そして当日を迎えた。
会議場にはたくさんの食事が並べられている。
そして隣の会議場では立ち入り禁止のプレートが入口に掲げられており、会議が粛々と続けられている様子が確認できる。
「……それにしても、亜人会議っていったい何をするんでしょうね? そういう話って聞いていますか」
「いいや? あまり情報は仕入れていないよ。まあ、会議というのだから何かを決めるのではないかな。それに、人間じゃない種族ばかりが集まっているということからそれに関しても決めているかもしれないね」
「……それに関して、って?」
「例えば、人間の国といつ戦争を始めるか……とか」
それを聞いて、俺たちの会話が止まった。空気が変わった、と言ってもおかしくないかもしれない。
そして、メリューさんは失笑したのち、
「まあ、そんなことは冗談だよ。はっきり言って有り得ないだろうね。人間の国はこの世界にもあるけれど、関係は良好とも聞いたことがあるし」
「そうなんですか。……じゃあ、戦争のような行為は無い、と」
「戦争まで行かなくても、身の振り方をどう考えるか、共通認識を一致させるための会議ではあるかもしれないけれどね。……さて、時間ももう少ないぞ。準備を早く終わらせないと、会議の参加者に迷惑をかけてしまうからね」
そうしてメリューさんは再び準備に移った。
俺もまた、それを見て準備を再開するのだった。
◇◇◇
一時間後。
会場がいっぱいになるほどのたくさんの亜人が集まり、無事パーティーは開催されるに至った。
そこまでやって漸く俺は溜息を吐く。ここまで来て漸く第一段階クリアと言っても過言ではない。あとは何事もなくパーティーが終わり、片付けさえ済ませてしまえばいい。ただそれだけの話。
しかしながら、一番忙しいのはこのパーティー中だ。パーティーは何が起きるか解らない。潤沢に用意してあったワインが無くなってしまうことや、料理が冷めてしまってクレームを入れる人がいてもおかしくないだろう。一応一通りのマニュアルが用意されているので対策は何とかなっているとはいえ、正直な話、何もないことを祈っていた。
「……すいません、少々よろしいですか?」
俺に声がかけられたのは、ちょうどその時だった。
その声を聴いて俺はそちらを向いた。
そこに居たのは、鬼だった。いや、正確に言って鬼といっても人の姿に近い鬼だった。少女の鬼は角をはやしていて、ショートカットだった。藍色の着物を身に纏い、妖艶な様子でこちらを見つめていた。
「なにかありましたか?」
「ちょいと聞きたいことがあるのだけれど……お酒をいただけないかな?」
手に持っていたのは御猪口だった。ということはワインではなく焼酎の類、ということになる。それを確認して、俺は頷いた。
「かしこまりました。少々お待ちいただけますか?」
少女の了解を得て、俺はそこから離れた。
メリューさんの居る裏方へと向かい、俺は酒の瓶を取り出した。
「ケイタ。どうかしたのか?」
「お客さんから酒が足りない、って言われたんですよ。だから、酒を取りに来ました」
「そうか。なら構わない。てっきり私はお前が酒を飲もうとしているんじゃないか、と思ってね」
「そんなことするわけないじゃないですか。というか、休憩する余裕すら無いんですから」
慣れた手つきで酒を入れて、俺は瓶を仕舞う。
「……まあ、いいけれど。取り敢えず今のところ何も起きていなくてよかったよ。亜人会議ってあんまり評判が良くないって噂があったからなあ」
「何だか聞き捨てならない話を聞いた気がするのですけれど?」
俺はメリューさんが呟いた内容を聞き逃さなかった。
メリューさんは溜息を吐いて、
「……ケイタ、お前はほんとうに地獄耳だな。それはそれで別に構わないが……、まあ、話しても別に問題ないか。亜人会議はいろいろなテロリストに狙われやすいと言われている。その会議の注目度もあるからね。けれど、今まで一度も入ったことは無かったから、何の問題は無いと思うけれど。何でも噂になっているのは『鬼神同盟』という名前のテロ集団がやってくるかもしれない、ということだ」
「鬼神同盟?」
名前を聞いただけだと何とも強そうな集団だけれど、いったいどのような集団なのだろうか。
「鬼神同盟は現在不遇となっている鬼によって結成された面々だよ。世界平和と、世界を亜人のものにしようとするために結成されているらしく……人間の国でもテロ行為を繰り返し続けている、危険思想を持つ集団と呼ばれている」
「鬼……ねえ」
そこで俺は何かを思い出した。
ちょっと待てよ――俺に御猪口を提供した少女は何に見えた?
「まあ、そいつらが実際にやってきているかどうかは解らない。それに警備態勢は完璧だと言われているし、そう簡単には入れないだろうな。気にする必要は無いと思うぞ、取り敢えず私たちは私たちでやれることをやっていったほうがいいだろうし……、っておい、ケイタ。人の話は最後まで聞いてから――」
気が付けば俺は大急ぎで会場に戻っていた。御猪口の酒が零れないように、けれど確認したいことがあって大急ぎで。俺は心に残っている不安を、はやく払拭したかった。
会場に到着し、先程の場所に到着するとまだ少女は居た。ちょくちょくいろんな亜人が彼女と会話をして、直ぐに離れていく。
「お待たせいたしました。お酒でございます」
息切れしている様子を見せることなく、あくまでも冷静に語り掛ける。
それを聞いた少女は踵を返すと、
「あらあら、ありがとうございますねえ。もう少し時間がかかるものかと思っていましたけれど、こんなに早くなるとは思いもしませんでした」
そう言って受け取ると、笑みを浮かべてそのまま少女は立ち去って行った。
俺が質問をしようと試みるよりも早く――少女は雑踏の中に消えていった。
◇◇◇
鬼の少女はパーティー会場を歩いていた。
つまらない、つまらない、つまらない。
そう思いながら、雑踏を抜けて、ただ目的を持たずに、歩いていた。
「ほんとうに……つまらなくて、そしてくだらない」
少女は持っていた御猪口を傾けて、酒を口の中に入れた。
そもそも、鬼は元来大酒飲みと言われている。だからこの程度の酒で酔うことは無い。今彼女が飲んでいるのはあくまでもパーティー会場に馴染むためのものだった。
『聞こえるか、「シュテン」』
声が聞こえて、頷きつつも、
『ああ、聞こえるよ。「ウラ」。それにしてもこの会場は辛気臭いねえ。楽しいものばかりではないことは重々承知していたけれど、それでも、裏には欲望が渦巻いている。面倒な場所であることには間違いないけれど』
『それを我々が変えるんだよ、シュテン。そんな面倒なことを考えなくていい、新しい時代を作り出す。そのためにも……』
『解っているよ。偉い人を捕まえればいいんだろ。けれど、どうすればいいかなあ……。見た感じ、偉い人はボディーガードがたくさんいてさあ、非常に面倒なんだよ』
『そうだよなあ……。流石にお前だけじゃ厳しいだろう。それじゃ、人間はどうだ? 確か、今回のシェフは人間を引き連れていると聞いたことがある。そいつと取引だ。うまくいけば人間の国との戦闘を恐れている国だっているはずだ。うまく強請ることが出来るかもしれない』
『それ、いいアイデア。けれど、人間……。ああ、そういえばさっき居たっけ。ちょっと待っていて。また、進捗があったら連絡する』
『了解』
そうして少女――シュテンは念話を終えて、再び人間のウェイターの前に立つ。
先程、少女に酒を提供したウェイターだった。
「どうされましたか?」
ウェイターは何も知らずに、彼女に語り掛ける。
笑みを浮かべたシュテンはそのまま彼の背後に回ると、首元に凶器を突きつける。それはナイフだった。ナイフとはいっても人間の国で売られているような代物ではない。人間程度であれば簡単に肌を切り裂き、殺すことの出来るアイテムだった。
そして少女は、耳元で語り掛ける。
「歩け」
ウェイターはその指示に従い、ゆっくりと歩き出す。
周りに居た人々は雑踏と声でそのやり取りが聞こえることが無かった。気付く相手すらいなかった、ということが正しいかもしれない。
彼らがそれに気づいたのは、ウェイターとシュテンが壇上に上がった段階だった。
これから何か起きるのだろうか、と思った相手が殆どだったかもしれない。
それでも全員が反応を示したわけではなく、まだ会話を続けている亜人ばかりだったが。
そして、シュテンはマイクにそっと口を近づけて、言った。
「はい、注目。会話をしているところ申し訳ないねー。けれど、ちょいとみなさんに話したい事があるんだよ。私たち、『鬼神同盟』っていうんだけれど、知っているかな。名前だけ聞いて理解できた人は超一流! ……ま、それはいいか。取り敢えず、これだけ言わせてもらいますねー。私たち、この会場をただいまから乗っ取りました! 要求? そんなもん、あんたらに言う必要はねーよ、取り敢えずあんたらは私たちの命令に従え、って話。従わないと殺す、以上」
その言葉のあと、会場の空気は一瞬にして変化を遂げた。