皆さん。元気にしていますか?」
コメント
『うぉおおおお!!』
『ましろちゃあああん!』
『姫かわいいよ』
『ましろたそーーーーー!』
「はい、ありがとうございます。みなさんのおかげで、ましろは今日も頑張れています。それでは早速ですが、本日の予定をお知らせします。まずは、先週予告しました通り、双葉かのんちゃんとのコラボ枠を、午後10時から彼女の枠で取っています。良かったら、ぜひ観に来てくださいね」
コメント
『キタァアアーーーーッ!!!』
『待ってました』
『ましのんコラボはよ!』
『ましろ姫は楽しみ?』
『かのんちゃんって裏でどんな人』
「もちろん楽しみです。ましろにとっても、初めてのオフコラボですから。かのんちゃんは……小さくて可愛い女の子ですよ。ふふっ」
コメント
『かのんちゃんマジ謎』
『ちっこい子か』
『ロリっ子か』
『合法か』
『合法』
『合法』
『合法』
『合法』
「はい、そこ。かのんちゃんは成人してる立派な大人ですから。そういう変な妄想しないでください。ましろも怒りますよ?」
注意を促すと、コメントの流れが『ましのん』への興味へとシフトしていった。ちょうど良いタイミングだ。スタンバイさせていたディスコードから通話を繋ぐ。するとすぐに、鈴町さんこと『双葉かのん』の声が、緊張を含んだトーンで聞こえてきた。
《ちょっと!かのんは合法ロリじゃありません!ましろん先輩。こうやっていつも怪しい集会を開いてるんですね?風紀の乱れは心の乱れです》
コメント
『おおおお!』
『かのんちゃん凸来たぁ~』
『風紀委員だw』
『かのんたん好き』
……なかなか勢いのあるツッコミだな。打ち合わせの時とは別人じゃないかこれ。
「あれ?かのんちゃん?おはよう。どうしてここにいるの?」
《もっと驚いてくださいよましろん先輩!》
「え?配信開始5分前に連絡くれたよね?しかも今まで待機してくれてて。ありがとうw」
《裏での話は言っちゃダメですよ!》
コメント
『草』
『ましろ姫は真面目』
『いやお茶目』
『何だこの茶番』
『おい、かのんちゃんいじられてんぞ』
《こほん。とにかく、ましろん先輩。かのんはFmすたーらいぶの風紀の乱れをただす存在ですから。かのんのセンサーがビビっと反応したんで、ここにいるんですよ》
「そう。なら、しっかり取り締まってもらおうかな?風紀の乱れは、心の底から許せないしね?」
《いやいや、ましろん先輩のことですよ!》
「え?ましろの親衛隊は、そんなこと言わないかな?親衛隊は。そう、本物の親衛隊なら……ね?」
《う……そっそれとは別の話です!今日の夜、覚悟していてくださいね、ましろん先輩!親衛隊の皆さん、かのんがましろん先輩のお清楚の化けの皮を剥がしてみせますから、楽しみにしててくださいね!》
コメント
『親衛隊圧w』
『圧に負けるな』
『ちゃっかり告知、かのんちゃんかわゆ』
『ましのん最高』
予想以上の鈴町さんのノリの良さに、オレも思わず笑みを浮かべてしまう。そしてそれは視聴者も同じようだ。コメントも『楽しそうだ』とか『もっと絡んで』など、好意的なものが目立つ。
それからオレは、しばらく雑談をして、予定通りの時間に配信を終了した。朝から良いスタートが切れた気がする。夜のコラボがますます楽しみになってきた。