「……ふうん。それは夏バテ、ね」
いつものように仕事をしていたはずだったのだが、気づけば俺はメリューさんの面談を受けていた。いったい全体どうしてこうなってしまったのか、さっぱり理解できないのだが、メリューさん曰く、「ケイタ、お前疲れているように見えるが、大丈夫か?」とのことだった。
そんなに疲れているように見えるのかな、と思ったが最近は夏休みの宿題を片づけたりその他用事が建て込んだりしていたのを思い出した。もしかしたらそれで疲れているのかもしれない。
「お前、食事をとっているか。あー、いや、三食とっているかどうかではなくて、量だ。夏だから、忙しいから、といって少なめにしていないか?」
それを言われて俺は耳が痛かった。確かに最近はそうだった。忙しいことを理由におにぎりで済ませることが多かった。サクラがそれについて怒ってくることもあったが、耳を貸さなかった。
まさか、それが原因なのか? でも、身体では疲れているようには見えないのだが……。
「一応言っておくが、身体では感じていないから疲れはない、というのは短絡的な考えだから、考えないように。お前、そんな生活をしていたらいつか倒れるぞ?」
メリューさんはそう言うが、学生には学生の大事な日常があるので、それについては仕方ないことだと思っている。それに、ボルケイノの次元ははっきり言って俺の世界とはまったく違う時間の進み具合だし。ここで八時間仕事しても、俺の世界では二時間しか経過していないし。
メリューさんの話は続く。
「とにかく! 力をつけることは大事だ。スタミナ、ってやつだな。仕事中に倒れてみろ? 文句を言われるのは、お前を雇っている私だ。それくらい注意してもらいたいものだな。取り敢えず、今日の賄いはスタミナがつくものにしようか。そうだな……、スタミナがつくものか……。まあ、楽しみに待っていろ。それまでは倒れるんじゃないぞ、絶対に」
そんな無理難題な約束を勝手に押し付けられて、俺はそのまま午前の仕事へ移るのだった。
◇◇◇
そして昼休憩の時間がやってきた。ドアにかけられた札をクローズにして、俺はキッチンに居るメリューさんに声をかけた。
「昼になりましたけれど」
「あ、もうそんな時間。まあ、もうできているけれど」
そう言ってメリューさんはトレーに乗せられた丼とお椀を指さした。
「これが今日のご飯ですか」
「そう。メリューさん特製夏バテ対策メニューなのだ!」
なんか口調変わっていませんか?
そんなことを言いたくなったが、取り敢えず昼休憩だ。食事時間込みで一時間。この時間は大事にしておかねばならない。そう思って俺はトレーをもってカウンターへと向かった。
さて、カウンターに到着した俺は改めてメリューさん特性メニューを眺めることにした。
白を基調にした丼にはご飯の上にキャベツがあり、さらにその上にロースカツが載っている。これだけを見ればただのカツ丼になるが、それでは味気ない。
カツの上にはとろみがかった餡がかけられていた。何も入っていない餡ではなくて、短冊切りされた野菜が入っている。おそらく彩りのために入っているのだろう。そんなことを思ったが、そんなことよりも鼻腔を擽るいい香りに我慢ができない。
「いただきます」
両手を合わせて頭を下げる。
まずは丁寧に一切れずつ切られているカツから頂くことにして、箸でそれを掴んだ。
そして口の中にカツを放り込んだ。
サクッ。
噛んだ瞬間に、衣のサクサクとした音が口の中に広がった。餡をかけているはずにも関わらず、どうしてここまでサクサクを維持しているのか。よく見てみると衣がちょっとゴツゴツしているように見える。これはもしかして……パン粉を使っていない?
「どうした、ケイタ。カツを見たままずっと考え込んで。……もしかして、なぜ衣がサクサクかということについて考えているか?」
「……ご名答ですね。いやはや、それにしてもメリューさんに隠し事は出来ませんね、これじゃ」
「何を言っているんだ。見てからにそうかと思ったぞ。まあ、別に気にしている気持ちは解る。これは揚げたばかりということもあるが、衣にコーンフレークを使っていてね、それでサクサクという感じが出ているのだろうね。……ああ、言っておくとコーンフレークは自家製だ。それに、パフェ系で使っていた量が少し余ってしまったからね、少しこちらに流用したんだよ。普段は衣には使っていない」
「……そうだったんですか?」
「見てみれば解るだろうが、ゴツゴツしているだろう、全体的に。そんな見栄えが悪いものをお客さんに出すことはできない。だから、そうなっているということだ」
「……成程。見栄えの問題だったんですね、それなら納得です」
俺はそこで話を終了させて、改めてもう一口カツを頬張る。それにしてもサクサクがたまらない。だからといって味が染みていないかといわれるとそうでもなくて、たっぷりかかっている餡の味がしっかりしている。恐らくマキヤソースをベースにしているのだろう。そういえば昔、マキヤソースは私が作ったとかメリューさんが言っていたような気がしたので、恐らくマキヤソースがベースとなっているのは確定だと思う。
それにしても、味付けもしつこくさせすぎず、かといってあっさりしているわけではない。こってりとした味付け、とでも言えばいいだろうか。いずれにせよ、今まで俺が食べてきたなかであまり食べたことのないような味付けだったことは言うまでもない。
「……ほんと、こういう時になるとお前が料理に集中しているな。まあ、別にいいことなのだが。そう美味しく食べてもらえるとそれはそれで嬉しいものだよ」
そういってメリューさんも食べ始める。
メリューさん曰く、あまり自分の料理は好きではないとのこと。何故なら、こういう賄いや日常でも食事を作っているかららしい。まあ、常に作っているから食べたいモノとか、食べたくないモノとか全部自分で把握できてしまっているから、なのだろうけれど。
そのために、飽きが来ないために、メリューさんは毎日挑戦し続けているのだという。チャレンジというよりもアレンジに近いらしいが。
「うむ……。今回は七十五点だな、まあまあと言ったところか。それにしても、このサクサク具合は堪らないな。見た目さえ良ければ、メニューに正式採用しても問題ないとは思うのだが……」
「やっぱり、出来ないんですか?」
「見栄えが良くないからなあ……」
顎を撫でながら言うメリューさん。そうならば仕方がない。
しかし、ただそれだけで賄いだけのメニューになってしまうのは非常に勿体ない。出来れば、正式メニューにしてもらえればもっといろんな人が楽しめると思うのだけれど。
「でも、結構美味しいですよ。あんまり、別の世界の人たちもやっていないと思いますし、珍しいものだとは思いますけれど」
もちろん、このお店のメニューは『お客さんが今一番食べたいモノ』だということは重々承知の上だ。
メリューさんはずっと悩みながら、ご飯を食べていた。
その光景を見ると、リクエストをした俺が何だか申し訳ない気分になってしまったけれど、もう今さら謝っても無駄なような気がした。
◇◇◇
後日談。
というよりも今回のオチ。
あの後、結局メリューさんからメニューをどうするか聞くことができなかった。解答を聞くことができなかった、ということだ。まあ、メリューさんにメニューの決定権があるので、あまりどうこう出来る話ではないのだけれど。
というわけで今日も今日とてボルケイノの仕事だ。皿洗いにコーヒーの提供、お客さんが居ないときには店の掃除も行う。
今日もミルシア女王陛下がやってきたので、いつものようにコーヒーを入れて少し待っているとメリューさんからおよびがかかった。
「出来たぞ、持っていけ」
そこにあったのは、この前賄いで食べたカツ丼だった。
ああ、そういえばミルシア女王陛下の要望は「サクサクとしていて、じゅわっとしていて、なおかつしつこくない食べ物」とか言っていたか。もしかして、それを上手くカバー出来ると思ってこれにしたのか。
「……何をぼうっとしているんだ、急げ。料理が冷めてしまうだろ」
俺は心の中で頷きながら、かしこまりました、と言って料理をトレーに乗せるのだった。