A.D.2160 1/22 13:42
タルシスⅣ-Ⅱ
無重力工業区画
ギデオンに連れられて着いたのは、港湾区と反対側にある無重力工業区画だった。コロニーの修繕や、それに使うための機械を取り扱う業者が集まっており、非常に雑然とした印象を与えるエリアである。
そのうえ、今は宇宙全体にあらゆるスペースデブリが溢れかえっている。コロニーの残骸はもとより、戦艦や艦載機の部品までもが簡単に手に入る。そういった盗掘品まがいの品々が、ジャンク屋たちによってさも当然のように並べられていた。
カラスはその残骸たちのなかに、旧式のバレット・フライヤーの首や手足をいくつも見出した。『フェニクス』も属するBF-03シリーズより前の世代の機体だ。生々しい弾痕や破損個所がそのまま残されている。それらが、狭い路地の上下左右を覆うように無数に並べられていた。
通りは人で賑わい、ジャンク屋たちは威勢の良い声で客を引き込んでいるが、カラスにはその光景が異様なほど悪趣味に見えた。まるで巨人の死骸をたたき売りしているかのようだ。
(コクピットは……)
当たり前だが、そんなものが置かれているはずが無かった。そもそも撃墜されて四散したから、こうしてジャンク屋に拾われているのだ。
この店先に並んでいたのが『フェニクス』だったとしても、何もおかしくはない。
そうなっていた場合、自分の身体は氷の結晶と化して今も宇宙を漂い続けていることだろう。
つくづく、こうして生き延びてあることが不思議でならない。
「どうしたカラス。置いていくぞ」
巨人たちの墓場の向こうからギデオンが呼ばわった。カラスは死んで光を失ったカメラアイたちから逃げるように、彼の後を追ってワイヤーガンを撃った。
目指す場所は路地を抜けてすぐだった。ドレーゼ工房と書かれた看板の前でギデオンがドアホンを鳴らすと、ぶすっとした声で「入れ」と返ってきた。
「気にするなよ。いつもこんな具合なんだ」
ギデオンは軽く肩を竦めてドアを開けた。
入ってすぐの空間はただただ殺風景だった。壁に「受付・待合」という不愛想な文言の刻まれたプレートが掛かっている。無重力なのを良いことに、椅子すら置いていない。ただのエアロック同然だった。
その殺風景な部屋の奥に、もうひとつ扉がある。それこそ本物のエアロックであり、コロニーの外壁の外へとつながる扉だった。
カラスの愛機は、その通路の先にある整備格納庫内で、翼を折り畳んで待っていた。
「顔が変わってる……」
一体何の因果なのか、ひと月ぶりに対面した『フェニクス』のヘッドパーツはずいぶんと様変わりしていた。
鋭角的なシルエットはそのままだが、破損したカメラパーツ付近が大幅に改装されている。
元々はスリット型のメインカメラだったが、右半分のみ円筒型の野暮ったいセンサーに変わっていた。まるで頭からチクワが飛び出しているような有様だ。左半分のみ冷厳な機械の戦士然としているだけに、一層奇妙に見える。
(カッコわる)
カラスはそう思わずにはいられなかった。
バレット・フライヤーは兵器。戦いの役に立ってくれればそれで良い、はずである。
しかしこうも間の抜けた顔をしているのでは、本当に弱くなってしまったのではないかと思ってしまう。迫力が無いのだ。
「なんともまぁ、弱そうな見た目になっちまったなぁ」
ギデオンもやや呆れたような声で言った。それに対して、隣に立った老技術者が鼻を鳴らした。
「馬鹿言うんじゃねえや。一体どこにバレット・フライヤーの正規部品があるってんだ。文句つけるくらいならテメェらで用意しやがれ」
「そりゃ分かってるよ、ドレーゼ爺さん。俺らじゃどうにもならないからあんたに頼んだのさ」
レンチで肩を叩きながら、ドレーゼと呼ばれた技師は曲がった腰を伸ばした。もう片方の手に持っていた油だらけのディスプレイをギデオンに押しつける。
「お前さんの注文通り、どうにかはした。だが部品が無いんじゃこれで精一杯だ。そこの小僧、一体どんな飛ばし方をしたんだ?」
「あの仕事についちゃ、俺が相当無理をさせたからな。怒らんでやってくれ……」
ギデオンはディスプレイから顔を上げず、指で次々とページを繰っていく。破損状況や修理の詳細が事細かに書かれている。口は悪いが仕事はどこまでも几帳面なドレーゼ翁らしい書き方だ。
改めて読み進めると、『フェニクス』の壊れぶりは相当なものだった。
左翼コンテナ・スラスターは大気による断熱圧縮で表面が焼け焦げていた。両翼ともに切り札であるプラズマキャノンを使ったせいでスーパーキャパシタが焼き切れかけている。
急激な戦闘機動や大気圏突入の影響もあって、機体フレーム全体にガタが来ていた。特に股関節付近は「複雑骨折」と表現されるほどに酷く、部品の総入れ替えと相成っている。
当然、それだけの大修理をしたとなると、機体性能にも影響が出てくる。
特に左翼は非正規品を大量に使って修理したため、加速力が15パーセントほど低下していた。
右翼側は比較的軽傷だが、片翼だけパワーがあっても仕方がない。そのため、リミッターを導入して同じレベルにまで加速力を引き下げてある。
「カラス、お前も確認しろ」
無重力のなかを漂ってきたディスプレイをキャッチして、そこに書かれた内容にざっと目を通す。
弱くなったのは加速力だけではない。
センサーの索敵範囲縮小、速度のセーブに伴う機関出力の引き下げ。
前回全損した脚部の他に、腕部やコンテナ・スラスターの関節が補強されている。確かに頑丈にはなったかもしれないが、質量の増加はそれだけ機体の脚が遅くなったことを意味する。速度が命のバレット・フライヤーにとってはコンセプトエラーとさえ言えるだろう。
「どう思う」
「弱体化している。前と同じようには戦えない」
カラスの率直な感想だった。修理後のデータを見ただけで、フェニクスの性能が一段階下がったことが分かってしまった。
だが、ギデオンはかすかに首を傾け、顎に手を当てたまま「そうか?」と聞き返した。
「確かにスペックだけ見てみればそうかもしれんな。ドレーゼの父つぁん、悪いが一度、こいつを宇宙に出してみても良いか?」
「ふんっ、元々そのつもりで来たのだろうが」
「当たり前よ。最後の調整はパイロット抜きじゃできないんだ。カラス、ともかく一度乗ってみろ。気づいたことや気になったことがあったら、しっかり言葉にして報告してくれ」
「了解した」
ギデオンの真意は読めないが、カラスとしてはもう一度『フェニクス』を動かせるのならば願ったり叶ったりだ。たとえ性能が落ちているとしても、今後ともこの機体とは付き合い続けなければならない。
「……そうだ。お前はまだ死んでないからな」
カラスは振り返り、少し不細工な面構えになった愛機にそう呼びかけた。