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第10話

A.D.2159 12/16 21:50

地球低軌道



 ギデオンから伝えられた作戦は、いたってシンプルだった。


 地球に送り届けるバッテリーパックに混ざって機体を投下、敵船団の側面に回った時点で機体を起動させ突撃。


 すでに『ヴァルチャー』は攻撃態勢に入っている。自分たちが絶対優位に立ったという確信もあるだろう。何より『天燕』がバレット・フライヤーを搭載しているという情報など持っていない。油断とまではいかないにしても、伏兵の存在は勘定できない状況だ。その横っ腹を突く。


「絶対に無理はするな。そいつには十分なメンテもできていないんだ。勝てないと判断したらとっとと逃げろ」


 ギデオンからはそう言われている。


 だが、コクピットのなかにいるカラスにとっては、大して意味をなさない命令だった。



宇宙そらにいる……)



 船から投下され、機体表面が真空に触れると同時に、カラスは五体の神経が隅々まで冴え渡っていく感覚を覚えた。


 ようやく金縛りから解かれたような心地だった。


 バレット・フライヤーとともに宇宙に出るまでは、目は覚めているのに眠っているようだった。あるいは、四肢を欠いたまま生活しているようだった。何もかもが不自然に感じていたのだ。



 今は違う。



 彼には生身の腕の他に、一対の作業肢と、一対の巨大な翼があった。両脚には火を吐くスラスターが生えていた。背中からは自在に動く長大な尾羽が伸びていた。鉄で作られた皮膚は、宇宙の冷たさと太陽の熱、そして荒れ狂う電子を一粒々々捉えている。


 音は存在しないが、電波に乗せられた人間の声、あるいは電子機械の思惟は、聴覚情報として脳に届けられた。


 何より、機体の「顔」が捉えた星々の輝きは、人間の肉眼で見るよりもなお圧倒的だった。



 この機体に乗らなければ。強化された肉体でなければ垣間見ることのできない、世界の真の姿。



 両目を通じて、脳に情報の本流が流れ込んでくる。頭蓋を覆う血管がもっと血液を寄越せと叫んでいる。でなければ、頭が情報を処理しきれない。カラスは激しい頭痛を覚えた。ずぐん、と血管がうねるのを感じた。


 その全てが心地良かった。



「……行こう」



 敵船団左側面に占位。戦闘モード起動、全兵装の安全装置を解除。


 機体の胴体に収められた二基の小型核融合炉が隅々まで電力を行き渡らせる。BFー03Vは眠りから覚めた。スリット型のメインカメラに光が宿る。


 カラスはスロットルを一気に最大にまで叩き込む。敵船団はこちらと距離をとりつつ離れて行こうとしている。最大加速でなければ追いつけない。人体にとって危険極まりない操縦だが、機体は警告を出さなかった。自分のなかにいる有機部品はそう簡単には壊れないと知っているからだ。


 機体両肩、及び背部の大型スラスター計4発から光の奔流が溢れる。BFー03Vは雷霆と化した。フルパワーの加速で機体が暴れる。頭部、脚部の関節が軋んだ。テール・スタビライザーが竜の尾のように翻った。


 正面から巨大な壁にぶつかったような衝撃が襲ってくる。鼻骨は補強してあるので潰れないが、鼻腔の奥で血の臭いがした。指はコントロールレバーを握って離さない。一本々々が蛸の触手のように張りつき、あらぬ方向に飛ぼうとする機体を御する。


「ふっ……!」


 カラスは自分でも意識しないうちに唇を釣り上げ笑っていた。


 生身の肉体は、いくら強化しても人間の域を超えない。


 しかし、バレット・フライヤーと知覚をいつにした全能感は、人間本来の脆さや弱さを忘れさせてくれる。


 この圧倒的なパワーには、強化されていない肉体では決して耐えられない。


 たとえ全身をプレス機で潰されるような痛みに苛まれようと、怪物機を操る快感には遠く及ばない。



 力、速さ、痛み。



 それだけが、自分をこの宇宙に繋ぎ止めてくれる。



 左方向に地球が、あたかも青い壁のように迫って見えた。そのすぐ手前を飛ぶ『天燕』は、木の葉で作ったボートよりも頼りなく映る。


 だから自分が、追撃者を全て沈めなければならない。


 右腰部に接続されていたレールガン『エグゼキューター』を展開、砲身を伸長させる。作業肢がグリップを保持、弾倉より砲弾を装填。


 標的は機体から最も近い船。高速で飛行しているが、BF-03VのFCS火器管制システムは敵を完璧に捉え、その未来位置までもカラスの脳内に伝えてくる。義眼を通じて頭のなかに照準環が焼きつけられる。頭蓋の内側に痒みや疼きに似た感覚が生じる。敵を消せばそれも消える。


 ロックオン。


「沈め……!」


 カラスは躊躇いなくトリガーを引いた。


 武装用に割り当てられた核融合炉から膨大な電力が送り込まれ、長大な砲身より閃光が迸った。機体に衝撃。砲身の放熱機構が展開し、宇宙空間に白煙を噴き出した。


 弾頭の速度は敵船とほぼ同速度。それゆえ、弾は敵船の進む先を目指して飛翔した。


 標的となった船に回避の猶予など無い。対空防御を行うことも不可能だった。


 砲弾が左舷船腹に直撃。全長300メートルに達する輸送艦が、ヘビー級ボクサーのボディブローをもらったかのように「く」の字に折れ曲がる。『エグゼキューター』の砲弾は僅か1キログラムの鉄の塊に過ぎないが、そこに籠められた膨大な運動エネルギーは現行艦船の装甲では防げない。


 被弾箇所の周辺が灼熱、船体の構造材が溶解する。船員たちは衝撃のみを認識した。それ以上のことを知る前に、推進剤に引火。エンジンを中心に大爆発が生じ、船は船員もろとも四散した。


 巨大な船を構成していた物質は膨大なデブリに変わり、あるものは地球方向へ、あるものは宇宙の深淵へと消えていく。鉄の塊は血を浴びたように赤く燃えていたが、真空中を飛ぶうちに黒々としたものに変わっていった。


 カラスはすでに、敵船団正面を横切っていた。このまま交差したきりでは距離が離れる一方だ。


 両肩のコンテナブースターを回転させ、機体の推力ベクトルを変更。BF-03Vの機首を横方向へと旋回させる。あたかもドリフトするかのような姿勢のまま機体は旋回を続け、敵船団の進路方向と自機の機首とを強引に一致させた。


 真横から再び圧力。機体のみならず全身までもが軋んでいる。さすがにハードな旋回だったためか、機体が警告を発していた。人工臓器でなければいくつか内臓が破裂していたかもしれない。



 だが、その衝撃が、痛みが、カラスに生きて飛んでいる実感を与えた。



 再突撃。敵は正面の地球に向けて進路をとっている。その縦糸に対し、横糸を縫い込むような軌道で襲い掛かる。


『て、敵機再接近!』


 傍受した通信から、悲鳴のような報告が聞こえた。多分にノイズが走っているが、それでも隠し切れないほどの狼狽が滲んでいる。


 だが、聞こえた声はそれだけではなかった。


『ミサイルは間に合わん。レーザーで叩き落とせ』


 一隻破壊された直後とは思えない、冷静な声音だった。


 同時にアラートが鳴り響いた。


「迎撃……早い」


 針で刺したような痛みを覚えた。


 カラスは、機体の表面が捉えていた危険を自らの皮膚への刺激として受け取っていた。敵は一隻目の撃沈から即座に混乱を収集し、対空防御の火線を打ち上げている。対空レーザーが機体表面をかすめた。


(たしかに厄介な敵だ)


 伏兵による横撃を喰らったとは思えない反応速度。よほど肝の据わった相手ということか。ギデオンより警戒せよと言われていたが、正しい見立てだった。


 だからこそ一刻も早く沈める。敵は残り3隻。1隻でも逃せば、ろくな対艦兵装の無い『天燕』には脅威となる。


 レールガンの排熱率は60パーセント程度。だが次弾を装填し、照準を敵船に向ける。


 任務の達成こそ、道具が果たすべき使命だ。


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