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第37話 冬の風物詩 (メニュー:もつ鍋)

「寒い!」


 その日は、そんな怒り心頭のメリューさんの言葉から始まった。

 確かに隙間風が入ってくるというか、どこか肌寒い感じがする。何でこんなことになっているのか全くもって解らなかった。そもそもの話、ここは確か他の世界とは全く違う異世界のはずだから、温度や気候なんて関係ないはずではなかったのか。


「それなんだけどね……そのシステムが故障しちゃったらしいのよ。ガタがきたのかもしれないわね……。それに、あのシステムは魔術で作られているから私たちのような魔術に明るくない存在がやったところで直るはずが無いのよ。ってか、寧ろ悪化する」

「……だったら、誰か直せる人を呼ばないと……」

「それは今、リーサが何とかしているから。……まあ、それでも半日くらいかかるらしいけれど」


 それじゃあ、あと半日はこの寒さがつづくのか。……うーん、正直それは拙い気がするな。生憎まだお客さんが来ていないから良いけれど、お客さんが来たら大変なことになってしまうだろう。寒すぎて、飯なんて食えるか! なんて言われたらそれまでだ。

 そんなことを考えていたわけだが、それについて提言したのはメリューさんだった。


「……あら、もうお昼になるのかしら」


 時計を見ると確かに十二時五分前。結局午前中には誰もお客さんが来なかった、ということになる。

 まあ、いつものことではあるけれど。

 そんなことを思っていると、メリューさんが何か土鍋を持ってきた。


「それじゃ、今日は暖かい昼ご飯としましょうか」

「鍋……ですか?」

「ええ。いい具材が手に入ったから、使ってみようかと思って。ヒリュウさんも、なかなか珍しいものを持ってきてくれたものね」


 ヒリュウさんが持ってきた、ということは羊関連ということか。羊肉とか? となると、鍋の中身は羊を使った鍋……ということになるのだろうか。うーん、羊肉自体独特な臭みがあって好き嫌いがあるというけれど、食べることが出来るだろうか。

 そんなことを考えていた俺だったが、メリューさんがテーブルにクロスを引いて、それを置いたとき、こんなことを言った。


「ああ、そうだった。ケイタにサクラ、お前たち……内臓は食べられるか?」


 ……まさかのもつ鍋だった。

 もつ鍋。

 ふつうは牛や豚の内臓をニラやキャベツなどの野菜と一緒に煮込んだ鍋である。味付けは大抵醤油ベースの味が多かったはずだ。それに、唐辛子などを入れて臭みを消すパターンもある。さっきも言ったけれど、かなりもつ自体独特な香りがあるわけだし。

 嫌いな人も居るけれど、好きな人はとことん大好き。それがもつの魅力かもしれない。

 ……それにしても、内臓まで食べるのはきっとあの世界でも俺たち日本人くらいなのだろうけれど。


「……別に食べられますけれど?」

「よし。ならば問題はない。ちょうど、物品をどう処理しようか悩んでいたところだ。君たちが問題ないのであれば、そのまま進めてしまって構わないかな?」

「それってつまり……モツ鍋にしよう、ということですか?」

「それに何か問題でも?」


 いや、別に問題なんて無いのだけれど。強いて言えば、若干メリューさんが強引なやり方をしているかな、と思うくらいだ。

 ……まあ、メリューさんのやり方はたまに強引だと思う時はあるけれど、それについて言ってしまうととても面倒な話になるので何も言わないことにしよう。それが一番いい。


「まあ、あなたたちがダメなら普通のメニューも……、そう、例えばジンギスカン、だっけ? という可能性も充分に考えられた訳なのだけれど、しかしながら内臓って物持ちが悪いものでね。だからさっさと処理しちゃおう、っていう訳よ」

「そういうもんですか」

「そういうもんよ」


 謎の問答を終えて、俺は鍋を見やる。

 さて。

 気付けばテーブルの上には鍋が置かれていた。

 鍋は土鍋で、どうやらメリューさんが直前まで火にかけていたもののようだった。


「いつでも食べることが出来るぞ。……まあ、保温は出来ないからある程度時間が経過したらまた火をかけ直さないとな。一応言っておくが、リーサの分も残しておけよ?」


 何をおっしゃることか。

 俺たちがそんながっつく人間だと思っているのだろうか。だとすればそいつはとんでもない間違いだと思う。さっさと修正してほしい。

 はてさて。

 そんなことはさておき、メリューさんが鍋の蓋を開けて、それを何処かへ持って行った。

 そして、俺たちは鍋の中身を見てみることにしてみた。鍋の中身は白と緑が殆どを占めていた。

 色をそれぞれ分析してみると、白はモツだと思う。緑は野菜か。もしかして……キャベツ? 或いは、何か別の野菜を使っているのだろうか。それはそれで興味があるけれど。


「……どうした? もしかして食べにくい感じか? だったら作り直すが……」


 メリューさんが不安そうな表情で俺たちにそう言った。メリューさんを不安にさせるのは正直宜しくない。それはメリューさんがこのお店のマスターだからか、って? それもあるかもしれないな。しかしながら、もう一つ言えるポイントがあるとするならば、料理人の自信に対することかもしれない。

 勤めたばかりのときは知らなかったが、メリューさんは案外打たれ弱いのだという。今では結構強気にいっているメリューさんだけれど、それでも、俺は毎日カウンターで異世界の酒らしき液体を一人で飲んでいたのを知っている。こっそりティアさんに聞いたところ、どうやらメリューさんはプライドが傷つくといつもああらしい。ティアさんは「肉が不味くなるからやめて欲しい」と言っていた。嘘か本当かどうかは解らないけれど。


「……どうしたの、ケイタ。冷めちゃうよ?」


 サクラの話を聞いて、我に返った。

 気付けば目の前には一人前の鍋が取り分けられていた。いつの間に……! そんなことを考えながらサクラを見ると、他の人には見えないようにウインクをしてきやがった。お前、先に俺に食えと?


「いただきます」


 もう俺は観念するしかなかった。否、観念するというか、折角出されたものを『異世界のものだから』という自分勝手な理由で断ることが出来なかった。

 だから俺は箸を手に取ると、もつを掴んだ。そのもつは豚や牛、はたまた鳥でもないようにも見えた。今までに見たことがない、とでも言えばいいだろうか。とにかく、見たことがないものだった。

 もつを見ながら、暫し沈黙。ちらりとメリューさんの方を見るとニコニコしながらこちらを見つめていた。取り敢えず愛想笑いをしておく。

 こうなったら、覚悟を決めるしかない。そう思って俺はそれを口の中に入れた。



 ◇◇◇



 後日談。

 というよりもただのエピローグ。

 結論からいって、メリューさんの作ったモツ鍋は最高に美味かった。メリューさんに聞いたところ、これは羊のモツだったらしい。羊のモツはくどいらしいが、メリューさんの調理では大分和らいだらしい。向かうところ敵無し、とはこのことを言うのかもしれない。

 味付けはマキヤソースをベースにしていた。とてもあっさりな味付けだったので、さっぱり食べられることが出来たので、とても有り難かった。

 シメはライスを入れて雑炊にした。……それもそれでなかなか美味しかったな。今度レシピを教えて欲しいものだけれど、材料の殆どが異世界の食材だから果たしてあの世界にあるもので代用できるかどうかが微妙なところだ。マキヤソースは醤油で代用できるとは思うのだけれど。




 そして、最後の最後におまけをもう一つ。

 鍋を食べ終えて、やっぱりいつもの片付けは俺だった。とはいうものの、皆忙しいから仕方ないのだよな。まあ、それがどこまで通用するかは解った話ではないけれど。

 さて、そんな状況でメリューさんが牛乳を飲みながら俺のそばにやってきた。


「……そうだ。ケイタ、一言忘れていたが牛乳は飲んでおけよ」

「何でですか? もう身長が伸びる年齢でも無いですけれど」

「馬鹿、そうじゃない」


 メリューさんは牛乳を飲み干して、コップをキッチンに置いて笑いながら答えた。


「……あの鍋はニンニクを多く使っているから、臭い消しのために牛乳を飲んでおけ、という話だよ」


 そうしてメリューさんは厨房へと消えていった。

 だったらそんな回りくどいことせずにストレートで言ってくれればいいのに、と思ったが俺は口に出さないでおいた。ただ、これが終わったら牛乳を飲もうということを頭の片隅に置いただけだった。

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