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第33話 料理の修行志願? (メニュー:塩おむすび)

 今日も今日とてドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』は暇だった。


「暇だなあ……」


 俺はカウンターに崩れる形でぼうっと玄関のほうを眺めていた。

 ボルケイノはテーブルが五つにカウンターがあるという形で、お世辞にも広いお店とは言えない。それにここがすべて埋まることは滅多にない。だからこそ今の人員で何とかなっている状態だといえるだろう。


「……いやあ、暇だなあ」

「おい、ちょっと待て。そこのガキ!」


 背後で唐突にメリューさんが大声を出してきた。

 いったい何があったのかと思い、振り返ると――そこに広がっていたのは顔を真っ赤にしたメリューさんがボロボロな服を着た少女を追いかけまわしている構図だった。

 少女はパンを手に持っている。ただのパンではなく、フランスパンを半分に切ってそこにハムと野菜を入れたサンドウィッチのようなものだ。どうやら賄いか何かのようだったが、それを何かの偶然で入ってきた少女に奪われた、という算段か。だとすれば、かなり面倒な話になる。

 第一に、どうしてボルケイノに入ってきたのかということについて。ボルケイノには幾つかの世界と繋がる『扉』があり、それを経由して通らなければやってくることは出来ない。しかしながら、少女はここに居る。いったい、どうやって?

 第二に、少女はどの世界からやってきたのか。これは少女に質問すれば恐らく解決することだろう。まあ、問題は少女に聞いて『解らない』と言われたらアウトなのだけれど。


「ケイタッ! 急いでそいつを止めろ!」


 やれやれ。メリューさんがそう言ってくるから仕方がない。俺としては暇だからもう少しこのやり取りを見ておきたいけれど、そういわれて無視してしまうと給料がマイナスにされかねないので、これは実行するしかない。言っておくが、あくまでもこれは仕方なく、やっている。

 そうして俺はこちらに向かってくる少女を待ち構えて――そして思い切り抱きかかえた。


「……それにしても、どうしてこんなことをするんだ?」


 じたばたしている少女を見て、俺は質問する。

 メリューさんは漸く追いついて、少女の手からサンドウィッチを取り上げた。


「はあ、はあ、はあ……。ったく、久しぶりにこんなに走ったぞ。それにしても、このガキ。何でサンドウィッチを盗んだ?」

「いや、そんなことよりどうしてこの世界に入ることが出来たか、ですよ」


 やってきたのはティアさんだった。


「……ティア。どうしたのよ、急に出てきて。もしかして、最近出番が少ないから、張り切っているのかしら?」

「……っ! あなたは、どうしてそういう核心をついたコメントばかり出来るわけ! ……まあ、それはいいでしょう。問題は、その少女です」


 ティアさんは少女を指さして、言った。

 確かにこの少女が問題だらけだ。なぜここに入ってくることが出来たのか、そしてなぜこのサンドウィッチを盗んだのか、いろいろと話を聞かねばならないだろう。

 少女をカウンターの席に座らせて、カウンターの向こう側に俺たちは立っている。

 少女は水入りのコップを両手で掴んだまま、ずっと俯いていた。


「……先ずはお前の名前を聞かせてもらおうか」

「…………ヒューイ」


 ヒューイ。いたって普通の名前だ。


「国は?」

「アルース王国」

「アルース王国か。……グラッセ王国の隣にある、海洋資源が豊富な国だったか」


 グラッセ王国はミルシア女王陛下が居る国だ。ということはあの世界と同じ国、ということか。

 メリューさんの追及は続く。


「何故、この店を知った?」

「……実は夜、母親と一緒にこのお店に入ったのです」


 昨日の夜。

 そういえば昨日の夜はやけにお客さんが多かった覚えがある。やはりボルケイノも何だかんだで知名度が上がってきている、ということになるのかな。まあ、そこに勤務している俺としては、忙しくなることで給料が上がるし、大変有り難い話ではあるのだけれど。

 そして、少女は昨日の夜からの話を、ゆっくりと始めるのだった。



 ◇◇◇



 それは寒い夜のことでした。

 私と母親は貧しいながらも普通に暮らすことが出来たので、とても辛くはありませんでした。

 ですが、母親はあまりレシピの種類が多くなく、私としてもそれは悩みの種でした。ですから、いつも同じような料理ばかりでごめんね、という母親の言葉がいつも辛かったのです。

 その日は臨時収入が入ったので、お店のご飯を食べようと言ってきました。いつもそんなことは有り得ませんでしたから、私にとっては嬉しいことで、つい小躍りしてしまうほどでした。

 お店に入ると……とても美味しそうな香りがしました。行ったことのないお店だったけれど、とっても幸せそうな感じでした。

 カウンターに座って、ご飯を食べました。たしか食べたのは、赤いご飯が卵焼きに包まれたものだったと思います。名前は覚えていないですけれど、とっても美味しかったです。

 食べ終わって、私は母親に美味しかったねと言いました。母親もそれを見て頷いていました。

 そして私は思いました。母親の笑顔を見たくて、このお店の料理をなんとか再現出来ないか、と。何とか手に入れる方法は無いものか、と。

 そうして夜に母親と離れて、こっそりここに入っていました。そして、キッチンに入ったらサンドウィッチを見つけて、それを手に持っていこうと思ったらメリューさんに見つかりました。

 これが、今回の顛末です。



 ◇◇◇



「不快ね」


 メリューさんは少女の話を一通り聞き終えると、その一言を言い放った。

 そりゃあ無いだろう、と思ったけれど実際に作っている人間からしてみれば仕方がないのかもしれない。たとえ、人情的な話があったとしても窃盗は窃盗。犯罪には変わりがない、ということだ。

 メリューさんの話は続く。


「……まあ、でも、自警団には突き出さないであげる。ただし、一つだけ条件をつけるわ」


 メリューさんは指を一つ立てて、そう言った。


「……何でしょうか……?」

「私が今から、一つあなたに料理を教えてあげる。そして、その料理を完璧にマスターするまで、あなたはここから出してあげない。これが条件」



 ◇◇◇



 結局、そのあと少女はその条件を飲んだ。

 メイド服に着替えて、メリューさんの隣で料理を作っている。修行をしている、とでもいえばいいだろうか。あいにく今日は客も来ないし、たまにはこういうことがあってもいいかもしれない。

 少し暇ができたので、キッチンへ向かってみる。すると、メリューさんと少女――リューシュが話をしていた。

 リューシュは野菜を切っていた。下ごしらえ、という状態だろうか。メリューさんは鍋を使って何かスープを作っているように見えた。


「あれ、メリューさん。料理の修行はどうなったんですか?」

「料理を教えるより、先ずは細かいことを教えてあげないといけない。下ごしらえに皿洗い、雑用と思えることかもしれないが、いつかは教えるつもりだよ。……だが、今日中に教えないといけないな」

「お願いします!」


 リューシュは言って、メリューさんに頭を下げる。


「まあ、先ずは昼飯にするか」


 メリューさんはそう言ってまたスープを煮込み始めた。

 いったいメリューさんは何を考えているのだろうか、そんなことを思いながら、ただ俺はメリューさんを見つめていた。

 昼飯が完成したのはそれから十分後のことだった。掃除をしていたサクラと、今日はお休みだったシュテンとウラもカウンターに集結している。


「へえ、料理の修行ですか」


 サクラはリューシュの頭を撫でながら、そう言った。それにしてもサクラは子供に懐かれることが多いなあ。伊達に妹と弟が三人居る家庭で育っていない。

 そして今俺たちの前に置かれているのは、スープと塩むすびだった。塩むすびは女性陣には二つ、そして俺には三つおかれている。スープもそれなりの量があるので、それで問題ないだろうという結論に至ったのかもしれない。


「……美味しそう。いい香り」


 リューシュはスープの器をもって、ゆっくりとその香りを嗅いだ。

 スープには豚肉が入っていて、それ以外にも根菜を中心とした野菜が入っていた。おそらくスープの味付けのベースは、マキヤソースだろうか。

 そしてリューシュはゆっくりとそのスープを啜った。


「美味しい……」


 感嘆交じりの声が漏れた。


「そりゃ、当然、美味しいに決まっているじゃない。私が作っているものだからね。その塩むすびだって、スープだって、懇切丁寧に作っている。はっきり言ってしまえば、その塩むすびだけでも『美味しい』と言えるようなものを作らないとダメ、ということかな」


 それを聞いたリューシュは胸を打たれたような衝撃を受けた――ように見える。あくまでもそう見えるだけだ。


「……美味しい。美味しい、とても、美味しい! メリューさん、この味付けを教えてください!」


 それを聞いたメリューさんの目は丸くなっていた。

 もっといえばきょとんとした表情になっていた。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。まあ、それは俺だって思っていなかったけれど。


「……別にいいけれど、それはただ、配分を考えるだけの話。つまり、初歩中の初歩だけれど。それでもいいの?」


 こくり、と何度も頷いた。

 それを見たメリューさんもまた、大きく頷くのだった。



 ◇◇◇



 後日談。

 というよりもただのエピローグ。

 結局、リューシュはメリューさんお手製の塩むすびのレシピだけ習得して元の世界へ帰ることとなった。いくらこの世界の時間感覚が別世界とはまったく違うものだからといってずっとここに居ることはあまりよろしくない。メリューさんがそう決めたことだった。

 その後、彼女がどうなっているかは解らない。母親に色んな料理を教わっているのだろうか。或いは母親と一緒に料理を作っているのかもしれない。

 きっと、時折料理をしている最中に見せるメリューさんの笑顔も彼女のことを思い返しているのだろう。そんなことを思いながら、今日も業務に励むのだった。

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