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第21話:低速度域の激闘 中

 キョウ・アサクラは卓越した技術者ではあるが、戦いのプロではない。


 そんな彼女でさえ、デブリ帯に逃げ込んだカラスと『フェニクス』が奇妙な動きを始めたことに気づいていた。


(動きを変えた……?)


 再補足した敵影がすぐにデブリの影に隠れる。それを追いかけるため、『ヴァジュラヤクシャ』は全スラスターを総動員して強引に機体を減速、急転換させた。


 先ほどからずっと『フェニクス』に振り回されている。機体のパワー任せに強引に追いかけてきたが、それでも相当な量の推進剤を使わされた。


 だが、こちらの機体には脆弱な人間というユニットが載っていない。確かに関節部等にイエローサインが出てはいるが、全て許容範囲内。しかし人間は必ず疲労する。こんな強引な戦い方を続けていれば必ずどこかで無理が生じる。


 むしろ、カラスが戦いの果てに集中力を欠いて、デブリに衝突するのではないかと心配になったほどだ。顔を知っている人間に、さすがにそんな死に方はしてほしくない。


(悪いけど、鬼ごっこもそろそろ終わらせてもらうよ)


 巨人機は相当に速度を落としたが、それは『フェニクス』も同じこと。


 そして、この空間戦闘らしからぬ低速度帯での戦いでようやく活きてくれる武装もある。


[ミサイルによる攻撃を推奨]


『僕もそう思っていたところだよ。景気良くいっちゃおう!』


 思考と思考が一致し、『ヴァジュラヤクシャ』が我が意を得たりとばかりに動き出す。


 敵の航跡を追いながら、コンテナ・スラスターに内蔵されたミサイルランチャーを発射体制へ移行。ロックオンと同時に一斉発射。


 計8セルの発射管より対空ミサイルが一斉に飛び出し、デブリの狭間を縫って『フェニクス』へ殺到する。


 だが標的はフレアを撒きつつ回避機動を続け、俊敏にデブリを盾にしては一発々々を振り切っていく。どうしても避け切れない包囲軌道を描く弾については、レーザーキャノンを迎撃モードにして掃射、撃ち落していく。


(……すばしっこい!)


 キョウはホロディスプレイの向こうで踊る『フェニクス』を見て臍を噛んだ。


 それでも彼我の距離は縮まりつつある。今の回避機動で相手はこちらと距離をとることが出来なくなった。ミサイルは撃ち切ったが、接近さえすれば6門のレーザーキャノンを叩き込んで一気に勝負を決められる。


 奇しくも、バイキャメラル・システムも同じ戦術を弾き出していた。



[状況報告

 敵機の脅威度は著しく低下するも、なお当機を撃破可能な戦力を保持。

 当機の速度及び航行可能距離は危険域に達しつつあり


 戦術提案

 1:最大加速をもって敵機を補足、撃滅。

 2:後方に展開したSFをデブリ帯出口付近に再配置。完了まで待機。


 早急な決断を求む]



 文面の表記の仕方はいつも通り。だが、キョウは微かに違和感を覚えた。


 AIを相手に奇妙な物言いかもしれないが、文面からは何か焦りのようなものを感じた。


『極端な提案だね。思いっきり進むか、ぴたっと止まるかってこと?』


[肯定]


『じゃあさっさと決めちゃおう』


 ぐん、と巨人化が加速する。サブアームと脚部機銃を全て展開し、デブリの陰から飛び出す。


 眼前5キロ足らずの距離に『フェニクス』を捉えた。


(これで……っ!)


 6門のレーザーキャノンの砲口を予測軌道に乗せ、全門斉射。



 だが、通るはずの軌道を『フェニクス』は通らなかった。



「うっ?!」


 口から言葉を出すことに慣れていないキョウが、思わず呻いた。


 曲線を描いて飛ぶはずの『フェニクス』が、振り子運動のような鋭い旋回で唐突に方向転換。『ヴァジュラヤクシャ』の攻撃はを切り、逆にレールガンの砲口がこちらをとらえる。


 砲身が紫電に包まれたと見えた次の瞬間、超至近距離から『フェンサー』の三連射が飛び出し『ヴァジュラヤクシャ』に殺到した。キョウにそれを知覚する術はない。人間の反応速度では絶対に回避できない状況。



 だが、金色の巨人機はその巨体に似合わない俊敏さで砲撃を全弾回避した。



 コンテナ・スラスターの爆発的な加速、自在に可動する四本の脚や各部のサブ・スラスター。何より敵の攻撃を瞬時に捉え、的確な対応を弾き出す戦術AI。それら全てが見事に噛み合い、巨人機は閉塞されたデブリ帯のなかで光の衣を引き摺るように踊って見せた。


 もとより巨大なコンテナ・スラスターは、そこから吐き出す熱波によって、あたかも光の翼を得たかのようだった。



 そしてその代償として、大量の推進剤を消費した。


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