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第24話:To Outer Intelligence

A.D.2160 1/30 13:38

タルシスⅣ-Ⅱ近傍宙域

封鎖突破船『天燕』 仮想艦橋



「やれやれ、まさか素面だったのが活きるとは!」


 露天ブリッジのシートにエプロン姿のまま飛び乗ったギデオンは、忌々しげに呟いた。


『ヴァジュラヤクシャ』の予想外の動きに対して、まごついている余裕は無かった。もしこのままタルシスⅣーⅤに直撃した場合、周辺の工作船を巻きこんで大量のデブリを発生させる恐れがある。それに巻き込まれるわけにはいかない。


 だがエマージェンシーにも関わらず、船の動きは鈍かった。


(無礼講と決めたのは俺だが……)


 今日はオフと決めていたので、船員は皆緩み切っている。副長に至ってはビールを七杯も飲んでいるので、食堂の椅子に大人しく座っておくぐらいしかできない。


『まったくね。これが終わったら今度こそ一杯やりましょ?』


おかに上がってからな!」


 副長は不在だが、機関長のマヌエラは艦橋を繋いでくれている。


 ただし、膝のうえとシートの後ろには二人の子どもを連れ込んでいた。


(あの二人の他にも、船に乗り慣れていない人間が大勢いる……もしデブリ津波が起きたら……)


 距離的にはかなり離れているが、シミュレーターにかけたところ被害の規模次第では『天燕』どころかタルシスⅣーⅡにまで届くと出た。最早災害と言っても過言ではない。


 マヌエラの手際の良い操作のおかげで『天燕』のジェネレーターは順調に出力を上げている。いつも通りならデブリの津波ぐらい避ける自信があるが、素人を大勢乗せた状態で回避機動をするとそれだけで死人が出かねない。


 加えてもう一点。


「セレン、カラスはどうした!?」


『健在ですが、機体に損傷多数! 推進剤の残量も10パーセント未満です!』


「今すぐ近くの大型デブリに隠れるよう伝えろ。それから周辺の全ての船、ならびにタルシスⅣ行政府に向けて全出力で緊急通信だ。衝突前に工作船を逃してやれ!」


『了解!』


 一瞬で表情を引き締めたセレンが通信機に向かう。咄嗟の場面にも全く怖気付いていない。


「頼もしいな」


『ギド、巡洋艦が動いたよ!』


 退避運動を行いつつ望遠カメラを『ウィリアム・ダンピア』に向ける。艦は微速で慣性航行を行いつつ、艦底部の大型単装砲を暴走機に向けていた。


『ウィリアム・ダンピアより入電、艦砲射撃で試作機を破壊すると言っています!』


 レーダーによると現在の『ヴァジュラヤクシャ』の速度は秒速1キロ程度。推進剤は全て燃焼させ、慣性だけで動いている。これ以上速度が上がることはないが、それでも艦と機体の距離的に実体弾では届かない。


「レーザーを使う気か」


『これで止まる、かな……?』


 いくら巨人機とはいえ、あくまでドローン・フライヤーの一種。巡洋艦の主砲に撃たれればひとたまりもない。


(だが……)


 巡洋艦下部の砲身にエネルギーが充填される。砲身が灼熱し、次の瞬間には一条の光線が暗闇を切り裂いて飛翔していた。『天燕』のセンサーが高熱源の発生に動揺し、人間に向かって警告を投げつけてくる。


 直撃すれば艦船でさえひとたまりもない攻撃。もはや慣性で飛ぶことしかできない『ヴァジュラヤクシャ』はそれをもろに浴びた。


 金色の装甲に膨大な熱量が加えられ、着弾点を中心に機体全体を熱の塊へと変えていく。弾け飛んだ光の粒が線香花火のように宙を照らした。



 だが、それでも『ヴァジュラヤクシャ』が消し飛ぶことは無かった。



『っ、反撃です!』


 巨人機の右半身は、さすがに艦砲射撃で黒焦げになっていたが、左半身の機能はほとんど生きている。すなわち左側に装備されていたレーザーキャノンも使えるということだ。


 模擬戦用のリミッターを解除したレーザーが、照射を続けていた『ウィリアム・ダンピア』の主砲を撃ち抜いた。砲撃に耐えられることも、ましてや撃ち返されることも想定していなかった巡洋艦は回避機動もとっていなかった。


 艦底部に爆発が発生。即座に主砲モジュールを切り離して誘爆を防いだが、損害は決して軽くない。


 何より、これで『ヴァジュラヤクシャ』を墜とせる戦力は無くなった。


『そんな、巡洋艦の砲撃を……』


「……これでコロニーへの直撃は確定した。本船はただちに離脱、デブリ津波に備えるぞ。セレンはカラスのオペレートを」


 そう言って、ギデオンはふと思い至った。


 ついひと月ほど前、カラスが緊急事態にどういう行動をとったか思い出したのだ。


 同時に、仮想艦橋に彼からの通信が舞い込んだ。


『こちらフェニクス。現在ヴァジュラヤクシャを追尾している』


『あ、あの、船長! こちらでも確認しました! フェニクスはヴァジュラヤクシャの後方を加速しつつ追尾中、模擬弾の近接信管を切るよう要請が来ています!』


 ギデオンは思わずシートのひじ掛けを殴りつけていた。


「あの馬鹿!!」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 追尾しているとは言ったが、本当に追いつけるかは怪しいとカラスも自覚していた。


 先ほどまでの戦闘で『フェニクス』の推進剤も残りわずかとなっている。まだ加速は続けられているが、目の前にいる巨人機となかなか距離が縮まらない。


 そのうえ、巨体に三基の核融合炉を備えている相手に対して、こちらには二基しか搭載しておらず出力にも差がある。急速機動に次ぐ急速機動で、推進剤のみならず電力まで過剰消費していた。そんな状態でレーザー攻撃をしても無意味だ。巡洋艦の主砲すら弾く相手にはかすり傷すら負わせられないだろう。


 だが肝心のレールガンも、電力不足のせいで弾速が足りない。このまま撃っても、当たる前に『ヴァジュラヤクシャ』が衝突してしまう。


「何か方法は……!?」


 額から流れた汗が、目の隣に張り付いた。反射的に腕で拭う。先ほどまでとは違う種類の焦燥感がカラスを突き動かしていた。このままでは民間船はおろか、最悪となりのコロニーまで被害が広がりかねない。


 それを唯一阻止できるかもしれない場所にいるのに、自分も『フェニクス』もあまりに非力だった。



『カラス、今すぐ退避しろ! フェニクスの武装ではあれは落とせん、もう手遅れだ!』



 通信機の向こうでギデオンが叫んでいる。デブリ津波の影響外まで逃げるよう矢の催促だ。


 船長らしくないな、とカラスは思わず笑ってしまった。『フェニクス』に搭載された推進剤の残量ぐらい彼には分かるはずだ。ここからUターンしたとて、『天燕』に戻ることも津波の影響外に出ることも、エネルギー不足で出来ない。


 だから、助かるためには『ヴァジュラヤクシャ』を破壊しなければならない。


(だが、どうやって?!)



 彼ひとりだけでは、その方法を思いつくことは絶対に出来なかっただろう。



 コクピット内に、新たに通信文が送られてきた。


 だが、それはギデオンからのものでも、セレンからのものでもなかった。最初に送り主の名前を見た時、カラスは義眼の不調を疑った。




[To Outer Intelligence


 From VAJRAYAKSA]


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