亜人会議。
名前の通り、亜人――人間と似て非なる伝説の生き物、形は人間と近いが、人間と違った特徴を持つ生き物――ばかりが集まる会議のことを言う。もちろん、そこに集まるのは偉い人ばかりだという。地位が高い、とでも言えばいいのだろうか。そういうことにあまり興味が無いから、話すことも無かったわけだけれど。
はてさて、なぜ急にそんなまともな話題から始まったかといえば……。
先日、ボルケイノに赤い封筒が届いたことから始まる。
「……何だ、この呪いの封筒みたいなものは?」
メリューさんがそんなことを言いながら乱雑にびりびり破いていった。
中身には手紙とチケットがあるようだった。
手紙を読み進めていくと、首を傾げていくメリューさん。正確に言えば、怪訝な表情になっていくと言えばいいだろうか。
「まさか、ほんとうにオファーが来るとはな……」
「メリューさん、どうしたんですか?」
痺れを切らして――正確には何を読んでいるのか気になってしまって――俺はメリューさんに問いかける。
メリューさんは手紙をまたも乱雑に投げ捨てて、
「ケイタも読むといいだろう。どうせ君にも関係のあることだし。あと、リーサとサクラにも読んでもらうように。彼女たちには残ってもらうことになるかな。まあ、どうせお店は休めばいいと思うけれど」
「……さっきから一体何を自己完結しているんですか?」
おっと本心が漏れてしまった。普段はこんなこと絶対に言わないようにしていたのだけれど、まあ、それに関してはいってしまったことは戻ってこないから致し方ない。
手紙、か。カウンターに乱雑に放置された手紙を見てみろ、ということか。取りあえずメリューさんに言われたので手紙を読むことにした。そこで放置なんてしたらまたも面倒なことになってしまうからね。ずっとここで仕事をしてきて、メリューさんの扱いにも慣れてきた。
手紙を読み進める。そこには時候の挨拶から、長ったらしい自己紹介が書かれていた。面倒なので詳細は省くが、ようはどこかの国の王女から直々に送った手紙らしい。まあ、こういうものってそう書いておきながら実際は代理人が書いていることもあるのだろうが。
そして、読んでいくうちにある一つの単語が俺の目に止まった。
亜人会議。
その単語は、どこかで聞いたことのあるような――単語だった。
それを見ていたメリューさんは溜息を吐いて、カウンターに置かれていたコーヒー――ずっと手紙を読んでいたのでもう大分冷えてしまっているだろうそれを飲み干した。
「亜人会議、出るんですか?」
俺はメリューさんに問いかける。
対して、メリューさんは失笑して立ち上がると、
「一応言っておくが、私が出るのは料理担当として。まあ、給料がそれなりにいいからな。……ケイタが見ても解らないかもしれないが、給料が出る。しかも、一人にここの一か月分の稼ぎ並みのお金が貰えるとなると、出るしかないだろ。材料費もあちら持ちというのだから、猶更だ」
一か月!
それはメリューさんが行きたがる理由も分かる気がする。
だって一か月分貰えればそれだけでボルケイノの経営が安定するだろうし。
「……それで、だれが行くんですか。まあ、メリューさんは当たり前ですけれど」
「私と、リーサと、ケイタ。それで充分かな。ティアはあんまり外に出られないし、サクラもあんまり異世界に出すのはね……。本人は行きたいと言うかもしれないけれど」
確かに、それはあまりしないほうがいいと思う。
亜人会議がどういう場所なのかはっきりとはしないが、『会議』という名前がついている以上、いろいろな人種の亜人がやってくることは間違いない。まだ異世界に対してあまり免疫が無いサクラを連れていくのはリスクが高い。
「……それでいいかしらね。私はそれでいいと思っていたけれど、一応同じ世界の人間であるケイタの話も聞いておこうと思ってね。まあ、ケイタのその様子だとそれで問題ないようだけれど」
そう言って手紙を受け取ると、封筒に仕舞った。
「チケットは三枚しかないからね。全員連れていくことは出来ないのよ。ボルケイノの管理の問題もあるし」
「成る程。ちなみに、亜人会議はいつからですか?」
「来週かな」
「来週ですか。それじゃ、告知しておかないといけませんね。メリューさんが居ないと、お店が回らないですし」
「それもそうね……」
メリューさんは溜息を吐いて、カウンターの奥へと向かう。
厨房のテーブルに封筒を置いて、そのまま厨房へと姿を消した。
◇◇◇
あっという間に、亜人会議の前日。
出口は亜人会議が開催される場所に一番近い場所が設定されているらしく、そこからそう遠くないらしい。一時間も歩けば、開催場所である城に到着するのだという。
メリューさんと俺、リーサはたくさんの荷物を背負って、サクラとティアさんに向かっていた。
「いいなあ、ケイタ。何だか解らないけれど、そんなすごいところに行けるのでしょう? ……羨ましい。美味しいものとか食べられるんじゃない?」
「美味しいものって言うが、その美味しいものを提供するのがメリューさんだぞ。だから、メリューさんが行くんだから」
「あ。そっか。まあ、頑張ってきてね。お土産話も聞きたいし」
「そうだな。期待していてくれよ」
「それじゃ、行ってくる」
メリューさんの言葉にティアさんはこくりと頷いた。
そうして、俺たちは亜人会議の開催地であるグラスティア城へと向かうべく、その扉を開けたのだった。
◇◇◇
グラスティア城に到着したのは、その日の夕方だった。
とはいうものの、どうしてそんな早く着いたかということから説明したほうがいいだろう。扉を開けた先にあったのは、亜人会議が開催されるグラスティア城から一番近い町、フローリア。フローリアにボルケイノの扉を作っていたため、そこから一時間も歩けば簡単に辿り着くというはずだった。
問題はその一時間、モンスターが出ないという想定で進んでいたことだった。
「……まさか、それほどに治安が悪くなっていたとはね」
ボロボロにはなっていないものの、疲弊しているメリューさんは俺に語り掛けた。
そう。仕方ないことなのかもしれないが、俺は戦闘能力がほぼ皆無と言っても過言ではない。対してメリューさんは人間時代にトレジャーハンター紛いのことをしていたためか体力も戦闘能力も秀でていた。そして、リーサは魔女。魔法を使うことで大量のモンスターを一掃することが出来る。
とどのつまり、俺って戦闘中に必要? という考えに至ってしまうわけで――。
「気を落とすことは無いぞ、ケイタ。お前は荷物を守る役目があったのだから」
どうやら俺が木を落としていると思ったようで――メリューさんは俺の頭をぽんぽんと撫でた。
グラスティア城に入り、証明書を発行してもらう。これは首からカードを掲げていれば城内に自由に出入りできるカードらしく、絶対に無くしてはいけないと言われた。当たり前だ。最近はカードを無くして個人情報や会社の顧客情報流出に繋がるってメディアリテラシー……違うな、情報セキュリティだったか? まあ、名前については別にどうだっていいと思うけれど、そういう感じのお話をよく聞いているから、その意識については問題ないとおもっている。
調理場に入ると既に具材から調理器具まですべて揃っていた。
「……すごい。流石に城の調理場と言われるだけはあるわね。ボルケイノのそれとは何倍も違う」
「そうですけれど……どれくらいの人が集まるんですか? 簡単に準備を進めるだけじゃ難しいですよね?」
「ざっと三百人くらいって聞いたな。けれど、集まるのは全員が亜人だ。亜人については知っているだろう? 私のようなドラゴンメイドだってそうだけれど、獣と人間の面を持った存在がたくさん集まってくる。このグラスティア城の主だって吸血鬼だったかな? 確か地位はそれなりに高く、今回の亜人会議の主催に至ったと言っていたな」
「結構詳しいんですね?」
「そりゃそうだ。ペンフレンドだからな」
ペンフレンドって今日日聞かないと思うのだが。
うん、そんなことをメリューさんに言ったところで何も変わらないし、別に真実を伝える必要も無いだろう。そう思って俺は明日の会議本番に向けていろいろと思考を巡らせ始めるのだった。
そして、明日の亜人会議でいろいろと大変なことが起こるということに、今の俺はまだ気付かないのだった。