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第26話:過去からの囁き

A.D.2160 2/19 11:00

タルシスⅣ-Ⅱ

クェーカー邸宅



「結局ヴァジュラヤクシャに軍の最上級指令を送信したのが誰なのか、答えは分からずじまいということか」


 壁にかけられた陰鬱な絵画を眺めながら、ギデオンは言った。ソファに座って身体を縮こませている書凡が一層小さくなったかのようだった。


「面目ない……我々も全力を尽くしたのですが、ブラックボックスは機体とともに失われ、それ以外のログにも悉くハッキングがかけられていました。有力な証拠は何も……」


「正直、あまり期待はしていなかった」


「申し訳ありません」


「責めてるんじゃない。恐らく誰が動いても同じ結果だっただろう。そう易々と尻尾を掴ませてはくれないだろうさ」


 ギデオンは書凡を疑っていなかった。


 事件直後に『天燕』のなかで最も怒り狂っていた男は彼に違いない。強引に通信機を借り受け、巡洋艦に詰めている部下たちに矢継ぎ早に支持を繰り出していた。


 暴走した『ヴァジュラヤクシャ』は、工作船密集地点に墜落する直前にカラスが撃墜したため、大事故には至らなかった。しかしレールガンの直撃を受けてはさすがの巨人機も耐えられず、爆発四散してしまった。ブラックボックスはおろかパーツのほとんども宇宙の彼方に飛び去ってしまい、取り戻すことは不可能である。


『ヴァジュラヤクシャ』はあらゆる面において規格外の機体だったが、建造コストも尋常ではなかった。特に試作機としてあらゆる要素を詰め込んでいた1号機は、再建の目途も立たないほどである。


 そんな虎の子を失うということは、無人機を軸に防衛戦力を拡充させるというタルシス宇宙軍のドクトリンにも影響を及ぼしていた。開発局第三課は事故の責任を押し付けられ、ほとんど開店休業状態と化している。


「試作機の喪失で、宇宙軍は別プランでの戦力拡充に舵を切りました」


「やはり競合相手がいたわけか」


 書凡は驚いたように顔を上げた。


「お気づきでしたか」


 ギデオンは軽く肩を竦めた。


「あんたらの動きの性急さを見ていたら察しはつくさ。模擬戦で俺たちを相手に選んだのも、ヴァジュラヤクシャに箔をつけるためだろう?」


「そこまでお分かりなら、隠し立てしても仕方がありませんね。仰る通りです」


「競合相手はバレット・フライヤーか」


 そんなことまで分かってしまうのか、と書凡は苦笑した。


「ヴァジュラヤクシャのコンセプトを考えれば、対抗馬はその正反対の機体になるだろうさ。しかし……」


「試作のバレット・フライヤーは開発局第一課で建造中ですわね?」


 それまで黙って紅茶を啜っていたクェーカーが口を挟んだ。


「機密ですよ、それ」


 くすくすとクェーカーは笑った。そして、すぐに表情を引き締める。


「模擬戦を妨害したのが誰かも重要ですが、この一件にはそれ以上に大きな意味が込められています」


「と、言いますと?」


「最上級指令をどのように引き出したかは分かりませんが、敵……そう、敵方は明確に軍の上層近くにいること。そして自らの権威を見せつけようとしていること。これは明らかにメッセージです」


「そしてその連中はすぐにでも戦争を再開したがっている。そのためには、タルシスに防衛ドクトリンを採られるわけにはいかなかった。だからその要となるヴァジュラヤクシャを潰しにかかった」


 自分で話していて、ギデオンは何かうすら寒いものを感じた。


 再びバレット・フライヤーを量産して戦場に出すということは、それを操るための強化人間を大量に生み出すということだ。


 戦時中、マリア・アステリアは戦災孤児をかき集めて少年十字軍とでも言うべき軍団を組織した。中身を物理的にも精神的にもくり抜いて、何も考えられなくなった若者を無数に死地へと送り込んだ。


 カラスも、そのうちのひとりだった。


(もし強化人間がこれ以上作り出されるなら、俺は……)


 あんなことは二度と繰り返させるわけにはいかない。


 自分たちの罪は、まだ祓われていない。贖罪も済まないうちに、大人たちの世代が再び過ちを重ねることを、未来の子どもたちは決して赦しはいないだろう。



「わたくしも、これ以上戦争の災禍が広がることは耐えられません」



 いつになく強い口調で、クェーカーが言った。それからひとつ溜息をついて、続ける。


「……調査を進めるなかで、何度か気になる単語を目にしました」


「何です?」


 ギデオンが聞き返した。




行き先デスティネーション




 不意に真後ろから声をかけられたような気がして、ギデオンは振り返った。灰色の宗教画が掛かっているだけで、誰もいない。


 だが、ギデオンはその単語を頻繁に口にしていた男を知っている。


「マリア……?」


 二度と聞くことはないと思っていた、死者の言葉。いよいよ薄寒いものを感じて、ギデオンは密かに肩を竦めた。


 クェーカーは彼の表情が変わったのを見逃さなかった。だが、それ以上言葉を続けようともしなかった。何もかも不確定情報のままである。無闇に混乱を広めたくはなかった。


「……ところで書様、例の件の進捗はいかがですか?」


 話が行き止まりに達するのを見越して、クェーカーは話題を切り替えた。すぐに書凡がセクレタリー・バンドを操作してログを確認する。


「今終わったとのことです」

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