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第12話

 敵船の破壊と同時に現れた艦載機は全部で4機。いずれもDF-05B、対艦攻撃仕様の無人機だ。直線の加速力はこちらを上回っている。一機たりとて加速させるわけにはいかない。


 しかし、爆撃機と思っていた敵機が船には目もくれず一挙に襲い掛かってきた時、さすがにカラスも面食らった。


 最後に残った『ヴァルチャー』だけが『天燕』を追いかけている。バレット・フライヤーという隠し球のせいでプランは大幅に狂ったが、それでもとどめは刺すという執念ゆえだろう。


「船は……!」


 カラスは迷った。攻撃機と格闘戦をすれば『ヴァルチャー』を追いかけられない。しかし背後に4機の敵をぶら下げたまま追撃するのは危険極まりない。


 元の任務は船の護衛である。ならば、自機を危険に晒してでも敵船を追いかけるべきだ。そう思考を切り替えようとした瞬間、『天燕』から通信が入った。


『こちら天燕、セレン・メルシエです! カラスさん聞こえますか!?』


「聞こえている。要件はなんだ」


 あまりにぶっきらぼうな言いぐさに、画面の向こうのセレンがのけぞった。だが、すぐに気持ちを切り替える。


『船長より敵艦載機の迎撃に専念せよとのことです! 撃破が困難な場合は敵機を誘導、その後タルシスⅣ方面に撤退してください!』


「船はどうなる」


『は、えっと、船ちょ……ええと、こっちでどうにかするからお前は自分のことだけ心配しろ! です!!』


「了解した」


 方針が決まって助かった。


 カラスは『エグゼキューター』を折り畳む。長物を構えたままでは機動戦に勝てない。


「撃墜する」


 数の上では圧倒的に不利。しかし相手は格闘戦を想定していない攻撃機タイプだ。勝算は零ではない。


 敵機が一斉にミサイルを発射する。もはや『天燕』を狙う必要が無いので、出し惜しみする意味がない。


 BF-03Vのセンサーは全ての敵弾を発射と同時に補足している。左腰部にマウントしたブルパップ式レーザーキャノンを保持、自動照準で高速連射。左作業肢が小刻みに揺れ、同時に光の針が砲口から放たれる。それに撃ち抜かれたミサイルが炸裂し、機体正面で無数の火球が爆ぜた。


 敵機は、その火球を隠れ蓑にするかのように、四方から散開して襲い掛かってくる。こちらを包囲するようなフォーメーションだが、ドローン兵器がよく使う手だ。そう出てきた場合の対応策は決まり切っている。


 コクピットにアラートが鳴り響いた。敵機からロックを向けられている。機体とひとつになった肌が、ひやりとしたものを感じた。機械特有の冷たい殺意。氷で作られた手で顔を鷲掴みにされているようだ。


 だが、決して恐れてはならない。


 恐怖が顔を覆うのであれば、真正面から突き抜けるだけだ。


 敵機レーザーキャノンの照準が定まる前に、カラスは機体をさらに加速させる。同時にデコイ、フレアを散布して、機体に向けられた目を一瞬そらす。ふわりと身体が軽くなった気がした。その数秒の間隙を最大限に活かして、BF-03Vは完成間際の敵包囲網を突破。


 交差と同時にレーザーキャノンを腕ごと真後ろに向け、最も近い位置にいた敵機に光線の雨を降らせる。旋回中の機体は満足な反撃もできないまま撃たれ続け、爆散。まずは一機。


 敵は再度包囲を試みている。


(単調だ)


 カラスは冷静に判断した。


 ひとつの戦法に固執するのは無人機の特質である。包囲するのは有効な手ではあるが、出方が分かっていれば簡単に対処可能だ。


 こうした柔軟な対応を即座に打ち出せる点において、生身の兵器・・・・・は機械より勝っている。


 カラスは兵器として、武器として、ブリキの兵隊に負けるつもりはなかった。


 旋回戦には付き合わず、地球方向に機首を向け他まま飛び続ける。ロックオンアラートが響く。追撃のレーザー弾幕が背後から飛んでくる。


 回避機動を取りつつ後方に対空ミサイルを発射。弾速は遅いが、追いかけられている態勢ならば敵の方からミサイルに飛びこむ形になる。それで倒し切れるほど甘い相手ではない。現に、全基レーザーで破壊される。


 だが、注意を逸らすことができた。


 爆発を目眩しに急減速、さらに機首を90度真横に倒す。真下からのGで脳に大量の血液が押し上げられる。頭の体積が二倍に増えたような錯覚を覚えた。義眼でなければレッドアウトしていただろう。だが強化された肉体といえど、内臓が凹むような加重にはさすがに激痛以上の痛みを覚える。


 そしてそれ以上に、未整備のまま出撃したBF-03Vにダメージが蓄積しつつあった。


 機体の動作異常を知らせるアラートが直接頭のなかに叩きこまれる。だが、カラスは一旦それを無視した。代償は重かったが、敵に対して優位なポジションをもぎ取ったのだ。


 減速したカラス機に対し、速度を合わせるのが遅れた一機が目の前を通り過ぎようとした。


 その獲物に向けて、BF-03Vは光の剣の鯉口を切る。


 すぅ、とカラスの唇から息が零れた


 レーザーキャノンを高出力モードに変更。ドリフトの勢いに振り回される機体を強引に抑えつけ、左腕部に装備した光線砲を突き出す。



 そして砲口から、閃光があたかも白刃のように抜き放たれた。



 その光に触れれば、装甲など何の意味もなさない。敵機は一瞬で両断され、しばらくは斬られた事実に気づかないかのように飛び続けてから爆散した。


 滅多に使うことのない超至近距離でのレーザー斬撃。砲身を痛めるため何度も使うことはできないが、一時的に戦艦や要塞の外壁すら焼き切るほどの熱量を投射できる。


 二機撃破。


(いける……!)


 身体の内側で血管が激しく脈打つのを感じた。生身のままの脳髄が大量にドーパミンを吐き出す。バレット・フライヤーの機動戦は、凍りかけた強化人間の精神すらも高揚させた。


 カラス機を追い抜いた二機は、前方で旋回し三度攻撃を仕掛けてくる。もはや『天燕』など眼中にないと言わんばかりだ。


 それならそれで、囮として与えられた任務を達成すれば良い。カラスはそう考えた。


 敵の射線から逃れようと機体を旋回させる。だが、カラスはひとつ失念していた。いま相対しているのは格闘戦特化機ではなく、対艦攻撃を主軸に置いた重武装機であることを。


 追撃しようとした敵機からロープ状の物体が投下された。BF-03Vのセンサーがそれを補足し、パイロットに危険を伝える。


「連鎖爆雷?!」


 ワイヤー上に等間隔で爆雷が配置された、本来は対戦艦用の攻撃武装である。先端には小型ながらスラスターがついており、ある程度自立飛行も可能となっていた。無論、その程度の推力ではバレット・フライヤーに追いつくことはできない。


 しかし、機体の動く先に置かれてしまうと話は変わってくる。


 残った二機は計4発の連鎖爆雷を投下。本来は『天燕』を沈める手段のひとつだったのだろうが、BF-03Vの足を止めるにはうってつけの装備だった。


 カラスは急速機動によって爆雷の檻の外に出ようと試みた。


 だが、機体の挙動が鈍い。想定していたほどの加速ができていない。


 この時になってようやく、カラスは自機の表示している異常を正確に把握した。両脚部にあたるフレキシブル・スラスターの反応が鈍い。関節部の異常発熱が原因だった。連続ドリフトに伴って頻繁に脚を振り回していたが、先ほどの斬撃に伴う機動で限界を迎えたらしい。


(熱……摩擦か……!?)


 バレット・フライヤーに限らず、宇宙機の関節部には常に冷却の問題がつきまとう。真空中では熱を逃すことができず、関節部や可動部に無視できない影響を及ぼす。戦闘機動による急激な運動が、機械的にもっとも脆弱な箇所にかかり、関節部の異常として表出したのだ。


 完全に整備されていたならば、潤滑剤等で対応できる問題だった。


 カラスは今更になって、ギデオンの忠告の意味を理解した。


「チッ……!」


 機体が分解するほどの負担ではないが、機動力は明確に低下していた。そして、その状況では敵の作った包囲網を突破できない。


あれ・・は……間に合わない!)


 爆雷はカラス機の至近距離で炸裂。宇宙空間に閃光が列をなして現れる。爆発によって四方にばら撒かれた破片が機体表面を幾度となく叩いた。衝撃がコクピットを襲う。


 不意にカラスの視界の右半分が消失した。ぶつりと明かりを切られたかのように、右側の視界だけが真っ暗になる。驚きから、反射的に右目の瞼を閉じた。その下にある生身の目を守ろうとするかのように。


 違う、潰れたのはセンサーの方だ。目を閉じて0.5秒後に気がついた。だが視界が潰れた衝撃から完全に立ち直るにはもうしばらく時間がいる。


 敵に襲われているこの状況下では、そんな余裕などあるはずもない。


 ロックオンアラートがコクピットに鳴り響く。撃ち返さなければ。それは兵器としてではなく、生き物としての生存本能に根差した判断だった。


 だが、敵がどこから狙っているのか分からない。視界の右半分も潰れたままだ。まだ予備のセンサーに切り替わっていない。目とセンサーの同期ができていないのだ。


 やられる、と思った。


 声が飛びこんでこなければ、そうなっていただろう。



『敵機1時、および10時方向より接近! 直上に回避を!!』



 セレンの声が聞こえた。

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