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第5話:巨人機『ヴァジュラヤクシャ』

 エアロックが開放される。格納庫内の警告灯が赤い光を『フェニクス』に浴びせかける。


 機体を固定していた整備ハンガーがゆっくりと上昇し、外部の真空にまで機体を押し出した。


 コクピットに乗りこんだカラスは、ひと月ぶりの『フェニクス』のシートの感触を思い出していた。感慨とも安心ともつかない感情を胸の奥底で感じながら、プリフライトチェックを進める。全システム異常無し。武装は搭載していないため確認シークェンスを省略。


「見た目は弱そうになったが……ジェネレーターの振動は変わらないな」


 少しだけ口元を緩めて、カラスは右手側のコントロールレバーを撫でた。


 ハンガーが停止する。目の前にはタルシスⅣ-Ⅱの広大な外壁が広がっている。左右にもタルシスⅣに属する他のコロニーが悠然と回転していた。


『進路異常無し。分かっているとは思うが、フルスロットルで突っ走るなよ』


 ヘルメット内にオペレーター役のギデオンの声が響いた。


「承知している」


『回線を無線に切り替える。カラス、発進だ』


「了解。BF-03V、いや……」


 ふふ、と思わず口元から笑みがこぼれてしまった。今度は本当に笑ってしまったのだ。「気を抜くな」とギデオンに叱られた。それでもカラスの口元はかすかに緩んだままだった。そして、愛機につけられた新しい名前を呼んだ。



「フェニクス、離岸する」



 両翼のコンテナブースターに火が入る。機械の巨鳥が、長らく折り畳まれていた翼を羽ばたかせてコロニーの外壁から飛び立った。


 浮き上がる瞬間、カラスは今までになかった重みのようなものを感じた。自分の意図した操縦に対して微妙に機体側の反応が遅れている。重量増加の影響だった。


 だが、その違和感にはすぐに順応した。試しに二度、三度と機体を旋回させてみるが、いずれも動き始めにわずかに溜め・・のようなものが生じている。しかしその一拍の遅れが、かえって機体の動く方向と自分の感覚を一致させるのに役立っていた。


 今までの『フェニクス』には確かに圧倒的な加速力が宿っていたが、それは乗り手の意思を置き去りにしかねないほど過激な調整だった。


 だが、今の機体はあえて性能を落としてある分、カラスの感覚と機体の機動が上手く嚙み合っている。


『どうだ。動きやすくないか?』


 通信機からギデオンの声が聞こえた。


「ああ。性能は落ちているはずだが……」


『今までのフェニクスには、お前の機体の動かし方が反映されてなかったんだよ。今回、ドレーゼの親父に頼んでそのあたりの調整もやってもらった。カタログスペックは下がっているが、お前さんにとっては扱いやすいだろう』


「そのようだ」


 カラスは機体を直進、さらに捻りつつ急上昇。コロニーの壁に沿って背面飛行の姿勢をとる。頭の上を灰色の絶壁が通り過ぎていく。


 他にもいくつかのマニューバを試してみる。脚部スラスターを使っての急激な方向転換、連続旋回、錐揉み飛行、四肢の可動テスト。そのいずれも、今までよりずっと素直にカラスの手に馴染んだ。


「……調整だけで、ここまで変わるのか」


『バレット・フライヤーは元々急拵えの兵器だ。03になってようやく使い物になったが、それより前は酷いものだったからな。その03シリーズにしても、パイロット個々人に合わせて調整なんかしちゃいない。これでようやく最適化できたわけだ』


 確かにこれならば、一概に弱くなったとは言えないとカラスも納得した。


 だが、実戦と試乗では様々な面で条件が異なってくる。事実、今の『フェニクス』に武装は搭載されていない。何も装備していない状態では快適に動かせるが、武器を積んだら機動力の低下がさらに目立ってくる可能性もある。


『それでな、カラス。お前もいきなり新しいフェニクスで実戦に出るのは嫌だろうと思って、模擬戦をセッティングした』


「……自分を連れてきたのは、それが目的か」


『もちろん今日じゃない。相手や条件については戻ってから説明しよう。一応は仕事の一環だ。ともかく、そういうイベントがあるということだけ覚えてもらって、一度帰投を……』


 ギデオンの言葉を遮って、コクピットにアラートが鳴り響いた。赤い警告灯が輝く。カラスは反射的に機体を急降下させて、コロニーの外壁付近に張りつくような位置をとった。


『っ、何事だ!』


「ロックオンされた。レーダーに反応は……!」


 機体の全てのセンサーをフル活用して周囲を索敵する。だが、機体が報告してきた情報を確認するよりも先に、カラスの義眼が敵意を向けてきた相手を捉えていた。


 あまりに目立つ姿をしていたからだ。


「なっ、なんだ……あの機体?!」


 思わず声が上ずって出てしまった。


 遥か彼方に小さな光の点が見える。それを拡大すると、今まで見たことも無い、異様な姿の機影が認められた。



 機体全体が、金色に輝いていたのだ。



『フェニクス』にロックを向けてきた機体は、タルシスⅣ-Ⅱ外壁より1キロ程度離れた場所を飛んでいた。ほぼ同高度である。壁を舐めるような低空飛行で、カラスの機体めがけて一直線に突っ込んできていた。


 FCSを起動させて戦闘に備える。だが、当然ながら全て使い物にならない。携行武器はおろか迎撃用のフレアさえ積んでいないのだ。この条件で戦闘になれば、逃げまわることしかできない。


 対して、金色の敵機は右舷に大型のキャノンと思しき武装を装備している。BF-03シリーズに標準装備されている『エグゼキューター』もかなりの長砲身だが、それ以上だ。機動兵器どころか戦艦の主砲と比べても遜色無い。まるで馬上試合に臨む騎士が携えていたランスを彷彿とさせる。


 その超大型砲のロックが、自分に向けられている。カラスでなくとも緊張せざるを得ない局面だ。


『カラス、回避しろ!』


「了解!」


 ギデオンに言われるまでもなく、カラスは回避行動に移る。向かってくる敵機の高度は、外壁より1キロ上空。


 だから、それよりもさらに下の位置に潜りこむような形で『フェニクス』を機動させる。敵がこちらを狙おうとすれば、必ず機首を下げなければならない。だが、対艦攻撃さながらの猛加速では外壁に突っ込むことになる。逆にそれ以外の場所は、どう逃げたとて敵機キャノンの射角内となる。



 だが、この急降下はカラスにとっても危険な賭けだった。



 コロニーの外壁は平坦ではない。場所によっては工業区域や停泊した作業船が張り出している。それらを避けながら戦闘機動で飛び続けるのは至難である。


 カラスの頭上に、タルシスⅣ-Ⅱの巨大な影が迫る。機体を回転させて姿勢を戻しつつ、さらにシザース機動で左右に敵のロックを振り回す。


 機内の警報は消えない。まだ狙われ続けている。相手は軌道を変えていない。


 ミラー越しにコロニーの向こう側の陸地が見えた。一瞬だけ捉えた森や川、泉、建物が急速に過ぎ去っていく。


 距離にしても時間にしても、大した長さではなかったはずだ。だが、回避のためとはいえ、超長砲身のレールガンを抱えた機体に向かって飛びこんでいくのは気が気ではなかった。


 両機、交差する。僅か300メートル程度の間隔しか開いていない。その一瞬の間に、カラスの義眼は相手の機体の姿をしっかりと捉えていた。


 かなり大型の機体だ。先日戦ったDF-05Bはいずれも対艦爆撃用の大型モデルだったが、それよりもさらに一回り大きい。


(バレット・フライヤー……いや、ドローン・フライヤーか?)


 BFとDFの見分け方は簡単だ。


 戦闘中の目まぐるしい状況変化に対応するために人間が搭乗するのがバレット・フライヤー。そのため、様々な用途に対応するために作業肢が取りつけられている。


 対してドローン・フライヤーは、機体の設計段階から目的が固定化されている。爆撃用の機体ならば爆撃に特化し、迎撃機であれば格闘戦に特化している。ハードポイントの数も少なく、腕も無い。宇宙戦闘機としてはむしろDFの方が純粋である。


 だが、カラスが会敵した機体は、その区分が通用しない。どちらの特徴も引いているように見受けられたのだ。


 腕や顔といった、バレット・フライヤーに特有のパーツがある。一方で、BF以上に巨大なスラスターは強化人間の搭乗さえも無視しているように見える。脚部スラスターに至っては四本も生え出ており、まかり間違っても「人型」とは呼称できないような異形だ。


 その正体不明機は、全てのスラスターを前面に向けて急減速をかけていた。一対の輝く巨翼と四本の脚を振り回して旋回し、再び『フェニクス』に喰らいつこうとしている。


「チッ……!」


 不明機が再び猛追をかけてくる。これ以上コロニー付近で戦闘機動をするわけにもいかない。カラスは『フェニクス』の機首をコロニーのに向けた。



『ちょっと! ちょっとちょっと、待ってよ! ねえッ!!』



 通信機越しに、どこか幼げな声が響いた。


「女……?」


 追いかけてきた金色の機体がレールガンを折りたたみ、両翼のコンテナ・スラスターを振っている。地球時代から飛行士の間で受け継がれている挨拶だ。


 機体同士が真横に並ぶ。カラスは警戒を解いていないが、相手の機体のエンジン出力が徐々に引き下げられているのはセンサーを見れば分かった。


『よかった、追いつけた……! 封鎖突破船が使ってる03Vがいるって噂、本当だったんだ』


 金色の機体の首が真横を向き、じろじろと『フェニクス』の姿を観察した。カラスは落ち着かなかった。つい先ほどまでレールガンのロックを向けられた挙句、コロニーの外壁すれすれにチェイスをさせられたことも無論理由である。


 だがそれ以上に、その金色の機体の首に据えられた、人間のようなツインアイの頭部に見られていることが原因だった。


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