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第38話 竜の姫

 昔話をしましょうか。

 話者はバトンタッチといきましょう。なに、たまにはあなたが聞き手に回ることも悪いことでは無いかと思いますよ。それに、あなたも疲れていることでしょうから、少し休憩がてら話を聞いてもらいましょうか。

 何の話をするのか、とすぐにあなたは思ったことでしょう。そう思うのも仕方ありません。あなたは私のことを殆ど知らないから、私が何を話すのか解らないのですから。正確に言えば、何を話すか見当もつかない、とでも言えばいいでしょうか?

 そんなに畏る必要もありませんよ。きっと私が今から話す内容は、あなたが確実に知りたいと思っていた内容だと思いますから。

 ……勿体ぶらずにさっさと話し始めたほうがいいですね。いいでしょう。それでは話し始めましょうか。



 ――龍の姫と呼ばれた女性の物語を。



 ◇◇◇



 龍の姫、とは言いますが実際にそこまで位の高い存在だったかと言われるとそうでもありません。私が住んでいた『龍の山』はそういう龍が多く暮らしている場所でもありました。だから人間にそのように名前が付けられ、人々は龍を恐れ、龍を崇めたのです。

 しかしながら、ある日そのバランスが脆く崩れ去る日がやってきました。

 一匹の龍がその人々の信仰に溺れ、酒と女を所望するようになったのです。

 あなたの世界でも、昔話には酒が好きな龍が出てくると聞いたことがありますが、まさにその通り。どの世界でもそんなモチーフはあるのですね。

 ……冗談は程々にしておきましょうか。

 一匹の龍が所望した酒と女は最初は少ないものでした。その龍いわく、人間の、特に女性の肢体は柔らかく食べやすいなどと妄言を発していました。我々はそのようなことをするためにこの世界に居たわけではなかったのに。

 龍はどの世界でも『悪魔』というイメージが強い。だから人と相容れることなど有り得ないのですよ。

私たちはそれを知っていた。理解していたからこそ、この世界の考えはとても良いものだと思っていました。

 人と龍の距離が、もっともちょうどよかった世界。それがあの世界だと言えるでしょう。

 そして、あの龍の要望も徐々にエスカレートして行きました。

 そのうち人間が龍を殺してしまおうと思うようになりました。

 しかしながら、人間の中にも寛容な方は居ました。龍は神に近い存在だから、その龍を殺してしまうとは何事だ、と。何故人間は人ならざるモノを神に仕立て上げるのでしょうね?

 言葉だけの戦争は、道具を使うようになるまでそう時間はかかりませんでした。

 それからは簡単な話。力こそ簡単に物事を決めることのできるバロメーターですからね。

 その後には何も残りませんでした。けっこう巨大な町だったのですが、何一つ消えてしまいました。

 それだけ聞けばほんとうに切ない話なのですが、それが真実なのですから隠しようがありません。

 しかし、それをどうにかして元に戻そう。また人間たちの故郷にしよう、そう思う勢力も出てきました。

 それが私の父の勢力であり、その先陣を切ったのが私でした。

 私がやったことはとんでもなくシンプルなことでした。父の言葉の通りにやることをやった、と言うと父のいいなりにやったというイメージが強くなりますが、簡単に言えばそういうことです。広告塔。それが私の役割だったのですよ。

 私は何とかして人の故郷を復活させようとした。しかしながら父は私の意見など聞くことなく、父が思い描くプランに沿って行動を進めていった。別に問題無いではないか、なんてことを言われるかもしれない。けれど、私にとってはその出来事は致命的だった。

 『致命的』の意味が理解できない、だと?

 まあ、そう思うのも致し方あるまい。実際問題、そういう考えを持っていたのは私だけだったから、冷静に考えてみればそんな穿った考えだった私こそ致命的だったのではないかと考える時もたまにだってある。

 解釈を良くするならば、先ずはその否定的な考えをどうにかしたほうが費用対効果が高いかもしれない。

 なにせ、予算的にはまったくかからないのだからな。

 問題はある。無いということは無いはずだ。

 それは、龍によってどこまで復活を推し進めていいのか、ということだ。

 復活を一方的に推し進めたところで、人間が定着して我々と共存出来なかったら何の意味を持たない。それこそ龍たちの間で文字通り戦争が勃発することだろう。それははっきり言って、最悪の結末だ。

 その結末に陥らせないために我々が推し進めている『復活計画』はどうしても実現させねばならなかった。

 しかして、人間の規模のものを龍がそのまま直すことが出来るかと言われると難しいところだ。回答に悩む、と言ったほうがいいかもしれない。

 何故ならば、龍と人間のスケールの違いが大きいポイントになる。人間は大きくてもせいぜい一マムドラ。だが我々は十マムドラ……ちょうどスケールが十倍違うのですよ。人間で言うところの『メートル』とやらに合わせれば、一マムドラは二メートルと言ったくらいでしょうか? 私は人間のことをあまり勉強したくないですが、このように話をする時は人間のスケールで話したほうが理解してもらえますからね。

 ですから、先ずは我々が人間の大きさに姿を変える……『擬態』する必要がありました。それによって、少なくともスケールは一致します。人間がどのように考えているかどうかまでは解りませんが……、それでも計画を進める上では大事な一歩です。擬態出来るのはすべての龍が出来るのですが、より人間に近い姿になるには雌龍である必要があります。雄龍でも擬態出来ますが、若干龍の名残が残ってしまうのですよ。

 ……私も龍の名残が残っている、ですって? 確かにその通りです。しかしながらこれは私がまだ幼いからだ、と言えるでしょう。

 何が言いたいのかと言えば、簡単なことです。確かに擬態はどの龍でも出来ます。しかしながら、人間への完全擬態が可能なのは、大人になった雌龍のみ。それ以外は完全擬態を行うことができません。

 ……だからといって、この完全擬態が役立つかといわれると微妙ですが。

 しかしながら、今回のことでその擬態が役立ちました。龍の山を管理するのは雄龍で、町の開発を進めるのは完全擬態が出来る雌龍と私が担うこととなりました。私は時折父の命令を聞き入れながら、日々町の復旧を進めていきました。

 具体的に何をするか、という話ですが簡単に言えば人の呼び込みですね。街を整え、最初は私たちが人に擬態して住んでいました。そして、人が増えるようになるとうまい具合に龍から人へ挿げ替えていったのです。そうすることで街が復活すると……あのときは、そう思っていました。

 人も増えて大分街として発展してきたある日、私の顔全体を子供達に見られてしまったのです。ドラゴンの匂いはなんとか消せましたが、擬態だけは完璧に出来なかった。そこを見つけられてしまったのです。

私は殴られ、蹴られ、何とかして逃げました。その間、決して抵抗はしませんでした。

 もともとこの街に人を戻すためにやっていたことですから、それを私の抵抗で崩してしまってはならない、と。これは受け入れなければならない試練なのだと、言い聞かせました。

 必死の思いで彼らから逃げて、擬態も解けてしまって、私はある店の庭に倒れこみました。

 誰かが私を見つけて、私はもう終わったと思いました。もうここで私の龍生はおしまいだ。そう思いました。




 次に目を覚ました私は、ベッドに横たわっていました。傷つけられた部分は綺麗に包帯がされていました。

 何があったのだろう、と私は思いました。

 そして直ぐにその意味を理解しました。


「目を、覚ましたかい」


 声を聞いて私はそちらを向きました。そこに居たのは、どうやら喫茶店のマスターのような方でした。

 格好はケイタ、あなたと同じ格好でしたよ。

 そのマスターに助けてもらい、私はいつか恩返しする旨を伝えて私は山へ戻りました。

 父は怒ることせず、ただ静かに私のことを宥めました。そしていつか恩返ししなさいと、そう言いました。

 さて、それではここで問題です。

 マスターは龍を助けて、そのあとどうなったでしょうか?

 答えは単純明快。

 そのマスターは人間を裏切ったとして、殺されたのですよ。店は潰されなかったですが、そこにあった資材はありとあらゆるものが持っていかれました。

 見ていた父は、やはり人間はダメな存在なのだろうかと考えました。

 結局、それを機に町からあっという間に人は消えたのですから。

 父も父の一派も人間を嫌いになりましたが、しかしながら、そのマスターだけは助けてあげようと思いました。

 しかし龍は神ではありません。死んでしまった命を生き返らせることは出来ないのです。

 その亡くなったマスターはその店を運営することで、世界に笑顔を満たしたかったそうです。

 では、そのマスターの願いをせめて聞いてあげましょう。父はそう考えたのです。

 ですが、それを行うためには料理人が居ません。人間の料理は、私たちには作れませんから。

 そのような時に、龍の卵を手に入れようとする料理人が私たちの前に姿を見せました。それが、メリューです。

 あとはもうあなたも知っているでしょう。メリューをドラゴンメイドにさせ、『ひと目見た人間の食べたいものを解る』能力を与え、ボルケイノの経営をさせた。そして私はそのサポートに回った……ということですよ。



 ◇◇◇



「……これで、昔話はおしまい」


 ティアさんは分厚い本を閉じて、そう話を締めくくった。

 ティアさんは立ち上がると、厨房へ向かっていった。


「それじゃ、ティアさんは……メリューさんと一緒にその目的を達成する、と?」


 俺の言葉を聞いて、ティアさんは立ち止まり踵を返した。


「そうですね。……それは、メリューよりも私たち龍に課せられた枷のようなものかもしれません。助けてもらったという恩を、返していかねばなりませんから」


 そして、ティアさんはそのまま厨房へ姿を消した。

 それは、ただそれだけのお話。

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