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第27話 海の家とかき氷 (メニュー:かき氷)

「暑い」


 もとはと言えば、メリューさんが休憩中にそんなことを言い出したのが始まりだった。

 なぜか知らないが、今ボルケイノのある世界は猛暑になっていた。もともとそのようなことは無かったはずだし、ヒリュウさんも「ここは避暑地のようじゃわい」と言っていたはずだった。

 にもかかわらず、この暑さには理由があるらしい。

 ティアさん曰く、


「この世界は特殊な魔術機構で管理されています。作ったのは私でも私の父でもなく、ドラゴン族に近しい立場をとっていた大魔術師でした。その魔術師も随分と昔に死んでしまったと言われていますが……、ですから、その、修理が出来ないと言いますか」


 とどのつまり、温度調整機能が馬鹿になっているということだった。

 とはいえ、そんな問題で解決できる話ではなく、簡単に説明すれば今のボルケイノは砂漠か或いはサウナそのものだった。

 そんな場所で冬服仕様のメイド服を着用しているメリューさんたちにとって、今の暑さは地獄そのものと言えるだろう。


「食材もはっきり言ってダメになってしまうわね……。そちらはまだ壊れていないとはいえ、メインテナンスが出来ない以上時間の問題よね……」


 メリューさんは溜息を吐いて、俺に目線を向ける。

 俺に目線を向けたところで何が変わるというのか。あれか、電気が無い空間でエアコンを導入しろ、と? 確かにあれなら何とかなるかもしれないが、ただ業者をここに入れて作業をしてもらうことになるから、ボルケイノの存在が広く日本社会に公になってしまうかもしれない。はっきり言ってそれは避けるべきだと思うのだが。


「魔術機構、ですか。気になりますね」


 唯一違う反応を見せたのはリーサだった。やはり魔女という建前、そちらが気になる様子だった。確かに『魔術』機構と言っていたっけ。だったら気になっても致し方ない。

 それを見たメリューさんはリーサに目線を向ける。


「……あー、そういえばあなた魔女だったわよね。直すことって可能?」


「うーん、どうでしょうね。見てみないことには解りませんが、魔術機構の基本なら理解しているつもりですので、簡単なものであれば、或いは私が理解することが出来れば修理することも可能だとは思いますが」


「可能ではなく修理してほしいのよ。可能性の話じゃない。出来るか、出来ないか。オーケイ?」


「とはいえ、先ずは見てみないとはっきり言えませんよ。流石に『出来ない』ものを『出来る』とは言えません。魔法だって何でもできるものじゃないんですから」


 それもそうだ。

 しかしメリューさんはあまり魔法・魔術に対して深い知識を持ち合わせていないのか(そもそも魔術と魔法の違いってなんだ? まあ、それは追々聞いてみてもいいかもしれない)、無理難題を突き付けている。まるで無茶な注文をするクライアントのようだ。……まあ、俺の知識はドラマやアニメ、漫画の受け売りに過ぎない話だけれど。



 ◇◇◇



 そういうわけで、今俺たちは燦々と照り付ける太陽の下に居た。

 正確に言えば足元は砂で目の前には巨大な水たまり――海が広がっているわけだが。

 ちなみに海を巨大な水たまりと表現したのはシュテンとウラだった。彼女たちは海を見たことが無いらしくそう表現したらしい。それを聞いた直後メリューさんとサクラが吹き出しそうになったが、それはまた別の話。

 ティアさんとリーサはボルケイノで魔術機構の解析を進めている。それを直さないと食材を長時間保存しておくことも出来ないというのだから、問題だ。

 ちなみに今全員が水着を着ている。理由は単純明快、目の前にあるのが海だから。


「……って、メリューさん、どうして俺たち海水浴に来ているんですか……?」


「だって、海と言えば海水浴だろう、ケイタ」


 メリューさんは今赤いビキニを着用している。しかしまあ、こう見てみるとメリューさんってほんとうにスタイルがいいよな……。モデルか何かやればいいんじゃないだろうか。出るところは出ているし、くびれているところはくびれている。出ているところは、ほら、まあ、あれだ。二つの立派なバレーボールが赤いビキニに隠されている、とでも言えば納得してくれるだろうか。


「ケイタ。なに、メリューさんの水着姿を見つめているのよ。この変態」


 そう言ったのはサクラだった。サクラ、それは流石に意味が解らないぞ。俺はただメリューさんのビキニ姿に見惚れていただけなのだから……っておいおい、サクラ、お前の水着はいったいどうなっているというのか。サクラは紺色のワンピース型水着を着用していた。露出は少ないがそれでも胸が強調されているように見える。何というか、幼馴染ながらグラマラスなボディだと思う。これで彼氏が今まで出来たことが無いというのだから驚きだ。となると性格が悪いとか、そういうこともあるのかな……。


「おい、ケイタ。今何か私にとって悪い考えを持っただろう? 持ったに決まっている。持ったに違いない!」


 何だ、その違った感じの三段活用は!

 それはそれとして、このままだと非常に不味いことになりそうだ。シュテンとウラについては語るに落ちる。いや、別に語る価値が無いわけではないぞ、二人ともセパレートの青と黄色のビキニだったけれど、なんというか、その、子供だからかもしれないけれど、すとんとした体型だったといえばいいだろうか。これ以上言ってしまうと本気で殺されかねないので言わないでおくが。

 はてさて。

 海と言えば海の家だ。そう思って、俺はメリューさんに海の家で飯を食べないか、と提案していた。この世界は俺が住んでいた世界ではないけれど、どちらかと言えば俺の世界に近い。だから海の家もあるし車も走っている。けれど鬼の角を隠す必要は無い。理由は単純明快で、この世界では妖怪やその他異形と呼ばれる存在にも人権を認めているためだった。そのおかげでメリューさんたちはあられもない姿になることが出来る、というわけだった。

 ちなみにメリューさんは海の家の食事についてあっさりと了承してくれた。どうやら海の家の食事がどのようなものなのか調査をしたいとのことだった。別にそれは構わないのだが、そんなたいそうなものは出ない。それが海の家の常識めいたものだ。きっとそれは世界が変わっても変わらないことなのだと思う。

 海の家に入り、俺たちはテーブルに腰かける。


「何を食べたい? 取り敢えず、注文してくるよ」


「ならばなぜ座った?」


「……席を取っておかないとダメなんだよ。もし席が無い状態で注文をしてみれば解る話。地べたに座るか、立食パーティを開くしか方法は無い。それを防ぐために『キープ』している。そう言えば、言葉の意味を理解してくれるだろう?」


 そう言ったらメリューさんは何も言わなくなった。暴論かもしれないけれど、納得してくれたなら何よりだ。

 はてさて、本題に戻ることにしよう。


「暑いし……冷たいものでも食べることにしよう。ちょうど美味しい食べ物を知っている。冷たくて、美味しい食べ物を……」


「それってまさか……」


 同じ日本人のサクラだけが、意味を知っている反応をしてくれた。

 そう、俺は発見してしまったのだ。この海の家には『あの料理』があるということに……!

 そう思って、俺はカウンターへと向かう。

 数分後、その料理を持ってきた俺を見てサクラを除くボルケイノの面々が驚いたことについては――まあ、言うまでもない。



 ◇◇◇



「これは……カキゴオリ、というやつよね……?」


 メリューさんの言葉に俺は小さく頷いた。

 そしてメリューさんは俺の言葉を聞いているのか聞いていないのかはっきりとしないけれど、その白い山を眺めていた。

 かき氷。

 それは氷を細かく砕いたものにシロップをかけた夏の風物詩と言ってもいい食べ物だった。

 しかしながら、それはあくまでも日本だけだと思っていた。まさかこのような異世界でもかき氷があるとは、思いもしなかったのだった。


「……まさかこんなにおいしいものがあるなんて」


 既にシュテンは食べ始めているようだった。うん、美味しいと言ってもらえて何よりだ。これを夏に食べないと何だか夏って感じがしないからな。これはほんとうに素晴らしいものだと思う。

 メリューさんは恐る恐るという様子だったが、軈てゆっくりと一口放り込んだ。


「……なにこれ。口の中でとても冷たくて……、美味しい……!」


「初めて食べた感じですか?」


 俺の質問にゆっくりと頷くメリューさん。知識があっても実際に食べた経験は無い、ということなのだろうか。



 ◇◇◇



 結局のところ、かき氷を食べた後メリューさんはどうしてもリーサのことが心配になったようで、大急ぎで戻ることになった。まあ、当然ながらかき氷のテイクアウトを所望したが、氷が主成分な以上時間に制約がかかることは当たり前のことであり、それについては致し方ないことだと思う。いつかまた全員で海に行ってかき氷を食べることができればいいのだけれど。


「……やっぱり、格別ねえ。涼しいわ。ここはこんな感じじゃないと」


「このシステム、近未来的だよな。科学ではないし……魔法だとしても、あまりにもオーバーテクノロジーすぎやしないか?」


「オーバーテクノロジーがどうかは知らないけれど、これを改造しようとしたときに通りすがりの魔法使いが改造してくれたのよ。魔力をたっぷり込めた、とか言っていたっけなあ。まあ、その人が何者か知らないけれど」


 つまり知らない人に、見ず知らずの人に店の設備を任せたというのか。メリューさんらしいといえばらしいかもしれないけれど、それってどうなんだろうか。もっと何かいい方法は見当たらなかったのだろうか。

 それはそれとして。

 結局、今の状況からしてリーサが直してしまった、ということになるのだろうけれど。リーサはこんなものをよく修理できたよな。やっぱり魔女は同じ仲間が作ったものを理解できるものなのだろうか。

 リーサが暇になってカウンターにやってきたタイミングで、俺は質問してみた。


「リーサ、修理お疲れさま。やっぱり魔法使いが作ったものだから、魔女に理解しやすい構造になっていることがあるのか?」


 ……すると、リーサは一瞬首をかしげたが、すぐに何を言っているのか理解したらしく、笑みを浮かべたのち、こう言った。


「そのことなら、どうやらこれを作ったのが私のお師匠らしいんですよ。最初はどうやれば修理できるかと思っていましたけれど、見覚えのある回路で、たぶんきっとあれはお師匠が作ったものです。身近でずっと見てきましたから。だから、解ったんですよ」


 そうして、リーサはメリューさんに呼ばれてまた厨房の奥へと消えていった。

 何というか、世間って狭いよな。

 そんなことを実感した、ある暑い夏の日の出来事だった。

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