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第13話

 声に引っ叩かれるように、カラスは機体を垂直方向に急上昇させた。


 動かしてから初めて我に返った。


 残った左側の視界が、真下を通り過ぎていくレーザーと敵機を一瞬捉えた。


『カラスさん、無事ですか!?』


「あっ……ああ、健在だ」


 ディスプレイの隅にセレンの安堵した顔が映し出されていた。


『良かった……カラスさん、本船は無事に物資の回収に成功しました。そちらもタルシスⅣ方面に撤退してください!』


「そうか」


 右の視野が甦ってきたが、ざらついて見えている。サブセンサーの性能が良くないか、そちらも破損しているのか。いずれにせよ、目が不自由な状態は変わっていない。脚部の不調も依然そのままだ。


 満足に戦えない状態であることは否定できない。撤退は正しい判断だとカラスも同意する。全推力を一方向に集中し、フレアと欺瞞弾を全てばら撒けば不可能ではないだろう。今ならば『熾天使』の索敵範囲からも外れている。背中を向けて逃げても大丈夫だ。


(だが)


 ここで攻撃機を破壊しなければ、自分が逃げた後に『天燕』が狙われる。そうなれば任務は失敗だ。


ギデオンは自分の心配だけをしていろと言ったが、こんな危険な相手を放置しておくわけにはいかない。敵の撃破は自分に課せられた使命だ。道具として、兵器として、やらなければならないことだ。


「脅威を排除しなければ撤退できない」


『なっ……! もう無理です、あちこち不調が……!』


「実行する」


『ちょっと!』


 まだ呼びかけようとするセレンの声を無視して、カラスは通信を切った。


 逃げるにしても、倒してから逃げた方が確実だ。そう思い、カラスは口の端を舌で舐めた。そんな普通の人間のような仕草をした自分が、少しおかしかった。


 二機の無人機が真下から向かってくる。レーザーキャノンの照準がこちらに向けられている。対してカラスの機体は、センサーの不調からろくに狙いもつけられない。



 だから、奥の手を使う。



 二つのコンテナブースターを敵機の方に向ける。コクピットのコンソールを叩き、緊急時防御兵装の使用を選択。この機体で最も分厚い装甲板が上下にスライドし、内部より複数の板状のパーツがせり出した。


「全電力、防御磁場に……!」


 コンテナに内蔵されたスーパーキャパシタの回路を、スラスターから防御兵装に全て切り替える。二基の核融合炉から膨大な電力が送り込まれ、制御板の間で電光が瞬く。同時に高密度プラズマが機体前面を盾のように覆った。


 コクピットが暗闇に包まれる。メインの動力炉からの供給が途絶えたことが理由のひとつ。しかし、予備電源によってコクピット内のディスプレイ類が生き返っても、視界は真っ暗なままだった。



 機体前面に展開された高密度プラズマの壁が、可視光線を全て遮断しているのだ。



 かつて古代ローマ帝国の兵士がそうであったように、巨大な盾の裏に身を隠せばある程度の安全は確保できる。代わりに、視野は著しく狭まってしまう。


 しかも、バレット・フライヤーの防御磁場は機体の全電力を吸い上げて発動する。つまり一切身動きが取れない。機動兵器に搭載する兵装としてはとことん不向きである。兵器としての歴史が浅いからこそ、なかば実験的な意味合いも含めて積まれた、本来であれば無用の長物でしかない武装。



 だがこの武器が役に立たないのは、本来の・・・使い方をした場合だ。



 敵機接近のアラートがけたたましく騒ぎ立てている。順調にこちらに向かってきているということだ。上首尾だった。


それでも、額に汗が浮き上がった。


 機首は襲い掛かる敵機の方を向いている。ちょうど散布界のなかに収まっている。それだけでカラスにとっては十分だった。そもそもこの兵器には照準装置などついていない。ゆえに敵機の側でも攻撃として認識できない。ただ、撃墜する対象が異様な熱を帯びているように見えるだけだ。


 人間であれば直感的に回避することも考えただろう。


 だが、無人機に搭載されたAIでは、人間であるカラスが仕掛けた罠を察知できなかった。



「墜ちろよッ!!」



 コンソール上の緊急停止ボタンを押しこむ。


 それはすなわち、機体前面で磁場によって封印した高密度プラズマを、全て開放するということだ。




 宇宙空間に、蒼く輝く炎の波が出現した。




 BF-03Vより放射された超高エネルギーのプラズマが、真下より急上昇をかけていた2機のDF-05Bに襲い掛かる。


 いきなり目の前に現れた炎の波を前に、心を持たない無人機ですら一瞬立ち竦むかのように姿勢制御スラスターを噴かせた。無機質なスリット型センサーが逃げ場を探すかのように明滅する。


 だが、間に合わない。


 プラズマ波の温度は8000度に達する。ごくわずかな距離しか影響を及ぼさず、急激に拡散してしまうが、もろに浴びれば無事に済む兵器など無い。使い勝手の悪い兵器を運用するなかで偶然生み出された文字通りの必殺技である。


 兵士の間では、プラズマキャノンなどと呼ばれていた。


 無人機の表面が一瞬で溶解し、全ての機能が失われる。一瞬のちには推進剤や爆発物に引火して爆発四散した。


「敵機、全機破壊」


 カラスはかすかに笑みを浮かべつつ呟いた。


 防御磁場およびプラズマの投射には、機体の全ての電力をつぎ込む必要がある。


 推進器に送る電力を失ったBF-03Vは、徐々に地球の引力に手繰り寄せられつつあった。


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