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第42話 魔女学校からの刺客 (メニュー:モンブラン)

 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。

 その入り口は様々な世界の様々な場所に繋がっており、それを介して様々な世界のキャラクターが登場する、とても不思議な喫茶店だ。

 そして俺はそのドラゴンメイド喫茶で雇われマスターをしている。別に大変かといわれるとそうでもなくて、ただ暇をしている日が最近多いわけだけれど。


「ねえ、ケイタ。今日は誰も来ないね。ヒリュウさんも朝イチに来てもう帰っちゃったし……」


 カウンターには俺のほかにリーサが居た。リーサはいつもほかのお客さんの注文を聞いたり(注文といってもメニューは一種類しかないから大半はクレーム処理になるが)、メニューを運んだりといろいろ行う。ウェイトレス的ななにかだ。

 リーサは掃除をしていた。誰も来ないから、何もやることがない。そうリーサは言っていた。だったら今日くらい休みを取ればよかったのに、と思ったがリーサ曰く「普段掃除出来ていないところも出来るからちょうどいい」とのこと。

 なんというか、女心は解らない。

 カランコロン、と鈴の音が鳴ったのはちょうどその時だった。

 ドアが開き、入ってきたのは三角帽を被った黒いローブの女性だった。


「……いらっしゃいませ」


 俺はいつもの営業スマイルで声をかける。

 カウンターに腰かけた女性は、リーサを見るや否や声をかけた。


「もしやあなた……リーサではありませんか?」


 それを聞いたリーサは目を丸くして、黒いローブの女性に訊ねる。


「まさか……、アルフィア先生?」


 先生? その言葉を聞いて、俺は首を傾げる。

 そしてアルフィアと呼ばれた女性は三角帽を外した。

 クリーム色の長い髪だった。白磁のような肌で、目鼻立ちしているその顔は、モデルか何かと言われても造作ないだろう。

 そのアルフィアはリーサに目線を合わせ、


「長らく探していましたが、まさかここに居たとは。……探しましたよ、世界最高の魔女、ミカサ・エルフェイザの最後の弟子。あなたがミカサ・エルフェイザの弟子になると言って魔女学校を飛び出て、もうどれくらい経過していたでしょうか。ほんとうに弟子になったときは驚きましたが」


 それを聞いてリーサは頷きつつ、


「別にそれがどうしたというのですか。もう、あの魔女学校と私は縁を切ったはず。だから、別にあなたがやってくる必要は……。まさか、私を魔女学校に連れ戻そうと思っているとか?」


 それを聞いてアルフィアはこくりと頷いた。


「……ええ、その通りですよ。あなたをここから出して、学校へ帰還させる。そのために私はここにやってきたのです」

「いやです! 何でそんなことを。それはつまり、魔女学校からの人材流出を阻止するために、あなたたちが適当に考えただけのことでしょう!」

「……そうね。それは言えます。ですが、一度でいいのです。もどってはいただけないでしょうか」

「戻ったら、二度と私は外の世界に出ることは出来ない。……そうよね?」

「……、」


 その言葉に、アルフィアは何も言わなかった。

 それを傍で見ていたメリューさんは、俺に声をかける。それもとても小さい声で。ひそひそ声と言ってもいいくらいのトーンだった。


「……どうしました?」

「いいからとにかくリーサを呼んで来い。あと、お前はどうにか時間をかせげ。ちょっと今から色々とやらないといけないことがあるから」

「はあ。わかりました。変なことだけはしないでくださいよ」

「私が変なことをするとでも思っていたのか、お前は」


 ええ、十分に考えられますよ。

 とまあ、そんなことが言えるわけもなく、俺はリーサを呼ぶことにした。そしてメリューさんと合流し、そのままキッチンへと消えていった。


「お待ちなさい! まだ話は終わっていませんよ」

「……あなたは、ここに何をしに来たのですか」


 さて、ここからは俺の時間稼ぎタイム。

 どうにかしてリーサが戻ってくるまで、機嫌を損ねないようにしないといけない。さあ、どこまで抗えるだろうか。


「何をしに来た、って……。マスター、聞いていて解らなかったのか。私は彼女を魔女学校に連れ戻しに来た」

「客としてやって来たわけではない、と?」


 それを聞いて、何も言えなかったアルフィア。

 俺はさらに、話を続ける。はっきり言って、こういう人間は客商売をしている上でみると迷惑だ。


「客としてやってきていないなら、さっさと出て行ってもらいたいのだけれど。はっきり言って、こちらも暇ではないので」

「……その割には、すいているようだが?」


 うぐう、ここでそれを言ってくるか。というか、それを躊躇いなく言えるということは性格が捻じ曲がっているな。また近いうちに対立しそうだ。

 はてさて。

 これからどうやって対処すればいいものか。問題と言えば、いや、正確に言えば問題だらけだからどうにかしてここから出て行ってもらいたいものだけれど、この性格からして一筋縄ではいかないだろう。


「……それにしても、こんな寂れた店にどれ程の価値があると見込んだのだろうか、あの魔女見習いも」

「魔女でしょう、彼女は。まぎれもない魔女ですよ」


 俺はそこで思わず反論していた。あくまでも、トーンは普段のトーンと変わらないものだったけれど、いつ怒気を見せてもおかしくないくらい、俺の感情は爆発寸前だった。

 俺の感情――その沸点が低いわけではない。問題は、今まで共にしてきた仲間のことを無下にされているから、かもしれない。

 俺はとにかく感情に任せるつもりはなかった。

 ではどうすればよかったのか?

 答えは単純明快。


「……魔女だから、どうだっていうんですか」

「はあ?」

「確かに彼女は魔女ですよ。でも、だから何だと? 寂れた店だから何だって言うんですか。全部価値があります。あなたには到底解らないものであったとしても、価値は価値です」


 それを聞いた女性は一笑に付し、


「何ですか? 怒っているんですか。……まったく、低俗な存在ですね。店も低俗なら従業員も低俗ですか」

「なにを……」


 もう我慢できなかった。

 ずっと言わせておけば、と思っていたがもう我慢など出来るはずがない。

 いや、そもそもの話――客商売では一つ暗黙の了解がある。

 暗黙の了解というよりも、それは誰しもが知っているようなルールになるのかもしれないけれど。

 お客様は神様である。

 それは、決して客側が言っていい発言ではない。お客様は神様という言葉は、そもそもとある歌手が発言した言葉だと言われている。客席に立つお客様を神様だと考えて、雑念を取り払うことで、最高のパフォーマンスを実施することが出来る。だから、お客様は神様である――そう言われている。

 しかしながら昨今はその発言の意味が捻じ曲げられていて、どちらかといえば、客商売全体に広まってしまっている。そもそも客商売全体に広まってしまうこと自体発言の真意とは大きく違ってしまうし、その発言こそがクレーマーを生み出してしまうのだろう。


「ちょっと待った、さっきから聞いていればあなたは酷い発言ばかりしているようね」


 そう言って姿を見せたのは、やはりメリューさんだった。そしてその隣にはリーサが立っている。

 いつまで話を傍聴していたのだろうか――もしかして俺が何かするのを待っていたのか。だとすればもっと早く出てきてくれればこの横暴な魔女の話を聞くことは無かったのだけれど。


「やってきましたか。いったい何をしていたのですか、時間稼ぎをしたところで私はあなたを連れ戻す準備はとうに出来ているのですよ!」

「まあ、そうは言わずに。先ずはこれを食べてみてはくれないか」


 そう言って、メリューさんは手に持っていた皿を魔女の前に置いた。

 それはモンブランだった。

 栗をふんだんに使ったケーキで、確か現地の言葉で『白い山』という意味だったかな。スポンジケーキの土台の上に生クリームをホイップしたものを包み込むように螺旋状に栗のクリームを巻いていく。それがモンブランのスタンダードなつくり方だったはずだ。


「何だ、このケーキは」

「御存じないようですね。こちらは、栗を用いたケーキでございます」

「栗、だと?」


 それを聞いて、初めて魔女は表情を変えた。

 目を見張るような表情に変化を遂げた、と言えばいいだろうか。いずれにせよ、ずっと同じ表情で固定されていたから、表情を変えることが出来ないんじゃないか、と思っていたから、これにはちょっと驚きだった。


「ええ、そうです。ご存知ではありませんか? 栗を使ったケーキ……モンブランはかなり有名なものなのですよ。……こんなに美味しいものを知らないとは、魔女も知識は偏っているんですね?」

「……あなた、私は客よ?」

「さっき、客としてやってきていないというこちらの言葉にうんともすんとも言わなかったのはどなたでしたか?」


 売り言葉に買い言葉。

 しかしここはメリューさんが一歩リードといった感じだろうか。


「……で。私に何をするつもりですか」

「だから、言っているじゃ無いですか。この目の前にあるケーキ……これを食べてください、と。ああ、もちろんお金は要りませんよ。これは、こちらからの好意ですから。好意にお金をいただけません」


「……そこまで言うなら、食べてあげてもいいでしょう。ほんとうは亜人の作るものなど口に入れたくはありませんが」


 言い訳を繰り返した挙句、やっと魔女はモンブランを口に入れた。なんというか、一つの行動にいちいち言い訳をしていかないと行動出来ないのだろうか? 正直、非常に面倒な行動原理だと思うけれど。

 さて、魔女はモンブランを口に入れてからどうしたかというと、硬直していた。ちょうどそのタイミングで氷漬けにでもさせたような、そんな感じだった。

 魔女はずっと一口分消えていたモンブランを見つめていた。余程モンブランが気になっていたのかもしれないが、いずれにせよ何らかの反応を示していることには間違いない。食べる前と後で、反応が大違いだ。

 そして、ゆっくりと魔女は顔を上げて、顔を震わせながら、呟いた。


「お、美味しい……」


 魔女が甘味に屈服した瞬間だった。


「な、何よ。このスイーツは! まったくもって理解ができない。今まで、食べたことの無い味だわ!」

「特殊なものは何一つ使っていませんよ」


 メリューさんは魔女の思考を読み取ったのか、そんなことを口にした。

 魔女はそれを聞いて目を見開く。


「それなら、これは……」

「強いて言うなら、愛情」


 答えたのはメリューさんでは無く、その隣に立っていたリーサだった。

 ということは、このモンブランを作ったのはメリューさんでは無く。


「まさか、リーサ。これを、あなたが?」


 こくり。リーサはしっかりと頷いた。

 それを聞いた魔女は、それでもリーサが言った言葉を理解出来なかったのか、もう一口モンブランを口にした。

 しかし、何口食べようとも味が、評価が、変わることは無い。


「美味しい、美味しい……。これほどまでの料理を、あなたが作ることが出来るだなんて」

「未だ修行中の身ではありますが、それでも食べた人に評価してもらえる物を作ることが出来るようにはなりました」


 神妙な面持ちで告げるリーサ。

 それにしても初めて知ったな。まさかリーサがこれほどまでに美味しそうなモンブランを作れるなんて。


「……あなた、ここでずっと暮らしていくつもり?」

「少なくとも、ここではあの学校で学べなかったことを学べていますし、充実しています。だから、今の私はとても幸せですよ」


 それを聞いた魔女は小さく笑みを浮かべる。


「……そう言われてしまったら、何も出来ないわね。分かったわ。ご馳走様でした、美味しいスイーツだったわ」


 立ち上がると、魔女は数枚の銀貨をカウンターの上に置いた。

 そしてリーサを見つめながら、魔女は言った。


「流石にこのスイーツを食べて、無料で帰ろうとは思わないわ。でも、私はまだ諦めていないし、あなたをいつでも受け入れる準備は出来ている。それは忘れないでね」


 そして、魔女はボルケイノを出ていった。

 どこかすっきりとしない、そんな感じを俺たちに残していきながら。


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