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第18話:インファイト 上

『敵機、第二陣を射出しました! 先発隊はフェニクス左右に展開し包囲する態勢です!』


 カラスは素早くレーダーに目線を走らせ、そして即座に戦術を決定した。


「包囲が完成する前に敵本体へ肉薄する」


『了解しました。敵第一陣との交差まで10秒、第二陣は30秒!』


 スロットルを押し上げ一気に『フェニクス』を加速させる。相対距離が縮まり、レーダーにのみ表示されていた敵影を機体の望遠カメラが直接捉えた。


「あれか」


『フェニクス』が捉えた敵の姿は、一般的なDFをさらに一回り小さくしたものだった。それが4機、散開してこちらを取り囲もうとしている。


 サイズから見て、一機あたりの武装積載量はさほど多くないはずだ。推進機や燃料も加味すればさらに限定される。


(その条件で積めるとすれば)


『敵機の武装を照合しました。全機対空レーザーを装備、照準を向けています』


 だろうな、とカラスは頭のなかで呟いた。


 同時に『フェニクス』のコクピットにロックオン・アラートが鳴り響く。敵から照準を向けられているという警告。さらに前方から4つの光点の接近。包囲網は着々と築かれている。


 だからこそ、ここからは瞬発力の勝負だ。


 両翼コンテナ内の発射管よりRDR-17『スマートシープ』を螺旋状に4発発射。貴重なダミー弾だが全て出し切る。


 機体に向けられたロックが、けたたましく鳴き喚く羊たちの声に一瞬掻き乱される。だが電子妨害が有効だったのはわずか3秒足らずであった。『ヴァジュラヤクシャ』の情報処理能力が優れていることもあるが、元々同じ軍で運用されている兵器なのだ。手の内を見破るのにそう時間は掛からない。



「遅い……!」



 しかし、カラスにとっては十二分だった。


 羊たちの声の影で、『フェニクス』はさらに増速。パイロットの身体がシートに押し付けられる。荷重が操縦桿を握る腕にまで襲ってくるが、強化された筋肉はその状況下でも滑らかに動き、トリガーに指をかけた。


 敵の第一陣が電子攪乱より回復。しかし、一時的に『フェニクス』を見失っていたため、それぞれがてんでバラバラの方向に飛んでいた。3秒間で30キロメートルの距離を迷走し、再び目標に向かおうとする。


 だが、狙うべき『フェニクス』の姿は遥か彼方に飛び去っていた。


『敵の第一陣、旋回して追ってきます』


「問題ない。もう追いつけない」


 セレンの声にも焦りは無い。カラスが言う通り、敵の第一陣は運動エネルギーを大幅にロスした。とてもではないが本体から射出された時ほどの加速は出せない。そのうえ、ぐるりと旋回して『フェニクス』に追いつくまでにさらに大量の推進剤を消費する。実質的に無力化に成功した。


『それで、正面の残り4機ですが』


「強行突破する」


『ですよね』


 性能差も機能の数も、最初から大いに突き放された戦い。


 だからこそどこかで根性論が必要になる。


 それでもカラスは高揚していた。


 久しぶりに全力で『フェニクス』を動かしているが、ブランクはまるで感じない。それどころか、鈍っていた感覚が刺激され覚醒していく過程を楽しんでいた。暗黒と星々に彩られた宇宙空間がやけに明るく見えた。


「見せてやろう、フェニクス……っ!」


 第二陣と接触、レーザーキャノンのロックが一斉に向けられる。それに対し、カラスは突撃の勢いは一切緩めないままバレルロール。視界がぐるりと一回転する。前方からの圧力と、回転による遠心力が同時に襲い掛かり、カラスはシートから投げ出されつつ同時に抑えつけられた。


 だが、それが愉しい。


 複数の回避機動をランダムに繰り出しながら、しかし正面への速度はほとんど殺さずに敵中へと飛び込んでいく。アラートと共に敵のレーザーが機体をかすめていく。機体を撃墜するほどの威力には設定されていないが、実戦のなかで培われた危機感や焦燥感はそんな言い訳を許さない。全て必殺の弾の心づもりで回避していく。


 敵意が自分スレスレに飛び去って行く感覚。緊張と安堵が目まぐるしくスイッチする。そのたびに心臓から送り出される血液の濃度が変わるかのようだった。


 身体を抑えつける圧力に抗うように、全身のあらゆる血管が膨らんで、機体を操る全ての身体機能を強化する。それはカラスの頭のなかだけで行われている妄想かもしれないが、現に一度突撃を始めた『フェニクス』の機動は圧倒的だった。少々無茶な突進かと危惧していたセレンでさえ、今は一言も発せなかった。


 レーザーを撃ち続けながら接近する敵機に対し、カラスはひたすら回避に集中した。相対距離が縮まる。レーダーのなかの敵影がひどく遅く動いているように見えた。実際には一秒で何キロも飛ぶようなスピードにも関わらず、ともかく、遅い。


 それゆえ、狙いをつけるのも簡単だった。


 敵と交差する数秒前にカラスは敵機のうち一機をロック。アラートが鳴り響いたであろうその無人機はすぐに退避に移ろうとしたが、それはあまりに機械的な判断だ。人間であればアラートが鳴る前に危機を予感して逃げている。なまじ『フェニクス』の包囲と撃墜という命令に縛られてしまうために生じる、AIの不器用さだった。


 カラスは、その切り替えの遅さを見逃さない。


 いや、最初からその遅さを目当てにして、トリガーを引いていた。


 左腕で保持したレーザーキャノンより光の針が撃ち出される。連射はしない。最低限の一撃で落とせる。


 薄いレーザーを浴びた敵機はその場で機関を停止した。撃墜判定。一度破壊されたとみなされたら、ドローンはそれ以上動かない。慣性を殺しながら停止していく。


 そうしてできた突破口に向けてカラスは『フェニクス』の嘴を捩じ込ませる。


 突破の意図を読んだのか、敵機が進路変更してそれを妨げようとする。『フェニクス』は一瞬、完全に自機の直上を取られた。


「……!」


 咄嗟に操縦桿をぐるりと回し、『フェニクス』そのものを回転させる。進行方向に対して全てのメインスラスターが向いた。


 残った3機からの射撃が予測位置を通り過ぎていく。わずかにかすめたが、致命傷ではないと判断されたのか『フェニクス』は止まらなかった。


 一瞬の減速ではとてもそれまでの慣性を殺しきれない。カラスは再び機体を振り向かせ、突撃を続ける。


 背後を敵の子機が通り過ぎる。カラスはそう思っていた。事実、レーダー上では『ヴァジュラヤクシャ』の放った第二陣は交差ポイントを通り過ぎ、宇宙の果てに飛んでいこうとしている。戻ってくるだけのエネルギーは無いはずだ。


 だが、翼が危機を感じた。ちりちりと肌を焼くような感覚が背中にあった。カラスは危機を言語化できないまま回避機動をとる。直後、『フェニクス』の飛んでいたルートを、オーバーシュートしたはずの敵のレーザーが通り過ぎていった。


(動きを切り替えたのか!?)


 背後のカメラを起動する。『フェニクス』に振り切られたはずの子機たちがこちらに砲口を向けている。


 だが、追いかけようとしていない。先ほどまでの敵のプランであれば、頑なに包囲にこだわって追いかけようとしてきたはずだ。


 しかし今は軌道ベクトルを変化させて、追いかけるのではなく固定砲台としてその場にとどまろうとしている。


「セレン、子機の動きはどうなってる! 故障か!?」


『いえ、フェニクスの進路に対して垂直に展開しようとしています。十字砲火を企図しているように見えます』


「対応……早いな」


 思わず唸っていた。だが確かに、一度追い抜かれてしまった以上、もとの戦い方に固執する必要は無い。


 現行のAIはある一定の作業能力を持ってはいるが、戦場というカオスのなかでは平時よりも明晰さが欠けざるを得ない。考えることがあまりに多いからだ。機体の挙動は人間より優れていても、より大きな枠組みで戦うと負けてしまう。


 仮にAIが殴り合いに絶対に勝てるボクサーを生み出したとしても、リングをひっくり返して圧し潰したり、あるいはリング破壊を正当化するルールを設定するという発想は出てこない。AIは常にルールを設定される側であり、ルールの外側から攻撃されることをそもそも想定できないのだ。それが兵器としてのAIが最強たりえない根本原因だった。


 だからこそ、生身の人間が常に監視するというバイキャメラル・システムの発想は、単純ながら効果的だった。


 包囲殲滅というアイデアを即座に切り替え、それに振り回されそうになっていた『ヴァジュラヤクシャ』を元の軌道に戻してしまった。


 背後を抑えられた『フェニクス』は、結果的にリングの上に引き摺り上げられた形だ。もう進んでいくしかない。


 怪物機『ヴァジュラヤクシャ』という、絶対に殴り負けないボクサーのいるリングへ。


「……上等だ」


 カラスは口元を舐めた。強がりではない。元々こういうプランだったのだ。ただ、状況が想定より若干過酷になっただけで、流れとしては悪くない。


 もとより敵との索敵距離、射程ともに大きく水をあけられている。いくら距離が離れているから避けられると言っても、回避に使う推進剤は無限にあるわけではない。いつか必ず動きは止まる。延々と逃げ回った挙句に鴨撃ちされるのではあまりに恰好がつかない。


 それならば、たとえヘヴィ級とフェザー級の戦いだとしても、殴れる距離に行けるだけ接近戦の方が勝ち目がある。


 そして『フェニクス』は『ヴァジュラヤクシャ』の目視圏内に飛び込んだ。

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