目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第36話 ボルケイノの地下室

 始まりは、サクラのこの一言だった。


「地下室で幽霊を見た?」


 俺はそう訊ねると、一回でいいのに、サクラは何度も首を縦に振った。

 ……はて、ここに地下室ってあったかな?

 そんなことを言うと今度こそサクラが怒りそうなので、先ずは彼女の話をきちんと聞くことにした。何度も同じ轍は踏まないぞ、それくらい理解しているからな!

 サクラの話をまとめると、メリューさんから物置にある鍋を取り出してきてほしいとのことだった。どうやらいつも使っている鍋が使いすぎて割れてしまったらしい。……鍋が割れる、ってあることなのか? まあ、消耗品には変わりないとは思うけれど……。

 話の腰を折ってしまったので、さっさと話を元に戻そう。

 サクラは話の通り地下室へと向かうことにした。しかしながら、地下室がどこにあるのかが解らなかった。いったいどこに向かえば地下室は見つかるのか? 彼女は急いで探した。メリューさんは時間に厳しいからそういう選択をするのは正解と言っていいだろう。

 そしてサクラは地下室に入り――。


「そこで、幽霊を見た……って?」

「そう。あれは絶対幽霊よっ!」

「そう言われてもここは異世界だぞ。それに、別の世界とは区切られている、まったく独自の世界を築いている場所だ。そんな場所に幽霊が居るなんて思えないけれどなあ……」

「私の発言を嘘だって言うわけ!?」

「別にそんなことは一度も言っていないだろう!! ……ああ、もう解ったよ。見てくればいいのだろう。見てくれば」

「さすが、解っているじゃない。……あ、あとついでに鍋もよろしくね。怖かったから、解らなかったのよ」

「……お前、俺に面倒なことを押し付けたかったがためにそれをいったのか?」

「何のことかしら。私、さっぱり解らないのだけれど」


 ……してやられた。

 そんなことを思いながら、俺は心の中で軽く舌打ちをするのだった。



 ◇◇◇



 今日は生憎――正確に言えばいつもそうなのかもしれないが――客が入ってこなかった。

 だからカウンターを任されている俺も、自由に休憩時間をとることが出来た。

 そういうわけでサクラについてきてもらいながら、地下室の場所を探すことにした。

 地下室はサクラが一度行っているから、ついてきてもらったほうが楽ということだ。


「……何で、私まで地下室に行かないといけないわけ……?」

「だって、一度行ったのはお前だろ。メリューさんとティアさんは忙しいだろうし。お前しか頼る人間が居ない、ってわけ」

「まあ、そう言ってもらえることは有難いけれど?」


 そんなことを話していたら、扉を見つけた。

 それは、メリューさんたちが住まう住居スペースと、俺たちが休憩する休憩室の間を繋ぐ廊下にあった、古びた木の扉だった。


「こんなところに、こんな扉なんてあったか?」


 俺が最初にその扉を見た時に思ったのは、そんな単純な感想だった。

 目の前に広がっているのは確かに扉だ。けれど、今までこんな扉を見たことが無い。正直、実物を見せられるまで嘘じゃないかと思い込んでいたくらいだ。


「……な、なに言っているのよ。あなたの目の前にあるそれは、まぎれもない扉でしょう? まさか、私とあなたが二人とも幻を見ているなんて言いださないわよね? はっきり言って、それこそ『幻滅』だけれど」

「何か上手いことを言ったつもりかもしれないけど、正味、そんなことは有り得ないよ。だとすれば僕たちが食べたものを疑うべきだと思うけれど、ボルケイノの皆は同じものを食べている。だからそういう薬を盛られたら解るものだと思うけれど」

「それは知っているわよ! ……じゃあ、この扉はなんだって言うのよ。ちゃんと説明出来るとでも?」

「待て。喧嘩腰になるのはよそう。ただでさえ疑心暗鬼になりがちなんだ。ここでもっと悪くなってしまうのは、正直言っても誰も望んでいないぞ」

「……、」


 それを聞いて若干クールダウンしたサクラ。正直そうであってなくては困るのだ。

 今目の前にある扉は見たことがない。だが、それを文字通り『見たことがない』で片付けては困るというわけだ。


「と、とにかく扉を開けてよ。あなたの考えは解っているわよ。どうせまだ信用していないのだってことくらい、百も承知よ。これは張りぼてだとくらいしか思っていないのでしょう?」

「それを言われると何か先回りされた感じがするのがなあ……。うん、まあ、確かにそうだよ。だって信じられっこないだろ。サクラよりも前に俺はずっとボルケイノで働いていたわけだし」

「……それとこれは、また話が別だよね?」


 正論を言われてしまった。

 確かにそれを言われてしまえばおしまいだ。もう俺からは何も言えやしない。


「解った、解ったよ。扉を開けて、急いで地下室に向かえばいいんだろ」


 というか、そういう風に仕向けているわけだし。


「解ればよろしい」


 笑顔で頷きながら、サクラは言った。

 何というか今回のサクラの立場がイマイチ解らない。

 とまあ、そんな戯言を考えていても時間の無駄だ。とにかく今はサクラの言うことを聞いておいたほうがいいだろう。それが身の為というか、そうあるべきだった。振り回されることはあろうとも、なんやかんやで彼女の考えは正しいことが多かったし、それが安全牌というわけだ。

 さて。ここでこう話をこじらせようとグダグダしていたって正直な話何の価値も無いことは俺にだって解っていた。

 しかしまあ、恥ずかしい話ではあるが、心の踏ん切りがつかなかった。ただ扉を開ければいいだけの話なのに、それだけで良かったのに。しかしいざ行動に移そうとなると難しい話だった。致し方無い話ではあったかもしれない。だが、それは紛れも無い事実だった。


「……いつまで考え事をしているのよ。こんなことをしていたら、あっという間にまた一話使い切るわよ?」

「一話って何のことだ?」

「さあ?」


 トボけられた。

 まあ、大体何となく何が言いたいのか解るわけだが。敢えてあまり突っ込まなかった、と言っておこう。

 閑話休題。

 いずれにせよ、先ずは目の前にある地下室について考えなければならない。その地下室はいったい何があるのだろうか。流石に俺がここに入ってきたときも、メリューさんはその場所について教えちゃくれなかった。

 半年も経過しないと使わないようなものなんて、いったい何が該当するのだろうか?


「……とにかく」


 俺は息を吐いた。

 いずれにせよ、前に進まねば何も始まらない。

 そう思った俺は、ゆっくりと地下室へと続く扉、そのドアノブを回した。


 ◇◇◇


 開けた途端、風が吹き込んだ。

 そして地下深くへと階段が続いていくように見える。その階段は明かりなど無かったから、その先は永遠にも続いているように見えている。


「……ここに倉庫があるのかよ?」

「そんなこと、解らないわよ。……けれど、メリューさんが言ったから」

「そう言ったなら、しょうがないか」


 頭を掻いて、俺は言った。

 たぶん間違っていないとは思うけれど、再度そこについて確認したのは俺の中でも恐怖が残っていたからだろう。

 そして俺は、その地下へと向かうため、階段をゆっくりと降りていくのだった。



 ◇◇◇



 地下室の先は、ほの暗い空間となっていたが、しかし何か明かりを点けるような必要性は無かった。


「……何とか見えないことは無いけれど、物がたくさんあってよく解らないな……」


 そこは倉庫だった。

 棚にはたくさんの物品が入っているが、今の暗い状況ではどれが何だかさっぱり見分けがつかない。


「ところで、メリューさんからは何を頼まれたんだい?」

「ええと……確か」


 そうして、サクラがその材料を言おうとした――ちょうどその時だった。

 ぼんやりと、倉庫の奥に何か光っているものが見えた。


「……何だ、あれは?」

「ええ!? どうしたの、ケイタ。まさか、あんた変なもん見つけたんじゃ……!」

「いや、そうじゃ……うん、そうかもしれないのか?」


 とにかく、怯えているサクラには憶測で物を伝えないほうがいいだろう。

 そう思って俺はゆっくりとその光源へ近づくべく、倉庫の奥へと歩き始める。

 光源のあった場所には、一人の男性が立っていた。光を放っている自体、人間としてはあり得ないことなのだから、やはりそこに立っているのは人間では無いのかもしれない。しかしながら、それを素直にサクラに伝えたところで彼女がもっと怯えるのは到底目に見えている。だから、どうすればいいかって話だけれど――。


「もし、そこの少年」


 そんなことをしているうちに、声をかけられた。

 少年という年齢でもないわけだが、だからといってここでそれを否定したところで物語が進むわけではない。

 とにかく、その人間と話をすることにした。


「……どうかしましたか?」

「いや、ちょっと目に入ってね。……どうして君たちはここに居るのかね。ここは私の店だ」


 それを聞いて俺はピンときた。

 古くにメリューさんから聞いた、このお店ができるまでの物語。確かその時の話を思い出すと、ここにはかつて別の人間が経営する喫茶店があったはずだ。

 ということは、今目の前にいるのはそのマスター……?


「なあ、どういうことだ。私の店は、別の人間に売られてしまったのか。今、どうなってしまっているのかを教えてくれ。……私はこんな身体だから、動くことが出来ないのだよ」

「……このお店は、今はあなたの言う通り別の人が経営しています。そして、俺も、その人に雇われている身です」

「そうか。……やはり、ボルケイノは潰れてしまったということなのか」

「いえ。ボルケイノは潰れていません。人は変わってしまいましたが、ボルケイノの看板はそのまま。下げてなどいません。まだあなたの意志は、受け継がれています」


 それを聞いて俯きがちになっていた男性は、ゆっくりと顔を上げた。

 そんなこと信じられない、といったような感じで。


「今はだれが……?」

「ええと、それは……。たぶん、あなたの知らない方になるかと……」

「それにしてもお前さん、ドラゴンのにおいがかなりしみついているな。……それでお店をやっていけているのか? まあ、あの店は昔から冒険者ばかりやってきていたから問題ないといえば無いのかもしれないが……」


 そこで彼は何か思い出したかのように、柔和な笑みを浮かべる。


「そういえば、昔ドラゴンの子供を助けたことがあったな。庭に弱ったドラゴンの子供が居たものだから、ミルクを与えて傷を手当したらとても喜んでいたな……。あのドラゴンは今も元気だろうか」

「ドラゴンの子供?」


 それって、もしかして――。


「ねえ、ケイタ! 何か、見つかった?」


 階段の前に立ち尽くしているサクラに呼びかけられた。

 やばいな、そろそろ戻らないと、彼女の恐怖度もピークを迎えるだろう。そう思って、俺は踵を返した。


「……なあ、少年よ」

「はい?」


 声をかけられたのは、ちょうどその時だった。


「今を大事に生きるのだよ。……若人には判らないかもしれないが、人間とは常に今がピークの状態だ。それを保持し続けることなど出来ない。だから、今を楽しく生きていけばいい。……まあ、それも難しい話なのかもしれないが」

「そうですね……」


 正直言って、その言葉に簡単に答えることはできなかった。

 というか、どう答えればいいのか直ぐには思いつかなかった。

 男性は笑みを浮かべて、どこか遠いところを見つめつつ、


「まあ、別にいいことだ。少年よ、強く生きろよ」


 そう言って――俺の答えを待つことなく、男性は消えてしまった。



 ◇◇◇



 後日談。

 というよりもエピローグ。

 そのあと俺たちは結局メリューさんがほしかったものを地下室から探し出すことはできなかった。だからメリューさんからカンカンに叱られた。全然帰ってこないからどこに行ったかと思った、と言っていた。まあ、そんなメリューさんは厨房で調理の続きをしていたわけだけれど。


「でも、メリューさん。地下室の倉庫には何もなかったんですよ? いったい、どこのことを言ったんですか?」


 俺は、メリューさんの怒りが収まったタイミングで質問した。

 はあ? とメリューさんは呆れたような声を出して、話を続けた。


「お前はいったい何を言っているんだ。私がサクラに探してきてくれとお願いしたのは、普通に店の奥にあるいつもの倉庫……それこそケイタにも探しにお願いしているところだし、そもそも地下室なんてこのボルケイノには無いはずだぞ?」

「……え?」

「いやいや、メリューさん。噓を吐かないでくださいよ! 私たち、ほんとうに……!」

「ここに長年暮らしている私が言うんだ。間違いない。さあ! 急いでもともとの倉庫から探してきてくれ。開店時間までもう時間はないぞ!」


 メリューさんにそう言われてしまっては仕方がない――そう思って俺とサクラは再び倉庫、もちろんそれは別の倉庫の話だが、へと向かうことにした。



 ◇◇◇



 さて。

 ケイタたちも居なくなったか。

 それにしても、地下室……ねえ?

 あの地下室は確か、私がボルケイノに入って直ぐ埋めたはずだったけれど。

 理由?

 それは簡単だ。……とはいっても、その理由を作ったのは私ではなくティアだけれどね。

 あの地下室は、オーナーが眠っている。オーナーと言っても今のオーナーではない。このボルケイノを一から作り上げた、初代。創業者といってもいいだろう。

 その創業者は道半ばで亡くなった。心臓の病だったらしい。そして、死ぬ前に――こう願ったのだという。

 もし可能であれば、自分の夢を引き継いでくれる人間に出会いたかった、と。

 ……それからは、想像に難くないはずだ。

 ティアがその意思を引き継いで、店とともに死にたかったというオーナーの墓を地下室に作り出して、オーナーをそこへ安らかに眠らせた。そしてその場所は誰も入ることのできないようになっていたはずだが……。もしかしたら、それはオーナーの力だったのかもしれないな。今のボルケイノがどうなっているのか、この目で確かめたかったのかもしれない。

 それがどこまで本当なのかは、読者諸君に任せるけれど、ね。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?