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第4話

A.D.2159 12/16 19:13

封鎖突破船『天燕』 格納庫



『天燕』とは、88星座のうちのひとつであるふうちょう・・・・・座に由来する。


 しかし実際の船の形は、鳥というよりむしろ魚類に近い。それも外洋をスピーディに泳ぎ回る回遊魚ではなく、深海でじっと息をひそめている古代魚のようにずんぐりとしている。宇宙船に求められる様々な機能や燃料、生活物資、なにより微細デブリを弾く装甲板が無ければ、安全な航海など望めないからだ。


 建前の上では、クェーカーが個人所有している民間船舶ということになっている。しかし部分的に、軍の高速輸送艦と比較しても遜色のない改造が施されていた。


『天燕』に限らず、タルシスで一般的に用いられている宇宙船は、そのほとんどがモジュール形式を採用している。船を構成するブロックが規格化されており、用途に応じてスムーズに仕様を変えることが可能となっている。昨日までは輸送船だった船が、一日のドック入りを経てミサイル艦に生まれ変わっていることも珍しくない。


 モジュール形式が採られているということは、高性能なブロックを仕入れることができれば、容易に船の性能を向上させられるということだ。現に『天燕』は種別こそ輸送船ではあるものの、メインエンジンは巡洋艦のものを搭載しており、ミサイル防御用のフレアやチャフ、ダミー等のランチャー、さらにはレーザー機銃も隠し持っている。万が一接舷された場合に備えて軽火器の類も積み込んでいた。


 しかし今回はさすがに、艦載機運用のための専用モジュールを準備する時間は無かった。いくら素早く仕様変更できるとはいえ、輸送船に空母の役割を持たせるのは容易ではない。


 そういうわけで、クェーカーに押し付けられた艦載機は、そのまま『天燕』の腹部に当たる格納庫に詰め込まれていた。


 ギデオンは、巨大な翼を窮屈そうに折り畳んで鎮座する白銀色の鳥を見上げていた。鉄と油の臭いが充満する格納庫にあってそれは、異端の宗教の神像のような不気味な威圧感を放っている。



 BF-03V。兵士たちの間では、その機体色からもっぱら『グリント』の愛称で呼ばれていた。



「まさか、また関わる羽目になるとはな……」


 ミーティングが終わってすぐに、カラスは格納庫へと飛んで行ってしまった。あの人間味のない応答を見てしまうと流石に放っておけず、様子を見に来てしまった。


 だが、格納庫に行けばこれ・・と対面することになると分かっていたにも関わらず、ギデオンは嫌悪の念を抱かずにはいられなかった。


 宇宙の民を導く自由の翼。この兵器が投入された時期、軍によって積極的に広められたコピーライティングだ。


 一部では、当兵器を指して「人型機動兵器」などと称されているらしい。悪い冗談だとギデオンは思う。


 確かにバレット・フライヤーには着陸脚や作業肢が装備されている。胴体の上には格納式のマルチプル・センサーユニットが載せられており、そのカメラが顔に見えないこともない。


 しかし、これが人型であるとするならば、あまりにグロテスクな姿だ。腐った審美眼だと思う。


 腕にあたる作業肢は華奢で、普段は主翼であり盾であるコンテナブースターのなかに格納されている。着陸脚も、重力下ではまず自重を支えきれないほどに貧弱で、こちらも胴体下部のフレキシブル・スラスターに内蔵される形となっている。


 コクピットや二基の核融合炉を積んだ胴体は前後に長く、機体後部からは姿勢制御や放熱を司る両大なテール・スタビライザーが生えていた。



 怪鳥に取り込まれた人間。



 この兵器の姿は、その内部に取り込んだ少年兵たちを嘲笑っているかのようだ。


 一度強化された人間が元に戻るのは、それこそ生き返ることに等しい難事だとギデオンは知っている。


 そして、兵器のまま生き続けるなど不可能ということも。


 だがパイロット自身は、その事実にまるで無頓着だった。


 ギデオンがコクピットを覗き込んだ時、カラスはちょうど、左の眼球を取り出してケーブルに繋いでいるところだった。


 人間の目は脆い。バレット・フライヤーは特に、人間の身体に耐えられないほどの負荷をかける兵器だ。生身の人間では性能をフルに引き出すことはできない。


 だから、この兵器の搭乗者に選ばれた強化人間は皆、必ずステージ3以上の強化手術を受けさせられる。そのなかには、眼球の摘出及び戦闘用義眼の適合も含まれている。義眼を通じて、強化人間は機体と視野を一体化させ、膨大な情報を脳内に直接伝達させる。


「カラス」


 少年はシートに座ったまま微かに顔を上げた。右目がギデオンの顔を捉えた。


「居室で休んでおけと言っただろう。仕事はまだ先だ」


「機体の調整をするのはパイロットの任務だ」


「メシが始まるまでに散々やってただろ」


「義眼の調整が残っている」


「同期なんてすぐに終わる。今やることじゃない」


「……」


そこ・・が落ち着くのか?」


 カラスは宙に浮いた左目からケーブルを抜いて、眼窩に嵌め込んだ。


 次いで、右目を取り外す。


「船長」


「何だ?」


「先ほどの自分の質問に答えていない。自分はいつ出撃すれば良い?」


「人の質問には答えない癖に、自分の質問には答えろってか?」


「先に聞いたのは自分の方だ。まだ答えを聞いていない」


「強情だなぁ、お前」


「自分は道具だ。この船を守ることが役割なら、それを果たす。だから質問している。自分はいつ出げ……」


「緊急事態に陥った時、とだけ言っておこう」


「それはいつだ」


「さあな? まあ、最初っからお前の出撃を織り込んではいない」


「船長は自分に、仕事は身体で覚えろと言った」


「ああ、言ったな」


「それなら船長には、自分に役割を与える義務がある」


 思わずギデオンは笑ってしまった。コクピットハッチを叩いた弾みで、身体が宙に浮きかけた。慌てて機体の縁を掴む。


 カラスはきょとんとした顔で男を見ていた。ギデオンは目じりに浮いた涙を拭って、指先をズボンに擦り付けた。


「なあ、カラス。お前さんは自分を道具と言い張っているが、なかなかどうして、素の性格が滲み出ているぜ?」


「素」


「ああ。きっとお前は元々、生意気で人に突っ掛かっていく癖がある、面倒臭いガキだったんだよ。


 道具ってのは、持ち主にああしろこうしろなんて指図しない。


 生意気な糞ガキめ。今は俺の言うことを聞いて、大人しく休んどけ」


 ギデオンは宙に浮いたカラスの右目を、ピンポン玉でも飛ばすようにピンと弾いた。


「やめろ船長。壊れる」


「くっくっ……!」


 こいつ自身は気づいていないのだろうか。今の台詞を吐いた時、まるでランチをつまみ食いされたような顔をしたことに。


 クェーカーの思惑通りに進むのは癪だったが、確かに自分は、この少年を人間に戻してみたい。


 ギデオンはそう思った。


「まあ、うちのベッドの寝心地が悪いなら、そこで仮眠したって良いさ。ともかく気が済んだら休め。目を閉じろ。


 お前が自分をどう定義しようと勝手だが、優秀な奴も使える道具も、どっちも仕事の前に自分を擦り減らしはしないさ」


「……」


「っと、それとな、こいつも食っとけ」


 懐から保存容器を取り出して、コクピットのなかに放り込む。無重力のなかをくるくると回転しながら進むそれを、カラスは一応受け取った。


「お前、せっかく俺が作ってやったのに食わなかっただろ」


「栄養補給はレーションで足りている」


「いいや、足りないんだなこれが。不味いメシじゃ生き甲斐にならない。この差は土壇場に立って初めて分かるんだ」


 つべこべ言わずに食え、と船長命令を押しつけて、ギデオンは機体を離れた。少年の姿が消える寸前、コントロール・レバーのうえに黒い鳥が留まっているのが見えた。


(……まだ、見えるか)


 瞬きすると、鳥の姿は消えてなくなった。


 だが、気配は消えていない。カラスにはまだ、死神の鳥が憑いている。しかしこれを論理的に説明することなどできないし、今の彼に納得させることは不可能だろう。


(生かして還してやる。それだけだ)


 ギデオンとしても、これ以上カラスに関わっている余裕は無い。


 作戦の最終調整をしたら、自分も30分は目を閉じるつもりだった。目を開けたら、次に閉じるのは仕事終わりか死ぬ時のいずれかだ。


 まだ死ねない以上、仕事を完遂しなければならない。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 宙を漂っていた右目が、こつんと少年の額に当たった。カラスはようやく我に返った。


 手元には、ギデオンから押し付けられた保存容器が収まっている。


「生き甲斐……」


 口にすると、ひどく空虚な言葉に思えた。


 それは言葉そのものが空虚だからではない。自分自身が虚ろになってしまったから、何も響かなくなってしまったのだ。カラスはそれを悲しいとは思わなかった。望んで兵器となった自分に、生き甲斐も何もあったものではない。


 もっとも、何故兵器となることを望んだのか、本当にそうなりたいと思っていたのか、カラスに確認する術はなかった。確かめようとも思わない。そんな確認作業は無意味であると、強化処置の一環として頭に刷り込まれている。


 ひとつ確かなことは、もうこの機体の他に、自分を規定してくれる物は何も無いという事実。


 だから、カラスは戦いたかった。この機体と共に飛べれば、空っぽになった自分を満たせるはずだと信じていた。


 それを悲しいこととは思わない。


 悲しいと思わないはずなのだが、容器を握る手が微かに震えた。


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