6. 後輩ちゃんは『あの日』を忘れない
そして更に1週間後。あれから、Fmすたーらいぶ関連のSNSは『ましのん』コラボの話題で持ちきりになっていた。タイムラインを覗けば、ファンアートもたくさん上がっている。期待が高まっているのを感じるな。
「すごい反響よ。やるわね颯太」
桃姉さんがスマホの画面を見ながら、にんまりと笑っている。自分のことのように嬉しそうだ。
「これからが本番だろうが。ここまで反響が大きいことは嬉しいが、失敗は許されないからな」
気を引き締めないと。コラボは一過性の話題作りじゃ意味がない。これをきっかけに『双葉かのん』のチャンネル登録者数が増えて、彼女自身の活動が盛り上がってくれれば最高だ。
そして今は都内某所のファミレスにいる。『姫宮ましろ』と『双葉かのん』のコラボについて、具体的な内容を話し合うためだ。こんな風に、後輩のことで真剣に考える日が来るなんて、少し前までは想像もしていなかったな。席にはオレと桃姉さん、そして当事者の鈴町彩芽さんもいる。
「かのんちゃん。大丈夫?」
「は……吐きそう……です」
マジか。相当緊張しているみたいだな。
「ちょっと緊張しすぎじゃないか?」
「うぅ……ましろん先輩と……コラボ……緊張する……」
声が震えている。憧れの先輩とのコラボだもんな。無理もないか。
「とりあえず落ち着こうか」
目の前にあった水をそっと差し出し深呼吸を促すと、彼女はぎこちなく頷いた。と。この調子だ。今日はコラボ内容の打ち合わせだから、桃姉さんがなんとか連れてきたという感じだ。
「ましろとかのんちゃんの枠でそれぞれ配信をするってことでいいわね?内容を2人で決めて企画書を事務所に提出するって形にするわね。今日の夜までに決めて」
桃姉さんがスケジュールを確認しながら、テキパキと段取りを決めていく。さすが仕事が早い。
「わかった」
「はい……」
オレは頷く。特に異論はない。そして鈴町さんの返事は相変わらず小さい。ちゃんと聞こえているか心配になるくらいだ。
「私は一度事務所に行くから。また連絡するわね。」
そう言って桃姉さんは席を離れた。そして今オレは、緊張でガチガチになっているコミュ障陰キャ女おつの後輩と2人きりになってしまった。気まずい沈黙が流れる。何を話せばいいんだろうか……
「とりあえずお腹すいてない?何か頼もう。何が食べたい?」
少しでも空気を変えようと、メニューを手に取りながら話しかける。こんな時、なんて声をかけるのが正解なんだろうな。
「えっと……ハ……定食……あと……バー……」
……声が小さすぎて聞き取れないが?耳を澄ませば、かすかに聞こえたような気がする。まぁ微妙だが、おそらくハンバーグ定食とドリンクバーのことだろう。緊張している中でも、お腹は空くんだな。
オレは近くにいた店員を呼び、ハンバーグ定食とドリンクバーを2つ注文した。鈴町さんは緊張のせいか、ずっと俯いたままだ。テーブルに置かれたメニューを見つめていて、オレとは目が合わない。しばらくして料理が運ばれてくると、鈴町さんは小さく手を合わせてから、おずおずと箸を手に取った。そして、静かに食事を始める。でも、その食べっぷりを見ていると、本当に美味しそうに食べる子なんだなと思う。
そんな様子を見ながら、オレもハンバーグを口に運ぶ。デミグラスソースが染み込んだハンバーグは、なかなか美味しい。すると、突然鈴町さんが意を決したように顔を上げた。どうやら、ずっと話を切り出すタイミングを見計らっていたらしい。
「ご……ごめ……なさい」
いきなり謝られて、フォークを持つ手が止まる。何か変なこと言ったかな?
「なんで謝るんだ?もっと普通に話してくれて大丈夫だけど。ほら深呼吸だ」
彼女の肩が小さく震えている。そんなに緊張しなくても大丈夫なのに。すると、彼女は言われた通り、大きく息を吸ったり吐いたりを繰り返す。少し落ち着いたようなので、オレも話を続けることにする。
「そう言えばごめん。この前のカチューシャ気づいてあげられなくて」
「いっ……いえ……そ……気持ち悪い……ですよね。同じ……Fmすたーらいぶの……Vtuber同士なの……に」
「そんなことないよ。身近に『姫宮ましろ』のファンがいるのはすごく嬉しいと思ったよ。実はあれから『双葉かのん』の配信を結構みてるんだオレ」
これは嘘じゃない。どんな活動をしているのか知っておきたかったし、何より彼女自身に興味があったんだ。
「へっ!?ままま……ましろん先輩が!?私の……配信……恥ずかしい……」
顔を真っ赤にしながら、また下を向いてしまう。その反応が、なんだか純粋で可愛らしい。まるで、年下の妹を見ているような気分になる。
「企画を考える前に聞きたいことあるんだけどいい?」
そろそろ本題に入ろう。コラボの内容を考える上で、彼女のことをもっと知っておきたい。
「はい……」
「どうして鈴町さんはVtuberになったの?」
これは初めて会ったときから、ずっと引っかかっていた疑問だ。あんなにも引っ込み思案で、コミュニケーションを取るのが苦手そうな彼女が、なぜ人前に立つVtuberという道を選んだのか。
「……私。ずっと引きこもり……でした。こんなコミュ障陰キャ女おつ……の私が……周りとうまくやれるわけもなくて……一応……就職して働くことに……なったんですけど……やっぱりダメで。上司からは毎日怒られるし、同僚からもバカにされるしで……」
一応、社会に出ようと努力はしていたんだな。それでも、彼女の性格には合わなかったんだろう。想像するだけで、心が痛む。
「そんなときに、たまたま……インターネットでVtuberの存在を知って……初めて観たんです『姫宮ましろ』のライブ配信を……」
「それで好きになって、自分もやりたいと思うようになったと?」
「少し違います。……ましろん先輩は覚えてないと……思いますけど……私一度だけ……スパチャを送ったんです」
スパチャ。配信者にとって、視聴者からの応援が目に見える形になる、大切な機能だ。
「本当に大した金額じゃなかったんです。……それを……ましろん先輩は拾って、話題を膨らませてくれて……それが凄く嬉しくて……この気持ちをもっと色々な人に知ってもらいたい。私みたいなコミュ障陰キャ女おつの私でも、誰かを幸せにできるんじゃないかって思って……だから……そんなVtuberになりたい……です」
そう話す鈴町さんの瞳は、さっきまでの不安げな様子とは打って変わって、強い光を宿していた。まるで、配信画面のキラキラとした『双葉かのん』が、そこに現れたみたいだった。これが、彼女が内に秘めていた本当の姿なのかもしれない。
オレは、彼女の言葉に胸が熱くなるのを感じた。そして微力ながら、彼女の夢を応援したいと心から思った。