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第17話:驚異!! ビットロッド・キャノン

A.D.2160 1/30 12:56

タルシスⅣ-Ⅱ近傍宙域



 コロニー連合国家タルシスを形成する4つのコロニー群のうち、地球を挟んで月の反対側に位置しているタルシスⅣは、結果的に最も戦火を免れたコロニー群であった。


 戦争序盤、地球はタルシスの首都であるラグランジュ1=タルシスⅠに主戦力を投入。また、隣接しているタルシスⅡおよびタルシスⅢの連絡線を断つべく別働隊を派遣した。


 これは明確に戦力の分散であり、戦略上の悪手である。確かに成功すれば首都を抑えた上で敵の第二、第三の手を封じ込めて完封勝利となる。


 だが、首都防衛のために死に物狂いの総力戦を展開したタルシスは地球軍主力をなんとか撃退。地球側の戦略は大きな見直しを強いられることとなる。


 一方でタルシスも、首都防衛にほとんどの戦力を割いたため、タルシスⅡ及びⅢが甚大な被害を受けることとなった。故にそれらの宙域では、未だに被害の全貌が明らかになっていない。


 翻ってタルシスⅣは、その被害の少なさから比較的早くに行政機能を取り戻しつつあるが、それでも全てのコロニーが無事だったわけではない。


 今回、模擬戦の戦場として設定されたタルシスⅣーⅤは、そんな破壊されたコロニーの一基である。


 タルシスの平均的なコロニー同様、ⅣーⅤの全長は約50キロメートル。その中心付近が大きく抉られており、あたかも内臓をくり抜かれた巨大魚のように空っぽの内面を真空に曝している。完全に両断していないのは中心のセントラルシリンダーが無事だったからだ。とはいえ、デブリ飛散防止のための工作船が微光を瞬かせながら無数に取り付いている様は、海底に沈んだ獲物に深海生物が群がっているようである。


 その外壁より20キロ上空を飛行しながら、カラスはコクピット越しに死骸と化したコロニーを見ていた。


(ここではない、か)


 先日見た夢のなかで、カラスはコロニーが崩壊する瞬間を目の当たりにした。


 もちろん夢が見せる情景など信用できない。しかしカラスは、あれが幻覚などではなく、脳に深く刻まれた傷痕が見せるものだという確信があった。


 自分たちの住んでいたコロニーは、セントラルシリンダーが破断していた。ここはそうではない。今も工作船が無数に動き回っているのは、デブリ飛散防止のためでもあるが、修復して再利用する筋道を探るためでもある。


 その時、『フェニクス』がアラートを発した。同時にカラスの神経に軽い刺激が走る。進行方向にデブリが浮かんでいた。軽く機体を振り、最小限の動きで回避する。


『回避、お見事です。今までのデータに比べて、エネルギーのロスも70パーセント近くカットできています』


 ホロディスプレイ越しにセレンが言う。カラスはこくりと頷いた。


「セレン・メルシエ、模擬戦開始時間まで……」


『あと1分15秒……ルールの確認をします。勝敗は相互の機体にインストールされた専用のソフトで判定されます。装備は通常通りですがレーザーの出力はほぼ零。レールガンに装填されているのも直撃前に自壊する模擬弾頭です。制限時間は1時間ですが……』


「BF戦にそんなに時間は掛からない」


『ですね。相手の機体は非常に高性能です。注意を』


「了解した」


『あ、それと』


「何か?」


『私の名前を呼ぶ時、いちいちフルネームで言わなくて良いですよ。セレンだけで十分です』


「了解した、セレン・メルシ……セレン」


 通信機の向こうでセレンが『ぷっ』と笑った。


 そのやりとりを最後に、しばらく『フェニクス』は慣性飛行を続けた。カラスはヘルメットのバイザーを上げて座席下のドリンクホルダーからハイポトニック水を取り出す。口に含んだ時、思った以上に口中がパサついていることに気づいた。


『フェニクス、戦闘予定宙域に到達。カウント開始します』


 セレンの落ち着いた声が聞こえた。


『カウント……5、4、3、2、1……作戦開始』


「全システム戦闘モードに移行。レーダー起動、索敵に移る」


 機体各所に搭載されたレーダーが各方位に向けて索敵を開始する。


 重力圏内の戦闘機と異なり、宇宙空間においては360度全ての方向を警戒せねばならない。そのため各部位に大小様々なレーダーが装備されているのだが、当然性能に差が出てくる。最も高機能なのは頭部だが可動範囲には限界がある。この索敵範囲のむら・・を潰すため、パイロットは機体そのものをレーダーアンテナ同様に回転させることで問題を解決している。


 カラスは教本通りに『フェニクス』を回転させた。すぐに身体の感覚が同調する。ともすれば、戦闘機動のような激しさのないこの飛び方は心地良ささえ感じる。


 だが、どこに敵が潜んでいるか分からない状況では、そう呑気に構えているわけにはいかない。カラスは神経を研ぎ澄ませてどこからか来るであろう敵に備えた。


「……静かだな」


 カラスはひとりごちた。


 真空の宇宙で「静か」と表現するのは適当ではないかもしれないが、しかしカラスの感じる限り決して的外れではない。義眼で機体中枢と脳を接続していると、『フェニクス』の鋼鉄の翼が感じる刺激が自分のものとして伝わってくるのだ。


 宇宙空間にも風はある。恒星や宇宙機の発するエネルギーによって原子が掻き乱され、それが機体表面を撫でる時に明確な感覚として頭に届く。きっと地球の空を飛ぶ鳥たちと似たようなものではないかとカラスは思う。コロニーの空に野生の鳥などいないので、一度は見てみたかった。


『カラスさん、一度フェニクスを上昇させてみませんか?』


 セレンがそう提案してきた。


「こちらから動くのは危険だ。下手に動いたところを狙い撃ちにされる」


『そうかもしれません。でも、索敵性能は恐らく敵機の方が上です。こちらから積極的に動きを見せないと、どこかで一方的に捕捉されて撃墜されますよ』


 確かにセレンが言うことにも一理ある。


 模擬戦が始まる前、ギデオンから性能ではフェニクスに勝ち目はないと言い含められている。実際、カラスも単純なスペック差では到底勝負にならないと感じていた。ほんのわずかな間とはいえ、実際にあの機体の挙動を目の当たりにしている。それで性能差が分からないほどカラスも馬鹿ではない。


「……一度、相手に撃たせてみる、か」


『そういうことです』


「分かった」


 カラスは、セレンの提案に乗ることにした。


 それにしてもずいぶん積極的な策だなと思った。大人しそうな見た目に反してかなり攻め寄りの姿勢だ。


 ベクトルを一部変更し、回転は維持したままコロニー外壁に対し仰角45度で上昇。それでも、敵がレーダーに捉えられない。『フェニクス』の有効索敵範囲は300キロメートル。その範囲内で見つけられないということは、敵機はそれよりも遠い位置にいるということだ。


 あるいは『ヴァジュラヤクシャ』も『フェニクス』を見つけられていない可能性もある。だが、カラスはすぐにその考えを捨てた。互いに見つけられていないのならば、逆にもっと早い段階で相手の痕跡を捉えられたはずだ。


 それが無いということは、すなわち敵機が演習開始地点からほとんど動いていないということだ。


(やはり、船長が言う通り……)


 瞬間、『フェニクス』の翼にの乱れを感じた。理性よりも動物的な直感に従いカラスは回避機動をとる。直後にアラートとセレンの警告がほぼ同時に飛んできた。


『敵機発砲。方位0・1・0、俯角30度!』


 レーダーの端に現れた反応が『フェニクス』の進路上めがけて飛んでくる。完璧な偏差射撃。回避せず直進していたら当たっていただろう。闇雲に撃ったのでは絶対に不可能な狙い方だ。


 だが遅い。『フェニクス』と敵機は最低でも300キロメートル離れている。一方で今撃たれた弾の速度は秒速10キロ程度。30秒も猶予があればどんなのろまでも回避できる。むしろ自分の現在地を教えているようなものだ。


 慌てて回避機動に入った分、無駄にエネルギーをロスした。この距離ならばそこまで激しく動く必要は無い。


「敵の位置が割れた。突入する」


 まだ敵弾はこちらに向かってきている途中だが、とうに直撃コースからは外れている。カラスは逆にその弾道に機体を滑り込ませ、加速をかけるべくスロットルを押し上げようとする。


『これは……待ってください、敵弾に変化が!』


「うん!?」


 力を籠めようとしていた左腕をびたりと止める。同時にカラスは、レーダー上に表示されていた敵の砲弾が4つに分離するのを認めた。


(ミサイルじゃない?)


 運動の仕方に違和感がある。ミサイルならば敵との最短距離を一直線に飛んでくるはずだが、レーダー上に現れた4つの光点は互いに捻じれるような軌道を描いてこちらに向かってきている。


『この動き、まさかDF!?』


「そのようだ」


『そんな! だって模擬戦なんですよね!? これじゃ1対5じゃないですか!』




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




A.D.2160 1/30 13:04

タルシスⅣ-Ⅱ近傍宙域

タルシス宇宙軍巡洋艦『ウィリアム・ダンピア』 管制室



『いきなり飛ばすねえ』


 手元のチャットログに書凡からのコメントが流れてきた。キョウは軽く肩を竦めた。


『ヴァジュラヤクシャ』の制御のために特別に改造した管制席は、周囲に円球状にホロディスプレイを展開するよう設定してある。その画面のなかを膨大な量の情報が滝のように流れていた。


 キョウはそのなかから必要なものだけを瞬時に読み取り、機体そのものとの「対話」に反映させていく。


[状況報告

敵機回避機動ののち、当機に向け進路変更、再加速中。

 各SVの展開に問題無し。


 戦術提案

 1:初期戦術を遵守。

 2:SV追加投入による包囲殲滅。

 3:当機による直接砲撃


 適切な指示を求む]


『OK、ここは積極策でいこうか』


[適切な指示を求む]


『2番ってことだよ』


 まだまだやり取りが固いなぁ、と思わざるを得ない。


 だがコミュニケーションの巧拙に反して、指示を受けた『ヴァジュラヤクシャ』は滑らかに動いた。


 ホロディスプレイに映し出された金色の巨人機は、宙域を漂う大型のデブリに機体を固定させていた。4本の脚部からそれぞれ固定用のパイルバンカーが飛び出し、足元の巨大な質量に機体を結び付けている。


 そして、自機の全高以上に長大な砲身を、遥か彼方の『フェニクス』に向けて構えた。


 腰のハードポイントに取りつける方式は従来通りだが、装備されたそれは今までの武装とは一味も二味も違っていた。


 左右両方の剛腕で支えられたその巨砲は、『ビットロッドキャノン』と名付けられている。


 中央の主砲砲身はレールガン専用であり『ヴァジュラヤクシャ』の機体本体から送られる電力に加え、砲の後部にさらにもう一基専用の小型核融合炉が取りつけられている。そこから生み出される莫大な電力はレールガンに圧倒的な破壊力を与え、試射では月の表面にクレーターを作り小規模な地震まで発生させた。あまりに威力が大きすぎたため、月の裏側にいる地球艦隊の警戒レベルが一段階上昇したほどである。


 無論、BFのような小さな的を狙うための砲ではなく、戦艦や要塞、あるいは月面の地下シェルターを破壊することが目的の兵器だ。そういう意味では地球軍の危惧は当たっていると言えるだろう。


 だが、この巨砲の機能はそれだけではないのだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




A.D.2160 1/30 13:05

タルシスⅣ-Ⅱ近傍宙域

封鎖突破船『天燕』 ゲストルーム



「まあ、大砲から飛行機が!」


 断続的にマーマイトサンドを齧っていたクェーカーがその手を止めて、驚いたように口元を隠した。


 戦場のあちこちに配置された小型ドローンが送ってくる映像が、あたかもパブリックビューイングのように状況を中継してくれている。機動戦を展開している『フェニクス』はさすがに捉えにくいが、『ヴァジュラヤクシャ』は足を止めて砲戦の構えをしているため、その金色の威容がありありと映し出されている。


「飛行機って……今飛んで行ったあれはSV、サーバント・フライヤーです。DFよりもさらに小型の防空機ですよ。もっとも、使い方次第では攻撃機にもなりますけどね」


 書凡が説明する間にも『ヴァジュラヤクシャ』は砲身を構え直していた。その内部……ではなく、大砲の表面にリニアカタパルトを展開し、ビットロッド・キャノンそのものの長さを滑走路として使おうというのだ。


 砲身に紫電が走る。直後、4つの光点が宇宙の暗闇へと送り出されていた。瞬時に冷却機構が作動し、『ヴァジュラヤクシャ』の金色の巨体が白煙に覆い隠される。


 一度に射出できる数は4機。デフォルトで計8機搭載されているので、これで全て出し切ったことになる。


「まあ、まあ、まあ。ちょっとズルではありませんか? こちらは1対1の勝負と聞いていましたが」


「SVはヴァジュラヤクシャの一部ですよ。そしてそれを的確に運用する機能もまた、ヴァジュラヤクシャの一部なのです。全力で戦う以上、出し惜しみするつもりはありませんよ」


「とは仰いますが、釈然としませんね」


 口ではそう言っているが、クェーカーはどこか楽しげに紅茶の入ったボトルに口をつけていた。


 ミリタリーのことは何も分からない。戦いの盤面が不利になったことだけは分かるが、書凡の説明からは今ひとつ『ヴァジュラヤクシャ』の凄さというものが伝わらなかった。


 それよりもクェーカーは、カラスがこの局面をどう切り抜けるのか、その方が気になっていた。


 何しろあの少年を後見している男は、タルシスで最もバレット・フライヤーを上手く扱った船乗りなのだ。その薫陶がどの程度カラスに宿っているのか気になった。


 チェスにせよ何にせよ、多少不利な戦況からの逆転劇の方が観客にとっては嬉しいものなのだ。


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