A.D.2159 12/17 00:10
地球―タルシスⅣ 中間宙域
封鎖突破船『天燕』 船長室
『まさか回収した核弾頭を囮に使って脱出するなんて……貴方には心底驚かされます、ギド』
ホロディスプレイに浮かび上がったクェーカーが、頬に手を当てて溜息をついた。半分は純粋な賞賛だが、もう半分は事後処理の手間を思っての嘆息だった。
もっともギデオンとしては、彼女の苦労に同情していられるほど気楽ではない。
「そう責めないでいただきたい。こっちとしても手一杯だったんだ。目的の荷物は無事回収、船員にも死傷者無し。被害といえば、地球の連中の通信網が多少乱れたくらいだ。あとは貴女に任せますよ」
声を送りながら、しかしギデオンの目線は手元に向けられている。船の損害報告や消耗した物資のリスト等々、目を通さなければならないものが山積みなのだ。
ただでさえ危険な仕事をしたうえに、二度にわたって大気圏内で空力ブレーキを行った。しかもそのうち一回は背面飛行だ。設計上そのような機動は想定されていない。『ヴァルチャー』の攻撃はほとんど『天燕』にまで届いていなかったが、もし一発でもクリーンヒットしていたらカラスの救出を諦めざるを得なかっただろう。
また、『熾天使』の猛攻を凌いだ際にレーザー攻撃を受けなかったのも大きい。おかげで船の耐熱コーティングがほぼ無傷で残ってくれた。それが無ければ大気圏で燃え尽きていた。
船員たちは素晴らしい働きをしてくれたが、それでも運に助けられた仕事だった。
『無理を強いていることについてはお詫び申し上げます。ですが、わたくしは貴方であれば、プロジェクト・キュベレー成功に必要なピースを集めてこられると信じています』
「おだてないで頂きたい」
『本心ですわ。方法論としては少々派手ですが、それでも仕事を完遂したうえ、乗組員に大きな被害も出さなかった……今回の封鎖突破、無傷で帰還できた船は3割に満たない。そのなかで十分に目的を達成できた船となると、ごく一握りです』
ギデオンは顔を上げた。無論、喜んでのことではない。
「宇宙では何が起きるか分からない。全てが運頼みだったとは言わないが、技術でカバーできることには限界がある。危ない橋を渡るのもどこかで終わりにしたいものです」
『身構えている人のもとに、死神は訪れないと聞きましたが』
「いつだって身構えたままではいられないから、死神が来るんですよ」
ふと手元と画面の向こうのクェーカーを見比べる。どちらにも、死神の鳥の姿は見えない。
だが、これは超能力でもなければ神力でもない。あくまでギデオン・ブランチャードという小さな個人の、異常に発達した危機感知能力の形態でしかないのだ。もし船のすぐそばに機雷が浮いていたとしても、それを情報として認識していないなら、死神の鳥を見ないまま自分は死ぬことになるだろう。
「繰り返しになりますが、我々の技術にも限界がある。『熾天使』の防御性能は前回侵入した時の比ではなかった。地球の奴らは本格的に鎖国政策を進めている……貴女の方で、どうにかできませんかね?」
返答は数秒遅れて返ってきた。通信距離の問題だけではない。彼女としても、口ごもるしかなかったのだろう。
『……善処致します。もっとも、地球も一枚岩ではありません。だからこそ動かしにくいのですが……』
「それはタルシスも同じでしょう。先ほど報告しましたが、ダリウスに船を供給した連中について、何か分かりましたか」
『現時点では何とも。そう簡単に尻尾を見せてはくれません』
さすがに無茶振りだったな、とギデオンは思った。あれほどの戦力を個人に供給しておきながら、尻尾すら掴ませない相手。何らかの組織が絡んでなければできない動きだ。
そして組織とは、力をつけて巨大化するほどに姿を隠しにくくなる。
しかしダリウスに武器を与えた者たちは、対艦攻撃用の無人機や輸送艦まで揃える力を持ちながら、気配さえ感じさせなかった。クェーカーの諜報力が鈍ったとも思えない。
「地球の封鎖突破に加えて、得体の知れない連中からの襲撃……考えるだけで頭が痛くなる」
『わたくしとしても放っておけない事案です。早急に情報を集めましょう……けれど、今はともかく、無事にお帰りください』
「了解です、オーナー殿」
普段からあまり意見の合わない船主だが、最後の言葉だけは全く同意見だった。
今はともかく、無事に帰らなければならない。そこまでやってようやくひとつの仕事と言えるのだから。
通信を切り、こめかみを指で押さえていると、今度は船内通信が入った。顔に疲労を滲ませたセレンが、しかしまだ張りを残した声で、カラスが目を覚ましたことを報告した。
「一枚岩、か……」
セレンに寝るように言い、ギデオンは立ち上がった。
自分も仮眠をとりたい気分だが、気がかりが残ったままではおちおち休むこともできない。
「アフターケアといくか」