目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第9話

 仮想艦橋で繋がっている全員が息をのんだ。


『なんだってそんな……』


 マヌエラが呆然と呟く。


 思えば、最初に通信を繋いできた時から不自然だったのだ。あの会話のおかげで、ギデオンの頭には敵が荷物を狙うはずだという先入観が根付いてしまった。敵の言うことを真に受けるなど迂闊千万である。


 まんまと乗せられたことに臍を噛みつつ「それは後で考えれば良い!」と怒鳴った。


「ペティ、今すぐバッテリーパックの投下だ、いけるな?」


『今やるのか!?』


「船足を軽くしたい。それと……」


 ギデオンが口ごもった理由を、ペティは即座に察した。現在、貨物室には投下用のバッテリーパックの他に、もうひとつ積荷を積んでいる。それを下すためには場所を開けなければならない。


『……任せてくれ、ギド。投下コースの入力は終了している。外に押し出しさえすれば大丈夫だ』


「助かる」


 ギデオンはコクピットに表示されたレーダー情報に視線を戻す。『ヴァルチャー』他3隻は5時方向より追撃。外装式の武装は確認できない。全てミサイルか、船の内側に隠しているか。最悪、火船戦術も考えられる。


(最初から捨て身だったということか)


「……セレン、『ヴァルチャー』と通信回線を繋げるか?」


『救難チャンネルなら可能です』


「それで良い、やってくれ」


 操縦桿に意識を割きつつギデオンは言う。一瞬、マヌエラに操舵を任せることも考えたが、すでに『天燕』はカーマン・ラインに向かって降下を開始している。水切り機動を過たずに行えるのは自分だけだ。


 どのみち、この方法で荷物を迎えに行くのが最短コースだ。長々と『ヴァルチャー』に付き合う必要は無い。たとえダリウスがどのような仕掛け方をしてこようと、今回の仕事だけは絶対に完遂させなければならないのだ。



 たとえ、どれほど不本意な手段を使うことになったとしても。



(……そうして俺は、いつまでも言い訳を繰り返すのか)


 セレンより『ヴァルチャー』と通信が繋がったと報告が入った。ギデオンは胸のうちに湧き起こった黒い靄を一時忘れることにした。


 ディスプレイを操作。回線を開く。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「通信だと?」


 指揮官席に座ったダリウスは、その報告にやや虚を突かれた。


 自分のモニターには、地球に向けて減速下降している『天燕』の姿がはっきりと映し出されている。襲い掛かるには絶好のポジション。バッテリーパックを落として船を軽くしたようだが、この形勢では焼け石に水だ。


 あるいはギデオンも詰みを悟ったか。


 ダリウスは口元をわずかに歪め「繋げ」と命じた。すでに全船攻撃態勢を整えている。仇敵の慌てふためく顔を拝んだら、すぐに『天燕』を火達磨にする。


 それが自分らしからぬ拘りだと、ふと頭をよぎりはしたが、そもそも地球低軌道で交戦しようという時点で理性的とは言えない。


 自分は戦争に勝ちたかったのだ。そして完勝する好機は目の前に転がっていた。


 宇宙の民は常に地球人によって虐げられてきた。資源産出やコロニー建造の仕事は常に命の危険と隣り合わせである。そうして生み出したものも、地球の資本家に安く買い叩かれた。関税の自主権も無かった。甘い汁は全て啜られ、宇宙の民は残りカスばかり食わされる。


 そんな現実を理解していたとしても、コロニーという空間で生きていくには、結局宇宙と関わる仕事をするしかない。コロニー住人の間でも、宇宙に出る仕事とそうでない仕事の間には明確な格差があった。


彼自身、もし軍人になっていなければ、父親がそうだったように金星方面での居住試験に送り出されていただろう。


 父親は二酸化炭素と窒素の嵐に巻き込まれて死んだ。


 父の死を嘆くより、自分がそういう死に方をするかもしれないと想像する方が怖かった。


 戦争に勝つことは、死に脅えるばかりの未来から解き放たれる、唯一の道だった。


(与えてくださったのだ。大佐が、我々宇宙で生きる民のために……それを!)


 画面にギデオンの顔が現れた。


「貴さ……っ」


『やっぱり繋いだな』


 先手を打たれ、ダリウスは思わずシートから身を乗り出した。ギデオンの表情はいたって冷静だった。とても奇襲を受けた船の船長とは思えない。現状がいかに不利で、危機的であるか、分からないほど暗愚ではないはずだ。


『あんたらしくないな。月面奇襲の時のあんたは、もっとクールだった。勝ちを確信して煽りを入れるような真似はしなかっただろうな……』


 どこか憐れむような声音でギデオンは言う。ダリウスの頭には疑問符がいくつも浮かんでいたが、即座にそれを忘れることにした。これは事の始めに自分がやったことと全く同じだ。本命から意識をそらすためのフェイント。いかにも安直な手だが、存外人はそういう罠にこそ簡単に引っかかる。


 通信を繋ぐべきではなかった。一体、何秒無駄に使った?


「ブランチャード、貴様!!」


 罵声を浴びせようとした瞬間、『ヴァルチャー』の右舷を航行していた僚船が火を噴いた。一拍遅れて警報。オペレーターの焦燥した声。右舷の船は内部で爆発を連鎖させ、瞬く間に四散した。コクピットの遮光機能が働き、一瞬、視界が暗くなる。


 その直前、『ヴァルチャー』の前方を、眩い航跡とともに銀色の怪鳥が横切ったのが、確かに見えた。



「バレット、フライヤー……!」



 部下たちが指示を求めて叫んでいる。だが、ダリウスはモニターを睨んだまま、顎の関節が外れそうなほど大きく口を開いた。両の眼球を剥き、物凄い形相で銀色の鳥を見つめる。そして喉の奥から、内臓を全て吐き出しそうなほどの勢いで大嘲笑。


 唾液が、ギデオンの顔を映すモニターに飛び散った。




「いいぞブランチャード! やはりお前はそういう男だ!!


 まだお前は、腹を裂かれ目玉をくり抜かれた子供を飛ばしているんだな!!」




 画面の向こうで、ギデオンは眉を顰めて言った。


『あんたのおかげでな』


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?