「さあ、来なよ!!」
そんなキョウの声が聞こえた気がした。
金色の巨人機『ヴァジュラヤクシャ』が足場のデブリから飛翔し、同時に両肩に格納されていたサブアームを展開する。
規格外の巨人機である『ヴァジュラヤクシャ』は、その巨体を飛ばすためにコンテナスラスターまでも肥大化している。内部には推進器やキャパシタは無論のこと、膨大な量の推進剤やミサイル、そして携行式武装が納められていた。
キョウは最もオーソドックスなレーザーキャノンを選択し、機体に対空戦闘を命じていた。
それを受け、巨人機は迎撃のミサイルを放ちつつサブアームで機内武器庫をまさぐり、二門のレーザーキャノンを取り出す。展開は即座に終了し、『ヴァジュラヤクシャ』は駆逐艦並の防御体制で敵機を待ち受けた。
だが、目視圏内まで踏み込まれたということは『フェニクス』の射程に入ったということだ。
『敵のロックは完了していません、今のうちに攻撃を!』
「了解した」
牽制のレーザーキャノンを連射しながら、右腰部に懸下したレールガンを展開する。元々の標準装備は『エグゼキューター』だが、さすがにそちらの調達は間に合わなかった。
もっとも、間に合ったとしても使ったかは分からない。『エグゼキューター』は対艦兵装であり、いくら巨大とはいえDFである『ヴァジュラヤクシャ』を狙うには過剰で取り回しも悪い。
そこで引っ張り出してきたのが、一回り小型のレールガン『フェンサー』だった。
砲弾の重量は800グラム程度で『エグゼキューター』のそれを下回っている。後継モデルに標準搭載されている予備電力のキャパシタも設けられていない。それも当然で、『エグゼキューター』は『フェンサー』の実戦レベルでの問題点を解消する形で生まれたからだ。単純な威力では明確に差がつけられている。
一方、軽量の『フェンサー』にもいくつか利点がある。第一に砲そのものが軽いこと。これは機動戦において明確にアドバンテージになる。
第二に、キャパシタの代わりに砲身を長くとることで加速力を高め、結果的に威力の低下を抑えていること。『エグゼキューター』がいかにも「大砲」といった見た目をしているのに対して、『フェンサー』の砲身はその名が示す通り細身の剣を思わせる。
多少威力は低下していようと、レールガンであることに変わりはない。直撃すれば『ヴァジュラヤクシャ』でさえ撃破できる。
だから、狙いをつけられたらキョウは避けざるをえない。
巨人機は回避運動を行いつつレーザーを乱射。先ほど発射されたミサイルと合わせて、『フェニクス』の進路上は弾丸の嵐と化している。
その嵐を裂くかの如く、カラスは『フェンサー』のトリガーを引いた。レイピアを思わせる細身の砲から放たれた弾丸は、巨人機の作り出した濃密な防御網を貫いて本体に迫った。
だが、直撃する寸前で『ヴァジュラヤクシャ』はぐんと機体を加速させ、その一撃をやり過ごした。そして何事もなかったかのように再び弾幕を張る。たとえ強化人間であっても耐えきれないほどの急加速。もし生身の人間がコクピットにいれば、今の回避の挙動だけで脊椎を折りかねない。
しかし、隙は隙だった。
「潜りこんだ!」
『そのまま突撃ですッ!!』
身体を内から燃やす熱にあてられ、カラスは怒鳴った。それにあてられたのかセレンがそれ以上の大声で怒鳴った。
降り注ぐレーザーがコンテナ・スラスターを叩く。直撃判定だが、撃墜には至らない。コーティングで弾ける程度の熱量ということだ。ミサイルも、第二宇宙速度に達している『フェニクス』には追いつけない。先ほどの子機よりあっけなく振り切られる。
わずかな間だが、手番が回ってきた。慎重に照準をつけている余裕はない。『ヴァジュラヤクシャ』のいる位置に向かってレールガンを掃射。しかし相手も、先ほど同様の爆発的加速で全てやり過ごす。
『ああ、避けられた! ちゃんと狙わないと!』
「動かせたらそれで良い!」
『そんな弱気でどうするんですか! やらないとやられますよ!? ほらほらもっと撃って撃って!!』
「オペレーターが急かすな!!」
やたらと攻めっ気が強いセレンに背中を押されながら、しかしカラス本人は冷静に攻撃を捌きつつ反撃を加えていく。
二門のレーザーだけでは足りないと判断したのか、『ヴァジュラヤクシャ』はさらに四本の脚からレーザー機銃を展開して弾幕に加える。どれだけペイロードがあるのかと歯噛みしたくなる。ホロディスプレイに表示された被弾判定がどんどん増えていく。画面が黄色の警戒色に変わっていた。
だが、まだ落とされてはいないのだ。
カラスは突撃の荷重に抑えつけられたまま、しかし照準をぶらすことはしなかった。目標はひとつ。やるべきこともひとつだった。
右手操縦桿の武装スロットを回転、レールガンの弾倉を交換。
命令は即座に反映される。右舷腰部に接続された砲尾部でサブアームが蠢き、砲身に取り付けてあった特殊弾倉を掴んで弾を入れ替える。完了までに要した時間はわずか7秒。しかしコクピットにいるカラスにとって、発射可能を示す緑色の電光が灯るまでに、膨大な時間が過ぎたように思えた。
即座に『フェンサー』を標的に向け連射。一撃必殺の『エグゼキューター』と違って、こちらは手数で攻めることができる。
加えてその一発はレーザーよりも重い。必然的に『ヴァジュラヤクシャ』は回避を強いられた。確かにレールガンの弾速は遅いが、カラスの射撃は精確で、機体が動きたい方向を先読みして潰しに来ている。身体には相当な荷重が加わっているのだが、何発かはコンテナ・スラスターをかすめており、そのたびに遥か後方に控えたキョウの胆を冷やした。
それほどの砲撃が飛んできていることもあって、『ヴァジュラヤクシャ』の迎撃も不徹底なものとなった。激しく動き回りながら弾幕を張るため、射線はどうしてもずれる。そのずれが『フェニクス』を辛うじて救っていた。
そして、今しがた変えた砲弾にも仕込みがあった。
通常弾よりやや重いそれは内部に子弾を抱えた散弾タイプである。近接信管によって作動し、放射状に弾をばら撒く。一発当たりの威力は無論低いが、種類が種類だけに巨体の『ヴァジュラヤクシャ』には覿面に効いた。
もちろん模擬戦で現実のデブリをばら撒くわけにはいかないので、これらの命中判定もコンピューター頼りではある。しかし、最強の機体であるはずの『ヴァジュラヤクシャ』に傷が増えていくのは、キョウをさらに焦らせた。
大方の予想では、全領域において『ヴァジュラヤクシャ』の圧勝だと見られていた。
だが、交戦を開始して5分もたたないうちに、すでに『フェニクス』は相手のすぐ近くまで接近しようとしている。
確かに被弾は相手よりも多い。しかし、外装も内装も数段下回る機体にも関わらずカラスは圧倒されていない。
それは彼が、現状持っている唯一のアドバンテージを堅持したからだ。
巨体の重さを感じさせない挙動で回避し続ける敵機に対してカラスはぴたりと自機の進路を重ねていた。現時点で敵に対して築いている唯一の優位、それが秒速11キロに達した『フェニクス』の速度だ。
ぶつかるつもりで突っ込まれれば、敵は避けざるを得ない。
無論、模擬戦でそんな特攻じみた行動をするはずがない。仮にぶつけて墜としたとしても、自分まで跡形もなく吹き飛んでいるのでは本末転倒だ。
だから、速さがそのまま活かせる武器を使う。そのためには敵のすぐ近くまで肉薄する必要があった。
右腕部で保持したレールガンを撃ち続けながら、『フェニクス』は左舷で眠ったままにさせていたレーザーキャノンを起動。モードを射撃から斬撃に変更し、砲口にエネルギーを充填させる。これが実戦であれば、砲の先端に集中したエネルギーが武器全体を灼熱させている光景が見られただろう。
すれ違いざまの高出力斬撃。
『フェニクス』が金色の巨人機に対して持ちうる、数少ない撃墜手段のひとつだった。
抜き放つ直前の刀をぶら下げたまま『フェニクス』は巨人機に肉薄した。交差の瞬間の相対距離はわずか100メートル足らず。
斬り抜ける刹那、カラスは何もかもが遅くなったかのように感じた。自分の手足はおろか、機体の表示する様々な情報も、ホロディスプレイの向こうに映し出された敵機の挙動も、全てが止まって見える。
知らず知らずのうちに息を止めていた。
そして、その止まったように見えた世界のなかで、『フェニクス』は150メートルの光の刃を抜刀し、巨人機に一太刀浴びせた。
一瞬の後、両機は交差。『フェニクス』は慣性を一切殺さないまま飛び続ける。コクピット内でカラスは止めていた息を吐いた。判定を表示するディスプレイに目を向ける。
撃墜ならず。
レーザー斬撃は金色の装甲によって弾かれると判断された。
背後で『ヴァジュラヤクシャ』が急速反転。土をつけたコバエを叩き落とすべく猛追する。人間の顔を想起させるツイン・アイがびかりと瞬いた。機体そのものが怒りを露わにしているかのようだった。
「……これで良いんだな、船長?」