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第7話:ドクトリン転換

「ずいぶんすんなりと帰したな」


 ほとんど腕を組んだまま事態を見守っていたドレーゼは、書凡の姿が消えるなりそう声をかけた。ギデオンはソファにどかりと背中を投げ出して瞼を揉んでいる。口から疲れたようなうめき声が漏れた。


「運よく大事故にならずに済んだんだ。これ以上言うことは何も無い。それにあのおっさん、これから報告書やらなんやらで大わらわだろうからな。追いつめたらそれこそパニックになっちまうよ」


 それに、と言って立ち上がる。壁に無造作に置かれた飲料水サーバーから水を汲んで、喉を湿らせる。


「いろいろヒントをもらえた」


「軍の内情が知りたいっていう、あれか」


「ああ。父つぁん、連中の造ってる機体を見てどう思った?」


「あの機体だけ見りゃあ、まるでマウスだな。それかヤマトだ」


 ギデオンは笑った。さすがにそこまで極端な一品ものではないだろう。


「方向性は似てるかもしれんが、どちらかというとティーガーじゃないかな。部隊の中核、ハイ・ローミックスのハイの方だろう。あの機体を軸にして、通常のDFを周辺に配置するのが合理的だ」


「バレット・フライヤーはどうなるんだ?」


「使わない方針なんだろう」


 さらりとギデオンは言ってのけた。


「宇宙軍は人材不足……だがそいつはコロニー社会全体の問題だ。人を社会の方に戻さざるを得ない。ましてや、パイロットを潰すことを前提にしたBFなんざ百害あって一理なしってとこだ」


 実際の戦訓として、艦隊に突撃を仕掛けられる機動兵器は戦力面で圧倒的に劣っているタルシスにとって必要不可欠だった。生産可能な半導体も少なく、当たるかどうか分からないミサイルに注ぎ込むことはできない。戦争のある一時期において、BFが存在する意義は確かにあった。


 だが実戦の熱が薄れ復興という現実が立ち現れてくると、今まで積み重ねてきた無駄を見直す必要が出てくる。


「DFはBFに置き換えて使える。宇宙軍はやっとそのことに気づいたのさ。それに、抑止力としての軍備なら、BFほど攻めに特化させた運用をする必要もない。人材も無駄に擦り減らさなくて済む」


「すると宇宙軍は、もう戦争を続けるつもりが無いってことか?」


「そもそもできるわけがなかったんだ。たった一度の戦争でタルシスの生産能力は激減、今もって復興には程遠い。だから封鎖突破をやってチマチマ地球から物資を吸い上げてる」


 退役後にギデオンは、思うところがあって徹底的に人文学を浚った。士官学校に入る以前も、入ってからも学ぶ機会はあったのだが、戦争を体験する前の彼にとってはあまり実用的とは思えなかった分野だ。



 だがギデオンは改めて問い直したかった。人は何故戦争をするのか。そして何故、戦争を始める前に、戦争が終わった後のことを想像できないのかを。



 近代以降、戦争がスムーズに、かつスマートに終わった例はほとんどない。あるとすればよほど特殊な例外であり、基本的に一度始まってしまった戦争は必ずと言って良いほど泥沼化する。特に冷戦以降の非対称戦争は悲惨の一言だ。


 タルシスの戦争もまた、開戦前は地球軍のワンサイドゲームで終わると喧伝されていた。コロニーの軍人でさえそう唱えていたほどだ。


 しかしいざ始まってみると、地球側の団結不足や大気圏を超えての物資輸送の困難さ、何より宇宙で戦争をするノウハウ不足のため、地球軍は思ったようにパフォーマンスを発揮できなかった。そうこうするうちに非力だったコロニー側は戦力を整え、押し切りもせず倒されもしない戦争を5年も続けることになったのだ。


 壊れていく自分たちの世界を横目に見ながら。


 タルシスにとって、宇宙に生きる人々にとって、まだ全てが終わったわけではない。しかし軍が自らの在り方を変容させようとしているのは、ひとつの兆候と捉えるべきだろう。


「……バレット・フライヤーなんぞ使わないに越したことはない。軍の主力がDFに置き換われば、あのおっさんが言っていたように人死にも減る。良いことずくめさ」


「そう言う割にはギド、お前、あまり嬉しそうに見えんぞ」


「そうか?」


 とぼけた顔でギデオンは返して、コップのなかに注いだ水を一気に飲み干した。


 バレット・フライヤーなど消えれば良い。


 軍の中核から人間が減らされていくのも良い。


 物言わぬ機械に人殺しをさせることが格別悪いこととは思わない。そもそもどんな手段を採っていようと人殺しは悪なのだから。


 だが、歴史はもうひとつ教訓を与えてくれている。すなわちどれほど戦争のための機械がスマート化したところで、戦争そのものがスマートになることは決して無いということだ。


 だからあの金剛夜叉の名前を持った機体も、戦争のために使われるならば必ず泥と血に塗れることになるだろう。


 それがギデオンの確信だった。


 それでも、タルシス軍が積極的な攻勢を諦め、防御主軸の編成に変わりつつあるのは純粋に喜ばしいことだ。自分も退役などせず、その作業に加わるべきだったのかもしれないとさえ思う。


(しかし軍のドクトリンが変わりつつあるとすると、ダリウスに武器を渡して焚きつけた連中が本当にいるのか怪しくなるな)


 ギデオンはかぶりを振った。書凡はかなり色々な情報を漏らしてくれたが、それでも推測の材料にしかならない。自分が欲しいのは事実だけだ。


「……さて、そろそろカラスを迎えにいってやるか」


 空になったコップを宙に浮かべ、人差し指でぴんと弾いた。慣性を得たコップは洗浄機の口に向かう軌道を直進していった。


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