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第28話:プロンプター

A.D.2160 2/19 12:00

某所



「面白いものだね、バイキャメラル・システムというのは」


 狭いコクピットの中に男の声が響き渡った。


 シートに深く座り込んだ鳶色の髪の青年は、義眼に投射される無数のデータを脳内で処理しながら、お気に入りのラジオ放送を聴くようなくつろいだ心地でその声に耳を傾けた。


「かつて人工知能の開発が袋小路に陥ったように、人の知性というものも大宇宙の浅瀬で停滞している。人類単体の知性ではヴォイドを超えて星々に播種することはできない。だから人と機械の対話性をより緊密化して、宇宙という過酷な環境に適応する……確かにあの機械には、それだけのポテンシャルがあったのだろう」


 男性の声帯から出たものに違いないが、声音には角が無く音程もさほど低くない。中性的な響きである。


 それゆえに、聞く者の耳目を自然と引き付ける魔力的なものが宿っていた。



 声を聞いている、外側の彼自身・・・が、そう感じていた。



 そして同じ鼓膜を共有するグリフォンもまた、同じ感想を抱いていた。必ずそうなるのだ。意見や感想の不一致などあり得ない。


「まるで我々のようですね、大佐」


 シートに深く背中を沈めて、グリフォンが言う。真後ろと、そして頭のなかから「「そうだね」」と笑いを含んだ声が返ってきた。


 グリフォンは自分の鳶色の髪を梳きながら、その頭蓋の下にいるの声に耳を傾けた。彼から送られてくる言葉は、それがどんなに些細なものであれ、聞いていて心地が良い。頭のなかの思考回路を全て彼に委ねれば、自分で何かを考え決定するという煩わしい行いに縛られないで済む。


「「どうだろう、グリフォン。仮にあのシステムが完璧なものであったら、君は私からそちらに乗り換えるかい?」」


「ご冗談を。人間とAIの関係性は常に人間優位です。俺みたいな道具型の人間が扱って良いものじゃない」


「「ああ。優れたツールは、あくまで優れた人間だけが扱い方を知っていれば良い」」




「大佐のような『プロンプター』が、ですか?」




 頭のなかの男がしばらく音楽的な笑い声を上げた。相変わらずエレガントな笑い方だな、とグリフォンは思った。


「「ある段階まではそうかもしれないね。けれど、最後はより優れた人に王座を明け渡したい」」


「より優れたプロンプター……俺の個人的な意見としては、貴方以上の人間がいるとは思えませんが」


「「私も君と同じ虫けらのうちの一匹だよ。我々の望む状況が出現した時、どのような人々が現れてくるか。それは、なってみないと分からない」」


「貴方のような人々が人類を領導する。素晴らしいことです」


「「私などよりもっと優れた人々が、ね」」


 声の主はわずかに訂正した。


 彼は己を優れた存在だと自己評価している。グリフォンの言う通り、あるところまでは人を導いていく資格があるだろうと考えている。


 しかしそれが許される範囲は限られている。水先案内人の権限は港の内側でしか適用されない。


 宇宙という遥かなる大海原には人間の決まり事など通用しない。空気が無いこと、飲み水が無いこと、地に足つけられる大地が無いことを海のうえで嘆いたとて、それは海の責任ではない。



 人の打ち立てたルールなど、大宇宙にあっては粒子一粒ほどの値打ちも無い。



 だからこそ、大海の法則に身を任せて舵を握れる者が必要なのだ。


「「グリフォン。全てが終わったら、君の新たな行き先を示してあげよう。そしていつか私が役目を果たしたら、君はこの宇宙で自由に生きれば良い」」


「自由……考えただけで恐ろしいですね」


「「生きていくのが嫌なら、死ねばいいさ」」


 ことも無さげに男は言い放った。言われた側のグリフォンは少し安堵したような表情を浮かべた。通常ならば暴言以外の何物でもない言葉であっても、決して腹を立てたりはしない。彼から向けられる言葉は全て正しいのだから。


「ええ、楽しみにしています……大佐」


「「その時までは私の手足でいてくれないと困るよ。さあ、そろそろ降りなさい。作業員たちを待たせている。早くこれを完成させて貰わないと、計画を次に進められない」」


 グリフォンは即座にシートから身体を起こした。機体中枢とのリンクを解除。義眼を通して脳内に投射されていた映像が全て消え去る。だが、彼の存在感が霧散するわけではない。頭のなかで確かに息づいている。


 まるで上質なウイスキーを飲んだかのように、心地よい酔いが頭の一部を占めている。しかしグリフォン自身は酒類を一滴も飲んだことがない。頭のなかの声が、かつて笑い混じりに「飲まなくてもいいじゃないか」と言ったからだ。


 声がそう言うのならば、それが正しいのだ。


 ハッチに足を掛けて外に出ると、工廠のなかに満ちる重機械たちの臭いが飛び込んできた。磔にされたように固定されている巨人たちが一列に並び、その周囲に作業員が群がっている。


 その群れが、コクピットから出てくるグリフォンを認めると、すぐに集まってきた。まるで餌のパン屑を撒かれた小魚のようだと青年は思った。


 しかしそのなかでも、とりわけ派手な格好のが目についた。50代前半くらいの、それなりに貫録がついてくる頃合いの歳にも関わらず、その男には威厳というものが全く見受けられない。タルシス宇宙軍の制服のなかでも最上級のものを着ており、胸には無重力のなかで揺らめく勲章がいくつも垂れ下がっている。しかしその男が身に着けているというだけで、全て玩具のように見えてしまう。


「グリフォン! グリフォン・ブランチャード・・・・・・・中尉!! マリア君は何と言っていたね?!」


 コロニー社会の軍人にも関わらず、泳いでいる亀のようによたよたと両腕を振って男が近寄ってきた。そのままだと通り過ぎて天井まで行きそうだったので、仕方なくグリフォンはハッチの縁から身を乗り出して男の手を掴んだ。


「ハルフォード大将、そう焦らないでください」


 襟元の階級章を見て、内心でくすくすと笑いながらグリフォンは言った。ハルフォードと呼ばれた男は額に張り付いた薄い金色の髪を撫でつけている。汗ばんでいるせいでもあるが、それがこの男の癖だった。


「し、しかしだね、私はあの一件でかなりの無茶をしたのだよ。マリア君がそうせよと言うから従ったが、全体、私の身の安全は保障されるのかね……?」


「最上級指令発令の件でしょう? もちろん大佐は心得ておられますよ」


 開いたハッチの上で、一介の中尉に対して大将が縋りついているなど、普通の軍隊ならばありえない光景である。


 グリフォン自身、こんな男を大将に据えてよくぞ戦争に負けなかったものだと思っていた。


 コーネル・ハルフォードは階級こそ大将であり、宇宙軍の首脳のひとりであるが、それは複数のコロニーが戦力を出し合ってできた新興軍ゆえである。デスクワークはそれなりにこなせ、できたばかりのタルシス軍の軍規や関連法にも知悉しているのだが、自らリーダーシップと独創性を発揮するという能力は徹底して不足していた。


 それでいて、業務をひとりで抱え込んで全て片付けるという謎の馬力だけはあったため、能力的には問題が無いように見えてしまう。


 加えて、軍そのものが立ち上がったばかりであること、リーダーシップをとれる上級将校の大半が戦争序盤で軒並み戦死したことで結果的にお鉢が回ってきてしまった。


 無論、軍上層も無能ばかりではない。ハルフォードが実際は後方で佐官止まりの男であることは暗黙の了解であった。


 そのうえで、ありとあらゆる決済にサインを書かせる、つまりは適当に責任を押し付けられる人間としてうってつけだと判断され、今の地位に押し上げられたのである。


 ハルフォードがタルシス軍のサイン係として処理した書類には、戦災孤児の強制徴用や強化処置の許可も含まれている。


 グリフォン自身、この威厳の無い大将の一筆が原因で戦場に送られることになったのだが、そのことについては憎むどころか感謝の念さえ抱いている。


(この馬鹿のおかげで、俺は)


 青年は振り返り、自分たちを見下ろしている巨人の顔を見やった。


 工廠の照明に照らされた顔には影が掛かっている。鈍い金色の装甲が仄かに光を反射している。目に当たる箇所は、直前まで電力が通っていたため、まだわずかにカメラ・アイを明滅させていた。


 そのバレット・フライヤーは、異貌の巨人であった。


 並行して開発されていた『ヴァジュラヤクシャ』同様、カメラ・アイの配置は人間を思わせるものである。しかし、カメラの数は左右合わせて4ヶ所ずつ、計8ヶ所に分散して設けられている。


 それだけならさほど奇異なデザインとは言えないだろう。


 だが、その頭部に後ろから齧りつくかのように、もうひとつ別の頭部が覆い被さっている。人間でいえば前頭部から後頭部までが前後に長く張り出しており、そちらはまるでヤツメウナギのように一列にカメラ・アイが並んでいた。内部には多種多様なセンサーユニットが格納されている。まさに、頭脳の無い生き物に、頭脳だけの生物が寄生しているかのような姿だ。



 YBF-06。この機体に名前はまだ無かった。



 だが新たな戦争が始まれば、この機体こそが戦場の支配者となる。そしてそれを操るのは自分だ。


 戦いに臨む時、難しいことを考える必要は何も無い。目の前にいる、金モールの肩章が似合わない大将と同じように、頭のなかを空にして暴れ回れば良いだけだ。


 思考することは全て他人がやってくれる。マリア・アステリアがそれを保証してくれている。



「大佐のお言葉を信じてください。我々はただ、示された行き先デスティネーションを進んでいけば良いのです」



 陶然とした声音でグリフォンは言った。その言葉を聞いた誰一人として、疑念も違和感も覚えなかった。彼は正しいことを言ったのだと、誰もが同じ感想を共有していた。



 彼ら自身の頭のなかに宿ったマリア・アステリアが、そう囁いたがゆえに。


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