A.D.2159 12/16 18:46
全員のテーブルが片付いたのを見届けてから、ギデオンは個人端末を開くよう命じた。30人分のディスプレイが一斉に展開する。
「出航時に軽く説明したが、今回の仕事は地球低軌道への侵入、ならびに物資の回収を行う。
対象物の重量は50トン、旧型のファルコン11ロケットで発射され、軌道到達と同時に荷物はパージされる。
速度は秒速8キロ、ランデブー予定時刻は21:55。
元より命懸けの仕事だが、さすがに低軌道に長居はできん。回収は迅速に行ってくれ」
甲板長のペティ・バスケットが口笛を吹き、カジキマグロの刺青が入った太い腕をパチンと叩いた。ギデオンが一瞬目線を向けると、日焼けした髭だらけの顔一杯に笑顔を浮かべてウインクする。ギデオンはベッと舌を出すと、すぐに顔を引き締めた。
「万一の備えは用意してあるが、基本的には一発勝負だ。回収のための減速は最低限とし、即座に離脱する。急加速に備えて総員必ず身体を固定するように。何か質問は?」
真っ先にマヌエラが手を挙げた。
「『熾天使』はどうするんだい? 前と比べて、衛星のAIもアップデートされてるはずさ。無策で突っ込んだら死ぬよ」
ギデオンは小さく頷いた。彼女は策があることを分かったうえで聞いてくれている。そういう役割分担なのだ。
「端末を見てくれ」
全員の表示している画面に、太陽の画像が現れた。
「二日前の
「ギドよお、その1基はどうやって騙くらかすんだよ」
マヌエラにかわって、ペティが質問する。
「今度の太陽風は、他の封鎖突破船にとってもチャンスだ。現にレーダーでは、各コロニーから出発した連中の反応を補足している。向かう先は皆同じだ」
「……囮にするってことか」
「俺たちが囮をさせられるかもしれない。分かっているとは思うが、他の船の連中と仲良しごっこをする余裕は無い。『ヴァルチャー』のような輩もいるんだ。優しくすると付け上がられる」
吐き捨てるようにギデオンは言った。『ヴァルチャー』とは同業者の船の名前だ。前回の大仕事でも散々煮え湯を飲まされた相手だった。
仕事を台無しにされて頭に来たのは、何もギデオンだけではない。ペティを含め、船員は全員リベンジに燃えていた。
「もちろんだ、ギド。今度も邪魔をしてくるようだったら、奴らの顔面にアンカーをぶち込んでやる」
ギデオンは静かに頷いた。
全て説明しなくとも、『天燕』の乗組員はこれまで何度も封鎖突破をこなしてきている。ペティとマヌエラの質問は、まだ経験の浅い若衆を安心させるためのセレモニーのようなものだ。実際、一番経験の浅いセレンも、少しだけ肩の力を抜いたようだった。
「他に無ければ……」
「自分はいつ出撃すれば良い?」
全員が一斉に声の主の方を向いた。
それまで置物のように気配を消していたカラスが、ぴたりとギデオンに視線を固定して挙手していた。
「……そういえば紹介がまだだったな。新入りのカラスだ。艦載機のパイロットをやってもらう。皆、よろしく頼む」
「ギド、あんたが言ってどうすんのさ」
マヌエラが呆れたように言う。他にも同じように思った者がいたのか、誰かが「挨拶も無しかよ」と呟いた。
当のカラスは何事も無かったかのように手を下ろしている。
ギデオンは、人知れず鼻息を吐いた。