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第20話 ワインレッドの心 (メニュー:ポークジンジャー)

 ドラゴンメイド喫茶、ボルケイノ。

 このお店はどんな異世界にも繋がっていて、どんな異世界からも干渉することの出来る、ちょっと変わった空間にある喫茶店だ――なんてことを言ってもきっと理解してくれないだろうと思うので、簡単に告げよう。

 このお店はいろんな世界に扉が繋がっている。そしてその扉はどんなタイミングでも使うことが出来る。だから一見さん大歓迎。むしろ一見が多すぎてちょっと回っていないくらい。

 だからと言ってサービスの質が落ちることは無い。そんなことは有り得ない。そんなことをさせないためにも、俺たちは必死に頑張っている……ということになる。

 ……申し遅れたけど、俺はこのボルケイノのアルバイターだ。名前はケイタ。まあ、それくらい覚えておけばあとはこのお店については関係ないだろう。流れで理解してもらえればいい。そんな深い話は、まあ、きっとないと思うから。

 そういえば最近ボルケイノには新しいスタッフが入った。俺と違って休む時もあるにはあるので、この前の新聞記者がやってきたときも偶然休みを取っていた。


「ねえ、ケイタ。これってどこに入っているの?」


 彼女の名前はサクラ。俺と同じ世界の人間だ。もっと正確に言えば、俺の幼馴染でもあるわけだけれど。

 サクラが持っていたのはワイングラスだった。ワイングラス。はて、そんなもの最近使った覚えがないのだけれど、いったいどこからそれを持ち出してきたのだろうか?


「なあサクラ、いったいそれをどこから……」



 ――持ち出したんだ? と言おうと思ったところだったが。



「あ、そのワイングラス。私が使ったんだった。すまなかったな、サクラ。私が戻しておくよ」


 そう言ってメリューさんが背後から近づいて、ひょいとそれを受け取った。

 メリューさんはこのボルケイノのコックを務めている。……一応言っておくけれど、女性でコックをしているのか? という質問は野暮だ。むしろ、普通かもしれない。男女平等の世の中で女性がある意味では優位に立てる職業なのかもしれないな。まあ、あくまでも俺の主観ではあるけれど。

 ともあれそう言われたサクラは、その言葉の通りメリューさんにワイングラスを渡した。

 カランコロン、とドアにつけられた鈴が鳴ったのはちょうどその時だった。


「いらっしゃいませ」


 俺はいつも通りの営業スマイルを見せる。


「いらっしゃいませ。空いている席にどうぞ」


 続いてサクラがお客さんを空いている席へと誘導する。

 お客さんは赤いドレスを着ていた女性だった。どこか悲しそうな表情をしていた彼女は開口一番こう言った。


「ワインをちょうだい。それと、それによく合う料理を」


 ワインと、よく合う料理。

 さて、そういわれてしまったけれどいったいどうすればいいかな。まずはメリューさんに言っておかないと。


「ワインと、それに合う料理だって?」


 厨房で何かの下準備をしていたメリューさんは俺にそう言った。


「それにしても私が来る前にもうメニューをいうとは。それに、ここは喫茶店だぞ。酒があると思っているのか」


「でも、ありますよね? 確か」


「うん……まあ、そりゃあ、な。無いことはない。でも、お前たちに出してもらうことはやめるか。一応、酒だ。この世界なら問題はないが、もともと住んでいる世界は未成年が酒を提供するのはまずいのだろう?」


 それどころか、未成年は酒を提供する店には勤務できなかったはずだけれど。たぶん。

 メリューさんは踵を返し、豚肉を取り出した。


「……とりあえず、料理は作るよ。ワインは私が選定しておくから、適当に待機しておいてくれ。時間的に直ぐ終わるから、場をつないでくれ。会話がなかったらないで、残っている仕事を片付けておいてくれよ。よろしく」


 そう言われて俺は、その通り仕事をやるしかなかった。まあ、実際時間もあるし、仕事を片付けたほうがいいだろうしな。

 そうして俺も踵を返すと、残っている仕事を片付けるべく、カウンターへと戻っていった。

 カウンターに戻るとサクラが洗い物の残りをしていた。確かにある程度残っていたけれど、やっておいてくれとは言っていない。まあ、言わずにやるのはベストなのかもしれないけれど、お前、何か別の仕事任されていなかったのか?




 メリューさんが料理を完成させるまで、そう時間はかからなかった。それについては相変わらずのことだし、ほんとうにいつもすごいことだと思う。


「お待たせしました」


 そう言ってメリューさんはお皿とワインを置いた。


「注いでもよろしいでしょうか?」


 それを聞いた女性は頷き、ワイングラスを傾ける。

 メリューさんはボトルを開けて、そしてワイングラスに注ぎ始める。

 大体七割程度注いだところでそれをやめると、ボトルをテーブルに置いた。


「ごゆっくりお楽しみください」


 頭を下げて、メリューさんは厨房へ向かう。そのとき、メリューさんは俺とサクラを呼びつけた。いったい何があったのだろうか――そう思って俺とサクラは厨房に向かった。



 ◇◇◇



「どうしました?」


「いや、一応説明しておこうと思ってね。……あのお客さん、どうしてここに来たと思う?」


「どうして、って……。食事をしにきたわけではない、ということですか?」


「うーん、まあ、そうかなあ。間違ってはいないけれど、正しいとも言えない。きっと、彼女は失恋しているのだと思うよ。まあ、それがほんとうかどうか解らないけれど、つらい思いを抱いていることについては間違いないだろうね」


「つらい思い……ですか」


「そういうこと。今回は私が対処するから見ておいて、今度の対策にすべきだね」


 そう言ってメリューさんは再びカウンターへと戻っていった。



 ◇◇◇



 カウンターへ戻ったメリューさんは、すぐにお客さんを訪ねる。お客さんはジンジャーポークとワインを食していた。ワインはもう殆ど空で、ジンジャーポークはまだ半分近く残っている。


「どこに行っていたのよ、ワインのお代わりが欲しいのだけれど」

「大変申し訳ありません。今、お持ちいたします」


 メリューさんは頭を下げて、すぐに代わりのワインを持ってきた。そのワインを開けると、ボトルに注いでいく。


「……ありがと」


 そう言ってワイングラスを傾ける。


「……お言葉ですが、もし何か悩みがあるのであればお話しいただけませんか?」


「え?」


 ワイングラスを置き、ジンジャーポークを一口。

 なおも話は続く。


「話をすれば、もしかしたら落ち着くかもしれませんよ。もちろん、強制は致しませんが……」


「……そうね。あなたの言う通りかもしれない」


 そう言って女性は話を始めた。





 やはりというかなんというか、予想通り、女性は男性に振られてしまったのだという。そして、ヤケ酒のためこの喫茶店に入ったのだとか。


「……ほんとうはもう少しいろいろとあったはずなのだけれどね。何というか、そういうものをすべてすっ飛ばされた、というか? そんな感じ? アハハ、笑っちゃうよね。何でこんなことになっちゃったんだろう……。私、あんなに彼のこと愛していたのに」


「……心情、お察しします」


 メリューさんはそう言って、女性の空になってしまったワイングラスにワインを注いだ。

 女性はそれを見て頭を下げるとまた一口飲んだ。


「ありがとう。ありがとう。……なぜあのようなことになってしまったのでしょうね。悲しいわよね。どうしてそんな簡単にすてることができるのかしら」


「まだチャンスはありますよ」


「え?」


「頑張っていれば、またいつか同じようなチャンスはあります。ですから、諦めないでください」


 メリューさんの言葉に、女性は何度も頷くとワイングラスに残っていたワインを飲み干して、残っていたジンジャーポークを早々に食べ終えると、ふらふらとした様子で立ち上がった。

 メリューさんはそれを見て、慌ててカウンターを飛び出して女性のもとへと向かった。


「大丈夫ですか」


 女性はその言葉に小さく溜息を吐いた。



 ◇◇◇



 後日談。

 というよりもただのオチ。

 あのあと女性は泣くだけ泣いて、泣くまで泣いて、お代を支払って帰って行った。

 メリューさん曰く、もう落ち着いたと思うから気にすることもないだろう――とのことだったけれど、問題はどうしてメリューさんがそれだと解ったのかということ。やっぱり気になってしまうのは、ちょっと当たり前のようなことにも思えた。

 メリューさんは言った。


「やっぱり同じ女性だからかしらね……。何となく、同じだな、って思っちゃうのよ。そうしてそこから解るの。今、こんな思いを抱いているんじゃないか、って……。やっぱり、経験しないと解らないことかもしれないけれどね」


 経験?

 それってもしかして――。


「おっと、これ以上は言わないでおこうかな。私のプライバシーの問題にも繋がるし」


 そう言ってメリューさんは裏方へと逃げていった。

 まあ別にそこについて詳細を聞くほど暇でもないし、追及するつもりもなかった。

 解決したのならばそれでいいし、これ以上こちらも何かする必要もない。


「ねえ、ケイタ。このお皿ってどこにあったやつだっけ?」


「それは……えーと、コーヒーカップの隣にある棚だよ。というか、それ前も質問していなかったっけ? 別に覚えてくれ、とは言わないけれど、もう少し質問を減らしてくれると俺の負担も減るんだけれどなあ……」


 サクラが入ってきてまだ日は短いからそんなことはただのワガママかもしれないけれど、でもワガママくらい言わせてほしい。

 ……まあ、それを一人前にさせるのも、先輩である俺の役目なのかもしれないけれど。

 そう思って俺は溜息を吐くと、今までのことをやるべく既にサクラがあたふたしているカウンターへと向かうのだった。

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