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第45話 するするさらりと美味しいものを (メニュー:冷やし茶漬け)

「……最近暑いと思わない?」


 はじまりはミルシア女王陛下の、この一言だった。

 確かにもう夏だからな、なんてことを言おうとしたけれど、よく考えたら『季節』という概念はあの世界にあるんだろうか。あまり考えたことは無かったが、そう言うということは、季節という概念自体はあるのだろう。


「でも、それはしかたないことだと思いますけどね? だからほら、みんな涼みにきたり冷たいものを食べたりするんだと思いますよ」

「ほっほっほ、その通りじゃよ。姫君さん」


 ヒリュウさんは暑いから、というよりかは完全に習慣付けられてしまっているからだろうけれど。


「うーん、そんなものかしらね。まあとにかく! 最近私の国も暑くなってきて参っちゃってるのよねー。意外と湿気っててさ、あの国って。あなたは知っているかもしれないけれど。だから、やる気が出なくなることがあるのよ。でも、それを何とか乗り切らないといけないのがリーダーとしての務めで……」

「……何が言いたいんです?」

「もう! 話を切らないでもらえるかしら! ……簡単に言えば、私の食生活ってたとえ気候が暑くなってこようが変わらないってこと。要するに金にものを言わせた贅沢品だらけってことね」


 ここで食っているものも金にものを言わせているような気がしないでもないが。


「要は、暑い時でもしっかり食べられるものが食べたいんだろう?」


 そう言って厨房から姿を出したのはメリューさんだった。

 ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』の総料理人でありメイドである彼女はどんな料理だって作ることが出来る。だからたまにこんな感じに無茶振りをされるわけだが……。


「ええ、その通りよ。……作ってくれるわね? メリュー」

「もちろん」


 ミルシア女王陛下の言葉に頷いて、笑みを湛えるメリューさん。


「料理人はお客さんを喜ばせることを生き甲斐としていますから」


 そう言ってメリューさんは踵を返すと、厨房へと消えていった。



 ◇◇◇



「……どうすんですか、メリューさん」


 僕は少し遅れて厨房に向かい、メリューさんに言った。

 メリューさんは僕の発言を予想していたのか、不気味な笑みを浮かべながら、


「あら、何のことかしら?」

「何のことかしら、じゃないですよ。ミルシア女王陛下の『無茶振り』の話です」

「ああ、それのことか」


 さも俺が言った言葉が『当たり前』のような話をしていたような体で、メリューさんはゆっくりと頷いた。


「それなら簡単だよ。夏に食べたい、するすると、さらさらと食べられるものだ。それならベストなものがある。必要な物を、必要な時に、必要なだけ用意できるぞ」


 なんかどこかの企業で聞いたことがあるような、そんな話を聞きながら俺はとにかく納得せざるを得なかった。メリューさんが何を考えているかはさっぱり分からなかったけれど、いずれにせよ、メリューさんが何か考えている時は大抵成功する。そういうものだ。


「まあ、メリューさんが何とか出来るならそれでいいんですけれどね。それで? メニューはいったい何を作るつもりなんですか?」

「それなら簡単だ。ってか、お前も知っているはずだぞ、ケイタ。何せお前が昔教えてくれた『ニホン料理』のひとつだ。あれが一番良いと思うのだよね」

「ニホン料理で……するするさらさら? そんなもの……正直たくさん思い浮かびますけれど」


 メリューさんの異国料理(正確には『異世界料理』とでも言えばいいのだろうが)はかなりバリエーションが多いのだけれど、異世界人は結構俺の世界の料理も舌が馴染んでくれるらしく、よく俺の世界の料理をメリューさんに教えることがある。俺もこのボルケイノに居る人間として、多少は料理をすることが出来る。とはいえ、それはメリューさんと比べれば月と鼈……とどのつまり比べるまでも無いものだ。メリューさんの実力が百としたら僕の実力が一、それくらいの実力差がある。

 話を戻すことにしよう。メリューさんは結局、万能ではあるのだけれど、全知全能ではない。とどのつまり、さすがにメリューさんが知らない国の料理は勝手に作ることなど出来やしない、ということ。

 だからニホン料理はメリューさんも知らない、ってわけ。作ることも出来ないから、そこに関しては俺のほうにウェイトがあるかな。ま、だからといってそれが良い方向に導かれるのか、と言われると微妙だけれど。


「で、どうなんだ。思い浮かんだのか、思い浮かばないのか」


 メリューさんの言葉を聞いて我に返る。思い浮かぶのか――って、答えは一つしか思い浮かばない。きっと、メリューさんはあれのことを言わせたいのだろう。


「お茶漬け……ですか」

「そうそうっ。それだっ。一度食べさせてもらって、作り方を懇願したの。覚えているだろう?」


 ある夏の日の出来事を、まさか未だに覚えているなんて。まあ、大量の料理のレシピを覚えているメリューさんだ。エピソードの一つや二つ覚えていて当然なのかもしれない。


「でも別にお茶漬けじゃなくて、もっと何かあるんじゃ……」

「相手はミルシアだ。珍しいものじゃないと納得しない。お茶漬けなんてここでしか食えないだろうよ」

「そりゃあまあ……」


 お茶漬けなんてお客に出したら「帰ってくれ」の合図というローカルルールもある――なんてことをメリューさんに言ったらどんな反応をするのだろうか。

 ま、それはローカルルールだし、別に関係無いか。

 取敢えずメニューが決まったのなら、俺はもう用済み。メリューさんが料理を完成させるのを、待つばかりだ。


「お待たせしました」


 ミルシア女王陛下の前にそれを置くと、彼女は中身をじっと見つめたまま硬直してしまっていた。まあ、そうなるのも無理はないし、こんなものが来るとは想定外だっただろう。勿論、彼女はそんな『想定外』を望んでここにやってきているのだけれど。

 少しの間硬直していたが、咳払いを一つして、俺を見つめる。


「これはいったい何かしら?」

「こちら、お茶漬けという食べ物です。俺の住んでいるところではポピュラーな……一般庶民の食べるものです。さらさらとかっ込んで下さい」

「……かっ込む?」

「ガツガツと、口の中に入れると言うことです。それが、お茶漬けの正しい食べ方ですから」


 普通、お茶漬けをメインに据えることは無いのだが、それはこの店ならでは、かもしれない。大体お茶漬けってなんかのメインが終わった後の〆の一杯というイメージが強いし。あとは胃腸が弱っている時に食べるとかかな。それは粥の方がいいかもしれないが。

 俺の言葉を聞いて不審がっていたが、でもやっぱりそれが一番だろうという考えに至ったのだろう。箸を持って容器を持つと、そのまま縁に口づけてさらさらとかっ込んでいった。


「……成程ね」


 ごくり、と飲み込んだ後言った一言がそれだった。

 おおよそお茶漬けの味を理解してくれたのだろう。


「ふうん。こういう味もたまには良いものね。スープにお米を入れるなんて、あまり見たことが無いわけだし。というか、王宮でこんな料理は絶対に出てこないものね。出てくるはずがない、とでも言えば良いかしら。いずれにせよ、流石メリュー。いつも私のハードルを軽々と越えてくれる。腹立たしいけれど、それがまた良い」


 ……ほんと、相変わらずミルシア女王陛下は負けず嫌いな性格だと思う。けれど、その『負けず嫌い』に対抗出来るのがここだけなのだろう。普段の場所、とどのつまり王宮、では彼女は政治を執り行う人間として真面目に活動しなければならない以上、巫山戯ることなど出来るわけがない。だから、ここに来て理不尽な要望をする。それはある種の我儘に近い。


「……ふう。美味しかったわ。今回も流石、といったところかしら」


 ミルシア女王陛下は空にした容器をカウンターに置いて、その隣に金貨を数枚置いた。


「ま、ここに来れるのも……もしかしたら最後かもしれないのだけれど」

「え?」

「何でも無いわ。それじゃ、またね。……ケイタ」


 最後の言葉は、うまく聞き取れなかった。

 けれどそれを二度と聞くことも出来ず、ミルシア女王陛下はそそくさとボルケイノを出て行くのだった。

 その言葉と、その意味を知ることになるのは、少しだけ後の話になる。


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