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第35話 続・冒険者の思い出 (メニュー:チャーハン)

 その人が二回目の訪問を行ったのは、ある雨の降った日のことだった。

 思えばその人が初めてボルケイノにやってきたのもこんな雨の降った日だったと思う。

 背中に大きな剣を携えた、いかにも冒険者然とした恰好の女性だった。

 女性は何か考え事をしているようで――なぜそう断定したかというと、俺の「いらっしゃいませ」といった声に一切反応しなかったわけだからけれど――女性はそのままカウンター席へと腰かけた。


「……ここに来るのも、半年ぶりだな」


 その冒険者は深い溜息を吐いて、そう言った。

 そういえばもうそれくらい経過していたのか。俺はあまり時系列のことを気にしていなかったけれど、いざそう言われるとしみじみと感じる。……うん、考えるのはよそう。


「そう言えば、ここにはメニューが無いのだよね。何か、作っている状態で良かった?」


 その言葉にこくりと頷く。ここはどんな料理だって作ることが出来る。正確に言えば、今お客さんが食べたい料理を食べることが出来る、ということだ。

 そして、それを理解しているのは、大抵が二回目以降のリピーターということになる。先ず初見でここにやってきた人は、そのルールを理解できない。


「……あなたに話してもどうかと思うけれど、実はあれから色々とあってね」


 冒険者は俺が注いだコーヒーを一口啜って、そう言った。

 あれから進展があった、ということか。確かあの時は、ある冒険者を探している段階だったと思ったけれど。

 そうして冒険者は語り始める。

 それはボルケイノを出てから始まる出来事だった。



 ◇◇◇



 ボルケイノを出てから、私はさらにメリューを探した。僅かな手掛かりを求めて、手がかりすら見つからない時もあった。けれど、私はただひたすら彼女を探した。見つからないなんて、そんなことありえない。彼女はきっと生きている――私はそう思っていたから。

 けれど、私はある王国でこんなうわさを聞いた。



 ――ドラゴン峠で、一人の冒険者が死んだ



 ドラゴン峠は名前の通り、ドラゴンが住まう山々を通り抜けることができる峠のこと。そのドラゴンは人を食らうことで有名なので、そこを通る際はある程度腕の立つ冒険者が必要であるといわれている。

 だから、私はその王国に着いたときに用心棒を頼まれることになった。

 用心棒に頼んできたのは、商人だった。国を渡り歩き、珍しいものを売りさばく。まだ若い男だったが、その商人はやり手の商人らしく、ネットワークもかなり手広かった。

 そしてその商人の乗る竜馬車にてドラゴン峠を越えようとしたとき、商人はその噂を言った。そしてそのことの詳細についても、商人は知っていた。商人は昔からそういう情報は詳しく知っているからな。知っているに越したことはない。何せ、そういった細かい情報がいつ商機に繋がるか解らない、ということもあるからな。

 商人が言うには、その冒険者の名前はメリューと言うらしい。冒険者、というよりも料理人として名前を馳せていて、ドラゴンの卵という材料を求めていたらしい。

 ドラゴンの卵……。それを聞いて私はほとほと呆れたよ。彼女は結局最後まで、料理人だったのだと。

 そして、私は同時にぽっかりと心に空いてしまった穴を、再認識するのだった。

 ああ、彼女の存在は私の中でそれほどに大きなものだったのだな、と。



 ◇◇◇



「お待たせしました」


 話が終わったタイミングで、メリューさんが料理を運んできてくれた。

 それは、炒飯だった。八角形の白い皿に盛りつけられた炒飯の山、まだ出来たばかりなのか湯気が沸き上がっている。その隣にはスープがおかれている。そうだよな、炒飯といえばスープというのはどの世界だって常識だ。人によってはスプーンを一度スープで濡らしてから食べる人も居るけれど、それってマナー的にどうなのかね?


「……これは?」

「手っ取り早く、忙しい方にお勧めの料理となります。どうやらそれを所望していたようでしたので」


 メリューさんはその人が食べたい料理を見ることが出来る。

 しかしながら、それは本人が知っている料理であるかどうかはまた別だ。仮に異世界の知識で得られないものであれば、それは料理名ではなくて料理の詳細が見えるだけに過ぎない。

 とどのつまり、メリューさんが作り出した料理は俺の世界でいうところの炒飯そのものであるわけだが、メリューさんはその知識を知らない。つまり、相手の心の中を読み解いただけで、結果的に炒飯を作り出してしまった、ということになる。


「……ふむ、まあ、食べてみようか」


 女性はスプーンを手に取って、山を崩す。

 山は崩れて、その部分は雪崩となって器の表面へと落ちていく。ニンジン、ネギ、チャーシューが細かく刻まれているそれは、ご飯と卵が絡んで一つのモザイクに近い模様を作り出している。もっとも、それはモザイクとはかけ離れているデザインであることは紛れもない事実だけれど。

 スプーンに崩れた雪崩の部分を掬って、それを口へと運ぶ。スプーンに掬うその様は、ショベルカーが土を運んでいるそれに似ている。まあ、規模が違うだけで動作はそのままなのだけれど。

 そして女性は炒飯を口に運ぶ。口に入れた炒飯は彼女の口でよく噛まれ、やがて舌を通り、胃へと運ばれていく。

 きっと彼女はそれを美味しいと思っているのだろう。なぜなら、今彼女の表情は笑顔で、頬を赤らめている。その表情になっていることは、恐らく彼女も解っていないのだろうけれど。

 女性の胃袋に炒飯の山がそのまま消えてしまったのは、それからおよそ十五分後のこと。


「……ふう、美味かった」


 スープまで飲み干した状態で、女性はそう言った。


「気を落とすことはありませんよ」


 俺はただそう言葉をかけることしか出来なかった。

 俺の後ろに――正確に言えば厨房の中に、死んだといわれている女性が探していた冒険者は居る。しかしながら、メリューさんは言わないでくれと言っていた。というよりも、どう接すればいいか解らないとも言っていた。メリューさんもメリューさんでここでの生活にかなり慣れ親しんでしまった、ということがあるのだろう。だからメリューさんは、もう戻れない。元の世界には、元の姿には。

 それを理解しているからこそ、メリューさんはボルケイノに居続けるのかもしれない。

 宿命であり、運命。

 それが、メリューさんがメリューさんたる根源なのだろう。よく解らないけれど、よく解らないなりに、よく解らない風に解釈した結果だった。


「……あなたの探している方も、きっとあなたが気を落としていることについて、悲しんでいると思いますよ。あなたはそうあるべきじゃない、と。……こう言うのは、正直烏滸がましい話にはなると思いますが」

「ええ、そうね。……そうよね。ありがとう。正直、私もそう思っていた」


 立ち上がり、目を瞑る女性。

 女性の話は続く。


「けれど、迷っていた。私、このままやめてしまったら彼女のことを忘れてしまうのではないか、って。だからずっと彼女のことを忘れないために、探し続けていた。けれど、それはきっといいことではない。彼女もきっと、そう思っているのでしょうね。……ありがとう、あなたのお陰で、次に何をするべきか見えてきた」


 テーブルにちょうどのお金を置いて、女性は踵を返す。

 そうして女性はそのままボルケイノの扉を開けて、外へ出て行った。



 ◇◇◇



「あれで……良かったんですよね?」


 俺は、女性が出て行ったのを確認して厨房に声をかける。

 メリューさんが答えてくれることを期待していたからだ。


「ああ……。ありがとう、ケイタ。これで、もう、後残りはないよ」


 メリューさんは静かに厨房から出てくると、俺の横に立った。

 メリューさんの目には、涙が溢れていた。





 これで、メリューさんとかつての友人であった冒険者の話は終わり。

 でも、また何かひと悶着あるような気がする。俺の第六感が何となくそんなことを感じ取っていたのだけれど――それについては、また別の話になることだろう。

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