戦闘の様子は、先行する『天燕』でも観測していた。
ターンして敵船団に襲い掛かったBF-03Vによって、さらにもう一隻の船が破壊される。地球方向に吹き飛ばされた破片が大気圏に飛びこみ、断熱圧縮によって燃え尽きていく。地上からは無数の流れ星が落ちているように見えることだろう。
『すごい……あっという間に二隻も……』
状況を見守っていたセレンの声が震えている。襲撃者から救われたという安堵はあるが、それ以上にバレット・フライヤーという兵器がもつ破壊力に衝撃を受けていた。まだ、機体が機動戦を開始してから30秒と経っていない。
当然の反応だと、ギデオンは思う。
これまで何度となくあの凶鳥の戦いを見てきた自分でさえ、恐ろしいと感じているのだから。
ダリウスの船団は、今や黒い鳥たちによって取り囲まれている。カラスのBF-03Vは、暗雲のような翼の群れを蹴散らして飛ぶ。
遠距離で機体を補足できていたなら、ダリウスの迎撃も十分に効果を発揮しただろう。だが懐に潜り込まれたあとでは、船の防空システムが十全に機能しない。捕捉しても、砲塔が敵機の方を向く前に船が破壊されてしまう。ミサイルなど、初速が遅すぎて問題にすらならない。
バッテリーと混ぜて投下したことに気づかなかった時点で、ダリウスが大損害を被ることは確定したようなものだったのだ。
彼が引き揚げるようなら追撃はするなと、カラスには言いつけてある。これ以上無益な殺生をする必要は無い。
だが、ダリウスがその選択を採らないことも、ギデオンは重々承知していた。
まだ戦い続けるというのであれば、必然的に犠牲は増える。必勝の形成が今や完全に逆転して、『ヴァルチャー』の命運は風前の灯だ。カラスは再度敵船団の前を横切りドリフト機動。敵の態勢が整わないうちに徹底的に叩くつもりだ。この至近距離で『エグゼキューター』は防げない。何も手を打たなければカラスの思惑通りになるだろう。
(それでも来るとすれば……)
『カラス機、敵3番船を撃破……待ってください、これは……艦載機を発進させた模様!』
ギデオンは驚かなかった。これが本命だったのか、と得心していた。
レーダー上で敵のマーカーが拡散する。まるで死んだ蜘蛛の胎内から子蜘蛛が飛び出したかのようだった。反応は4。バレット・フライヤー以上に激しい機動でBF-03Vに襲い掛かる。
(ドローンか)
DF-05Bあたりだろうか、とギデオンはあたりをつける。ダリウスが高速で飛ぶ『天燕』を狙っていたのであれば、必然的に船足に追いつけるパワーを持った機体を選ぶことになる。大型の対艦攻撃モデルと見て間違いない。
発進した数は船のペイロードの限界値。つまり、搭載していた機を全て射出されたことになる。
彼の推測を裏付けるようにセレンが発進した機種を報告してきた。対艦仕様とはいえ、1対4では分が悪い。
「セレン、士官学校で航空管制の訓練は受けているな?」
『は、はい! 一通りは……』
「よし、急ですまんがカラスのサポートをしてやってくれ。パイロットってのは結構周りが見えてない。機体も万全じゃないんだ。モニタリングしてやってくれ」
『私がですか!?』
「お前しかいない。カラスには敵艦載機の相手に専念しろと伝えろ。手に負えないと思ったらタルシスⅣ方面に離脱しても良い。ともかく危険があったら知らせてやるんだ。できるな?」
仮想艦橋に映し出されたセレンの顔は呆然としていたが、何とか気持ちを切り替えて回線を開こうとしていた。それでいい、とギデオンは頷く。
実際、カラスの飛び方はかなり危うい。機体と身体の両方にとんでもない負荷をかけている。常人ならば最初の加速の時点で死んでいるだろう。
出会った時から、少年の肩には死神の鳥が留まっていた。自己を苛むようなこの飛び方が正体なのかもしれない。カラスだけが特別なのではなく、強化人間は皆同じような飛び方をしていた。そうして死んでいった者をギデオンは幾人も見ている。
彼らは口を揃えたように「任務のため」と言っていた。事実、あの無茶苦茶な機動によって大量の死を撒き散らした。
(嘘っぱちだ。何もかも)
ギデオンには、カラスも含めた強化人間たちの戦い方が、自己同一性の喪失からくるパニック発作としか思えない。身体を裂かれ目を抉られ、記憶も意思も抜き取られた彼らは、空っぽになった内面を戦闘で埋めようとしているかのようだ。
視界の彼方でスラスターの暴力的な光が瞬くたびに、それが絶叫となって耳朶を叩くような錯覚をギデオンは覚えた。
『ギド、カーマンラインだ!』
ペティの声で、逸れかけた意識を一気に目の前に戻した。死にそうになっているのはカラスだけではない。
「……ああ、分かっている! 総員、耐衝撃姿勢!」
地表より高度100キロメートルのラインに到達。ギデオンは操縦桿を引き、『天燕』に上を向かせる。船腹が圧縮された空気で炙られる。最高温度、1200度に達する。
地球の大気をブレーキに使い『天燕』は見る間に速度を落としていく。しかし迂闊に船首を下げれば、地球の重力に引かれて墜落する。激震と強烈な加圧を受けながらもギデオンは操縦桿を手放さない。船体が軋むのと同じくらいにギデオン自身の肉体も圧迫を受けているが、それらを克服するために訓練を積んできたのだ。
大気の縁を突っ切り、『天燕』は空気の壁の反対側に出た。大気濃度が薄まり一時的に船体が冷却される。
自分はまだ無茶ができる。しかし他の乗員はそうはいかない。セレンは耐えるのが精一杯なのか、シートにぐったりと身を預けている。
(長くはもたないか)
速度計を見る。まだ第一宇宙速度まで減速できていない。ここで手を緩めれば全てご破算になる。
「セレン、カラスの様子はどうだ」
『て、敵機体と交戦中です。双方、損害はありません』
「お前はそっちを追いかけておいてくれ。何か異常があればすぐに知らせろ」
『ですが、荷物とのランデブーが……』
「それは俺とペティで上手くやる。頼んだぞ、外部からの目が無くなれば、いくらバレット・フライヤーでも戦えない……エアロブレーキ、もう一度やるぞ。構えろ!」
警告以上に構っている余裕はギデオンにも無かった。再度、船体を空気の壁が触れるところまで降下させる。『天燕』の船腹が大気に擦れる。真下に太平洋。広大なブルーバックに灼熱の線を引きずり、船は徐々に速度を落としていく。船内温度が上昇し、コクピット内に警報が響き渡った。
ギデオンは全身から汗が噴き出すのを感じた。それでいて、頭のなかは奇妙に冴え渡っている。極度の緊張と身体への負荷で脳内麻薬が出ているのか。痛みを感じないのは良いが、冷静さを失いたくはなかった。
「ぐっ……!」
歯を食いしばり操縦桿を握り締める。少しでもバランスを崩せば船が横転しかねない。そうなれば、地表までドリルのように回転しながら落ちていくことになる。確実に全員死ぬ。まさに運命の手綱を握っているのは自分の手だ。訓練と実戦で徹底的に鍛えたが、それでもまだ頼りなく思えてならない。
だからこそ、全てを任されているという自負と責任感で、暴れだそうとする船を抑えつける。
まだ死ぬわけにはいかない。
「ダリウス……俺の戦争は、まだ……!」
レーダーに反応。船の進路上に、アラスカより打ちあがった光条が重なろうとしている。発信されているシグナルを照合し、間違いなく『天燕』の荷物であることを確認する。こちらよりわずかに遅いが、あとは逆噴射で調整できる範疇だ。
「ペティ、
『いつもより小物だけどなぁ!』
『あんたらマジメにやれッ!!』
マヌエラにどやされ、ペティが亀のように首を竦める。ギデオンは小さく「くくっ」と笑った。この二人からは死神の鳥が見えない。だから安心して仕事を任せられる。
『天燕』はカーマンラインより離脱。大気濃度が薄まる高度まで上昇し、ロケットの打ち上げ軌道と平行するラインに乗る。ロケットは何とかここまで打ちあがってくれたが、予想よりもやや速度が遅い。このままではもう一度地球の重力に捉まってしまう。
そうなる前に回収しなければならない。
「船からのコントロールで強制的に荷物をパージさせる。あとは任せたぞ」
『任されたぜ、ギド』
船腹のハッチを開放。格納庫が真空に曝される。同時に船腹クレーンが内部からせり出す。操縦席に座ったペティは両手を揉み合わせた。強化ガラスの向こうには地球の海洋が広がっている。コロニーにも高い場所はあるが、一度でも大気上層から地表を見下ろすと、たかが数キロ先の天井などちゃちなものに思えてしまう。ペティは両脚をぎゅっと内側に寄せた。金的が縮み上がるこの感覚は病みつきだ。
コクピットとのコンタクトの後、船の真下を走っていたロケットの先端が分離した。ロケットのエンジン部は地球へと降下し、飛び出したコンテナだけが推進器も無いまま宇宙空間を飛んでいる。
船が逆噴射を開始。クレーンポットにも激しい振動が伝わってくる。だが、ペティは口笛を吹きながら照準器をコンテナに合わせ、トリガーを引いた。電磁アンカーが発射され、大気圏内に転がり落ちようとしていた荷物を捉える。
あとはリールを巻き上げるだけだ。