7. 姫は『プロデュース』するようです
鈴町彩芽さんの、奥底に秘めた熱意が垣間見えた気がした。Vtuberという活動を通して、過去の自分を変えたい、誰かに勇気を与えたいという純粋な想い。それが何となく分かってきたオレは、彼女がVtuberを目指した理由を聞いて、自分が今何をすべきなのかがはっきりと見えてきた。そしてそんな彼女のひたむきさにふと無意識に言葉をかけていた。
「……立派な理由だな。応援したいって思ったよ」
心からの言葉だった。飾りのない素直な気持ち。
「え?あ。ありがとう……ござい……ます」
鈴町さんは、驚いたように顔を上げ頬を赤らめて、微かな声でそう言った。その反応がまた可愛らしい。
そして、これは社交辞令で言ったわけじゃない。理由は人それぞれあるけど、鈴町さんは本当にVtuberとしての使命を全うしようとしているように見えた。自分の過去の辛い経験をバネにして、誰かの希望になりたいと願っている。
だからこそこの企画を成功させれば、間違いなくその夢に向かって大きな一歩を踏み出せるはずだ。オレも微力ながら彼女の背中を押してやりたい。
「よし。そのためにはまずはオフコラボを成功させないとな。正直『姫宮ましろ』の枠では、いつものように朝の雑談配信が無難だろうな。リスナーもそれを望んでいるだろうし、変に凝ったことをする必要はない」
オレのメインチャンネルである『姫宮ましろ』の枠は、いつも通りのまったりとした雰囲気を守るのが一番だ。
「そして……『双葉かのん』の枠で何をするかが重要だ」
そう。問題はそこだ。『双葉かのん』の配信傾向から考えても、正直言ってこれといった強烈なインパクトのあるものがない。
喋りが下手な訳じゃないし、歌やゲーム配信などもそつなくこなしている。けれど、それはあくまで『それだけ』だ。他の多くのVtuberと比べて、突出した個性があるとは言えない。それを配信したとして、話題にはなっても大きな意味はないだろうし爆発力に欠ける。せっかく、今回のコラボで高まっている期待値が、この企画次第では水の泡になってしまう可能性だってある。
「鈴町さんは何かやりたいことはある?」
オレは、鈴町さんに直接問いかけてみた。彼女自身が何をしたいのか、どんなことに興味があるのかを知るのが、良い企画を生み出す第一歩だと思うからだ。すると、彼女はまた下を向いて黙り込んでしまった。やはり、すぐに良いアイデアが出てくるわけではないか。でも、ここで何も言わずに終わらせるわけにはいかない。ここで背中を押してやれるのも、先輩であるオレの役目だ。
「えっと……『双葉かのん』はどういうコンセプトだっけ?」
「え……Fmすたーらいぶの……風紀を守るがんばり屋の妖精……です」
「なら、それを活かした配信にしよう」
「え……?」
せっかくの公式設定だ。使わない手はない。鈴町さんは顔を上げて、目を丸くした。
「まず、軽く『姫宮ましろ』の配信内容に言及する」
「ましろん先輩のですか!?私の配信で……?」
「うん。ここで『双葉かのん』の、Fmすたーらいぶの風紀を守るというキャラクターをアピールしよう。今後の活動でも役に立つと思うし。せっかくのコラボなんだし、ただの仲良し配信じゃリスナーは満足しない。きちんとリスナーを喜ばせる企画にしないと」
「むむむ……無理……です……私が……『親衛隊』なのに……ましろん先輩に言及なんて……」
「だから良いんだよ。それに『姫宮ましろ』に憧れてるのは鈴町さんであって『双葉かのん』じゃない。というのが今のリスナーの認識だろ?」
「あ。……そ……です」
「鈴町さんは、『姫宮ましろ』みたいになりたいんだろ?ならオレが考えたことを1度やってみないか?」
そう言うと、鈴町さんはさっきまでの不安そうな表情から一変して、目をキラキラさせながら、オレの書いた内容を食い入るように見つめる。どうやら、彼女の中で何かが変わったようだ。憧れはただの遠い存在ではなく、具体的な目標へと変わった瞬間だったのかもしれない。目標が明確になったとき人は大きく成長できる。オレはそう信じている。
そのあと、企画書を作っている間も鈴町さんはほとんど会話らしい会話はしてくれなかったけれど、オレの提案に対して、頷いたり、ペンを走らせたりと、しっかりと意思表示はしてくれた。それからしばらくして、二人のアイデアを詰め込んだ、粗削りながらも熱意のこもった企画書を書き上げた。
「……これ……いいかも」
鈴町さんは、無意識なのか微かに聞こえる声でそう呟いた。しかし、その表情は、確かな自信のようなものが宿っているように見えた。
「いいと思う。これでいこう」
「あの……ましろん先輩の……迷惑に……ならないでしょうか?」
「……いや。むしろプラスになる。『姫宮ましろ』は、長年の活動で清楚キャラが浸透している。でも、実際演じているオレは男だし根はそんなに清楚じゃない。約2年間、そのイメージを守り続けてきたが、ここで多少キャラを崩した方が、オレ自身も今後色々な企画に挑戦しやすくなるし、何よりそのギャップは間違いなくリスナーの反響を呼ぶ。だからこれはお互いにとって必要なことなんだ。鈴町さんだけが得になるようなコラボじゃない」
「わ……わか……りました。ましろん先輩のため……頑張って……みます」
「大丈夫だ。きっと上手くいく。あとは……」
そう言って、オレは最後にこの企画で一番大事なことを、彼女にしっかりと伝えた。
「オレたちが楽しもう!そして、その楽しさを多くの人に伝えるんだ。この二人のコラボが成功すれば、絶対にファンは増える。その勢いに乗って、一気に駆け上がろう!」
鈴町さんは目を輝かせながら力強く頷いた。こうして、オレたちの最初のコラボ企画は、具体的な形となったのだった。