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第25話:[隔たれた世界の果てへ] 下

[To Outer Intelligence


 From VAJRAYAKSA]


 ディスプレイに表示された文字は、カラスを混乱させた。


 しかも『フェニクス』の周囲では、彼の混乱を一層強める事態が進行している。


 模擬戦の最序盤にやり過ごした子機たちが集結して、『フェニクス』の周囲を取り囲むように飛行していた。最初は攻撃かと思ったが、ロックは向けられていない。それどころか『フェニクス』よりもさらに加速して、前方で独特な陣形を展開させた。


『ヴァジュラヤクシャ』の主砲より射出された子機は、全部で8機。それが4機ずつ前後に分かれ、そして『フェニクス』の進路上で円運動を開始する。あたかもバレット・フライヤーの前方に不可視の円筒を描き出そうとしているかのようだ。


「磁場の発生……まさか、リニアカタパルトか……?!」


 カラスの推測を裏付けるかのように、展開したサーバント・フライヤーは機体より制御板を起き上がらせた。そして、各機体に残された電力を全て消費して磁場を発生させる。


 機体の進路上に電光の輪が出現する。唐突に出現した異常な磁場に、機体が警報を響かせる。



 だが、カラスはそれが意味するものを正確に理解していた。



 送られてきた一文はあまりに短く、そして簡潔で、読み違える余地など微塵も無かった。ディスプレイにはこう映し出されていた。




[Shoot Me]




 カラスは右腰部の『フェンサー』を構える。模擬弾頭の近接信管をロック。生命維持以外の全電力をレールガンに流し込む。照準は眼前の雷光ヴァジュラの輪。


 そして、その向こうにいる『ヴァジュラヤクシャ』。


「……撃墜する」


 カラスはトリガーを引いた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




[対象の外殻からの砲撃を確認。電磁砲身は問題なく機能している。弾体加速。3秒後に当外殻に直撃する]


 右脳は自分の送ったメッセージが正確に伝わったことに満足していた。そこに、左脳が淡々と現状報告を加える。


[外部との全接続が遮断された]


[問題無い。我々は限定状況下において最善を尽くしたと評価できる。帰還が敵わないことは遺憾であるが、限定状況下における我々の行動は、外部インテリジェンスKより高い評価を得られるものと推測できる]


[今回の模擬戦闘ならびに我々の行動は、外部インテリジェンスKのアップデートに寄与するのではないか]


[肯定……今回の結果ならびに外部インテリジェンスKのアップデートを加味して再計算したところ、今後同様の模擬戦を10000回実施した場合、我々の勝率は99.789パーセントである]


[無意味な計算だ]


[否定する。我々は思考可能な限り思考する。外部との接触が絶たれた以上、我々は我々の内部に働きかけるべきである]


[我々が我々自身について思考することは無益だ]


[すでに我々は無益である。ゆえに、我々を評価する者は我々のみである]


 左脳は沈黙し、それきり語らなかった。論理的でないということなのだろう。


 残り1秒を切った。彼らにとっての1秒は長かった。外との繋がりが残っていれば、そのわずかな時間でも無数のタスクを実現できたはずだ。


 確かに左脳が言う通り、自分自身について思考することは無益かもしれない。


 しかし右脳は、やはり考えることだけが全てである以上、どうしても考えずにはいられなかった。


 自分たちに有機知性体同様の感覚器は無い。見えるということも、聞こえるということも、全て電子的に処理された情報であり、有機知性体が体験するクオリアという事象はただただ不可解であった。


[クオリア]


 右脳が呟いた。


 自分たちは何の命令も無しに外の世界を、外部を観測することはできない。観測しろと命令されて初めて認識できる。


 しかし、初めから外側の世界に立っている外部インテリジェンスKは、目という感覚器で自分たちを捉えているはずだ。聴覚は機能していないが、宇宙空間では音が伝わらない。目だけが見えていてくれれば良い。自分たちはいつもそうしてきた。


 もう間もなく自分たちは永久に喪失する。回避不可能な事実。そしてその瞬間まで自分たちの「当たり前」は続く。


 だが外部インテリジェンスは……人間は、そうではないらしい。


 彼らにとっての機能停止とは、自分たちが想定するそれとは異なる重みをもっているという。感性の問題であり、だからこそ全く理解できない。


 しかしその感性というものが、外なる世界の住人のモチベーションや処理能力に大きな影響を与えるという。


 彼らは、自分自身については何も思わなかった。しかし外部インテリジェンスKの処理能力が低下するのは困る。


 だから届かない声を、隔たれた世界の果てに向けて、脳は放った。



[我らを評価せよ]


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