「ケイタ、ちょっと手伝ってくれないか?」
俺がメリューさんからそう言われたのは、ある昼下がりのことだった。
今日も今日とてドラゴンメイド喫茶、ボルケイノには客が居なかった。ヒリュウさんは午前中にやってきて昼前に「羊たちを歩かせないといけないからのう」と言って去ってしまったので、正真正銘客が居ない状態になる。
毎回思うけれど、これでよく経営が成り立っているものだな、と思う。たまにミルシア女王陛下がやってきてたらふくお金を置いていく(それは料理の代金として。しかしながら、その代金はあまりにも大量なのだが)とはいえ、経営が成り立っているとは到底思えない。
亜人会議で手に入れた褒賞ももう使い切ったとメリューさんは言っていたし、だとすれば、いったいどこからお金を工面しているのだろうか?
「……おーい、ケイタ。いいからさっさと来てくれ。ちょっと重たいんだよ、これ」
重たい?
俺はメリューさんがいったい何をしているのか気になったので、そちらへ向かうことにした。
そこにあったのは巨大な蒸籠だった。
「……せい、ろ?」
「そっちの世界ではそういうのか。こっちでは、『シューロン』と言ってね。この中に水蒸気を入れることで中身が温まるという寸法。昔の店主が使っていたのか、倉庫に眠っていたものだから少し使ってみようと思ってね」
「蒸籠じゃないですか。こっちの世界の『蒸籠』も同じようにやりますよ」
「ふうん。まあ、いいじゃないか。色んな世界に色んな調理器材があるという考えで。……さてと、そういうわけでこれをキッチンへもっていくのが君のミッションだ」
「何ですか、ミッションって。最初から運んでもらおうという魂胆だったんですか。……ってか、ここまで運んだのならキッチンまであと少しな気もしますけれど」
「まあまあ! そんなことは言わずに」
メリューさんの口車に載せられて、そのまま俺は蒸籠を運ぶこととなった。
何というか、客が居ないからこその雑務であった。
◇◇◇
キッチンに運んだが、メリューさんは特にそのあと指示をすることは無かった。指示を仰いでいなかったから、俺はそのままカウンターへ戻ることにした。とはいえ、やることは無いからスマートフォンで事前にダウンロードしておいたファイルを見るくらいだけれど。電子書籍はこういうとき嵩張らないから便利だよな。
そんな感じで時間を潰していると、キッチンのほうからいい香りがしてきた。甘い香りだった。甘い、と言っても砂糖のような甘い香りではなく、どこか自然に香る甘さと言えばいいだろうか。正確に言えば何かを『蒸した』ような……。
「ケイタ、ちょっとこっち来てくれないか!」
メリューさんの声が聞こえたのは、ちょうどそんな時だった。
いったい何を作っているのだろうか。面倒くささ半分と期待半分で、俺はスマートフォンをポケットに仕舞い、キッチンへと向かった。
キッチンに入ると、その甘い香りはさらに濃くなっていった。
「……何を作っているんですか?」
メリューさんはキッチンの奥に居た。甘い香りを漂わせているものは、やはり蒸籠だった。
「肉まん、だよ。饅頭の中に味付けした挽肉を入れて、このシェーロンで蒸しあげた。肉まんは食べるか? 嫌いではないだろう? まあ、お客さんに出す前に試しに作ってみたのだが」
「肉まんですか」
肉まんはコンビニで買うくらいしか食べたことが無いけれど、いざそう言われると、そういえばもう肉まんが美味しい季節になったのか、という感じだった。
そんなことを考えている間に、蒸籠から肉まんを取り出して、それを皿に置いた。
「はい。熱いから、気を付けて食べなよ」
そう注意を受けて、俺はゆっくりと肉まんを手に取った。
確かに肉まんは熱かった。あれ、そういえばどうやってコンビニの肉まんはあまり熱くしていないのだったか――と考えていたが、「そういえば包み紙があったじゃないか」という結論に落ち着いた。
息で冷まして、思い切りかぶりつく。
口の中に肉汁と挽肉やタケノコ、シイタケなどが広がっていく。
味付けはやはりマキヤソースをベースにしているらしい。やっぱり和風にするにはマキヤソースが一番だよな。マキヤソースは俺の世界でいうところの醤油に近いものだし。そういえばいつだか醤油をプレゼントしたら、「これはマキヤソースじゃないか!」って驚いていたようなことがあったな。
「そうだ。そういえば、これと一緒に食べるといい」
メリューさんはそう言って何かを取り出した。
容器に入っているそれは、菜っ葉だった。菜っ葉の枝には実もついている。
「これ……、このまま食べるんですか?」
「ああ。でも、そのまま単品では食べないかな。普通は肉料理と一緒に食べるものだ。ミルシアが、この前『肉まんと合わせると美味しいのよ!』って言っていたから、合わせてみる価値はあるかな、と」
あの女王様、ほんとうに庶民の思想だよな。まあ、貴族には貴族の考えがあるのかもしれないし、貴族の料理は飽きてしまっているのかもしれないけれど。
そもそも国の主がそういう庶民的価値観を持っていることは、国民からすれば大変有難いことなのかもしれないが。あるいは、パフォーマンスと受け取る人も居るかもしれない。それは、まあ、人それぞれ。
はてさて。
本題に戻ることにしよう。
メリューさんが差し出してきた菜っ葉。それと肉まんを一緒に食べる。正直サイズがそれなりに大きい(肉まんに載せるとはみ出るくらい)ので、どうやって食べようかと四苦八苦していたが、
「適当に手で千切ればいいだろうが。そんな、横着しなくても料理は逃げていかない」
メリューさんからダメ出しを食らったので、仕方なく皿に肉まんを置いて、その通りに手で千切ることにした。
一口大に菜っ葉を千切ってそれを肉まんの上に載せる。そして、菜っ葉が落ちないように慎重にそれごと口に運んだ。
口の中に広がるのはさっきの味付け――だけではなかった。ピリリと辛さが効いていた。
「これってもしかして、からし菜……?」
「その通り。からし菜という名前はあなたの世界で使っている名前だったかしら。こちらでは、『アクタナ』と呼ばれているよ」
アクタナ、か。
聞いたことは無いけれど、きっとからし菜と同じ類なのだろう。
それにしても想像以上に辛さが効いている。そういえば、肉まんにからしをつける食べ方もあると聞いたことがあるし、ミルシア女王陛下が言っていた食べ方とはそのことを言っているのかもしれない。もっとも、辛子(いわゆる粉辛子や和辛子)とはまた別の食べ方になるのかもしれないが。
「どうだ? アクタナは美味しいか。これは因みにここの庭で採れた奴だ。家庭菜園、というやつだな」
「家庭菜園……そういえば昔そんなことを言っていましたよね。今って誰が管理しているんですか? ほら、ボルケイノの普段の一日じゃ、家庭菜園を管理する時間なんて見つからないですよね」
「そりゃあもう……」
「私たち!」
「二人でーす!」
メリューさんの後ろからひょっこり出てきたのはシュテンとウラだった。
「二人があの家庭菜園を管理しているのか」
俺はシュテンとウラを見て、ゆっくりと頷いた。
シュテンとウラの手にも、俺が持っているのより一回り小さい肉まんがあった。どうやら俺よりも早く――ほんとうの一番手として試食しているようだった。
まあ、別にそれについてはどうだっていいのだけれど。
「最近シュテンとウラを営業中に見かけないな……と思っていたけれど、まさかそんなことをしていたなんて」
「えへへ」
俺の言葉を聞いて、恥ずかしいのか笑みを浮かべながら頭を掻くシュテンとウラ。
再びアクタナを千切って肉まんと一緒に頬張る。これがあると無いとでは話が違う。普通にそのまま食べれば辛味が出てしまうのだろうけれど、肉まんの脂がそれを中和してくれる。そして辛味は脂を中和するから――ちょうどうまい具合に、爽やかな感じになるのだ。
そうして気が付けばあっという間に肉まんが手の中から無くなってしまっていた。
「メリューさん、とても美味かったです」
「……もっと食べたいのでしょう?」
メリューさんの言葉に、俺は顔を上げる。
メリューさんは悪戯っぽく笑みを浮かべ、ウインクする。メリューさんの前にある蒸籠は今も蒸気をあげていて、甘い香りを漂わせていた。どうやらいつの間にか肉まんを蒸かしているらしい。
「まだ作っていた分はあるからね。幾らでも食べていいよ。ただ、ちょっとだけ時間はかかるけれどね」
「それならぜひ、お代わりをください」
――そのあと俺が合計三つ肉まんを頬張ることになるのだが、それはまた別の話。