いつものようにボルケイノに到着すると、メリューさんと誰かが会話をしていた。
「ですから、私は本来ならばこのような野蛮な店にリクエストなどしたくないのですよ」
「ほほう、野蛮な店? あまり言いたくないけれど、客としてやってきておいてその言いぐさはないんじゃないの? しかもあんた、見るからにミルシア女王の国の人間でしょう? それも、徽章つきのメイド服ときちゃあ、それなりに地位が高いと見た。そんな人間が軽率にそんな発言をしてもいいのかな?」
メイド服を着た二人が、会話をしている。
一人がメリューさん、もう一人が黒髪の目つきがきつい女性だ。年齢はおそらく俺よりも年上。
「私だってはっきり言って、ミルシア女王陛下が言わなければ行きたくなかった。このお店が行きつけということは何となく知っていたけれど……まさかこんな『亜人』が経営しているとはね」
そう言ってメイド服を着た女性は睨みつけた。
俺がここにきて知ったこと。そのうちのひとつに挙げられることがある。
それは亜人の地位が想像以上に低いということ。その『低い』はもちろん人間を基準に考えたときの話だ。いまだに蔑まれる対象にあるらしく、今でもたまにこのような評価を受ける時があるのだという。
「……でも、あなたがミルシア女王陛下の好みを良く理解していることもまた事実。それに、ミルシア女王陛下自身があなたの料理を所望したことも事実」
「え、えーと……いったい何があったんですか?」
耐えきれなくなって二人の会話に割り入る。
そこで気づいていなかった二人がそれぞれ俺のほうを向いた。
「あら、ケイタ。もうそんな時間? ……そうか、そうだったかもしれないね。いや、実はここの人がね……」
「はじめまして、ケイタ……さんですか。私はグラフィリア王国でメイド長を務めています、アルシス・エボルクといいます。以後、お見知りおきを」
そう言って女性――アルシスさんは笑みを浮かべ、頭を下げる。
「実は、いろいろとありまして……ミルシア女王陛下が体調を崩してしまったのです。まともに食事もできない状況となっておりまして……、それで、何か食べ物を、と思っていたのですが、ミルシア女王陛下からのリクエストが……」
「このお店の料理……ということですか?」
こくり、と頷くアルシスさん。
「そう。そしてミルシア女王陛下の体に優しい料理を我々も作ろうと考えていたのだけれど……やはり、ミルシア女王陛下はそれをお望みになりませんでした。そうなったら仕方がありません。私はここへ向かったのですが……」
そこで亜人を見つけて怒っている、ということか。
俺は心の中でうんうんと頷いた。
差別というものは簡単に無くならない。それは俺の世界でも常識めいたようなことだった。確かに仕方ないことかもしれないけれど、それを『仕方ない』と言い切ってしまうのも良くない。
だから実際には、それを否定したほうがいいとは思うのだけれど、しかし強気なオーラを放っているように見えるアルシスさんにそれを言うことはちょいとハードルが高かった。
「……取り敢えず料理は作るよ。けれど、どうするつもりだ?」
「私はこれから仕事が忙しい。残念ながら直ぐに戻らなくてはならない。……だから、城まで持ってきてほしい。もちろん、無料とはいわない。料理代にプラスアルファしましょう」
「まあ、それについては何の問題もない。……だが、どうせ私は無理なのだろう?」
メリューさんがニヒルな笑みを浮かべて先手を打つ。
対してアルシスさんも頷き、
「当然だ。城内に亜人を通すわけにはいかない。最近は寛容になっている勢力も多くなっていることは事実だが……、だが私は認めない。亜人は人間に支配されるべきなのですから。人間よりも低い地位にあるべき存在が、人間と同じ場所に居てはならないのですよ」
「……解りました。では、誰に配達をしてもらうかはこちらで検討しましょう。それでいいわね?」
「別に構わないわ。……あ、一応言っておくけれど、二名で来てほしいわね。あと、目立たないようにメイド服で。そうならば、私と一緒に城内を歩いていても別に何も思われないでしょう? そういうことだから、よろしく頼みますね」
そう言って、強い口調のままアルシスさんはボルケイノを後にした。
なんというか、最後まで強い口調の人だったな……。
そう思いながら、俺はお店の服に着替えるべく、裏へと向かった。
◇◇◇
「あ、ケイタ。ちょっといいかしら?」
メリューさんから呼び出しがあったのはそれから十分後のことだった。
「はい……。どうしました?」
「ちょっと大変なことになってしまったのよ……。さっきの気の強いメイド長のことを、覚えているかしら?」
「ええ、まあ」
あれだけ印象が強い人を覚えていなかったら、記憶障害の類を疑われることだろう。たぶん。
「それで、問題が生じちゃってね。さっき、二人って言ったでしょう。それに、メイド服。そこが問題なのよ。今日はサクラが風邪をひいてお休み、って言っていたわよね?」
「ああ、ええ。そうですね。あいつ、珍しく風邪をひいたから今日は行けないって言っておいて、とかついさっきメッセージで来ていましたね」
「そこが問題なのよ。あとは私とティアだけだし。お店は最悪私たちだけでなんとかなるにしても、リーサしか居ない。だから、二名という条件を満たせないのよ」
それは別に問題ないのでは?
人がいなかった、と言って済ませるしかないと思う。だって人を増やすことも出来ないし。
そう言おうとしたところで、さらにメリューさんが話を続ける。
「そういうことで、あなたにメイド服を着てもらうことになりました」
そう言ってメリューさんは手をたたく。
……え? 今、メリューさんはなんと言った?
「なんか目を丸くしているようだけれど、何も言わないということは否定しない、ということでいいかしら? こちらも時間が無いのよ。あのメイド長の言い方はとても腹が立って仕方がないけれど、あれでも客だからね。客の言ったことはできる限り従う。それが接客業というものよ」
「だからって、女装をしてまで……!」
「何を言っているんだ、ケイタ。君は卑下しているかもしれないが、存外君の助走姿も悪くないものだと思うぞ? まあ、ケイタがそれでいいというなら否定はしないが」
そういう問題じゃない。
そういう問題ではなくて、もっと何かあるじゃないか。その、女装することで男としてのプライドが崩壊するとかしないとか。そういうことを少しは考えたことがないのだろうか。
「あ、一応言っておくけれどプライドとかそういうの関係ないからね。実際問題、ケイタがいかないとあとは人間以外が残ってしまう結果になる。店では別に私たちが残っていてもいいのだけれど、あのメイド長にケチつけられてミルシア女王陛下がここに来られなくなるのも面倒な話でしょう? 実際、彼女のおかげであの国で仕事ができているわけだし。そう考えると、少しは頑張る必要があるわけだよ。収入も減るからね。減るということは君の給料も減るわけだ。あんまり減ってほしくないだろう? まあ、減ってほしいのならば今回のことも無視してもらって構わないが……」
ほんとうに。
ほんとうに、メリューさんは性格が悪い。
最低で、最悪で、クソッタレで。
俺がそれで否定できないように、理詰めしていく。
「……ほんとうに、メリューさんは性格が悪いですよね」
俺は溜息を吐いて、メリューさんに一歩近付く。
「何を言うかな。頭がいい、と言ってくれないか。そうでもしないとミッションコンプリートできない」
いや、ミッションコンプリート、って……ゲームかなにかじゃないのだから。
でも、きっとそれをメリューさんに言ったとしても結果が変わることは無いのだろうな。
メイド服、か……。
サクラがそれを知ったらどう思うだろう。きっと笑うんだろうな。大声で。指を差して。まだここのことを知られたくないからほかの人に話すことはしないと思うけれど、そうじゃなくてもサクラには知られたくない。
……何てこった、選択肢なんてどこにも存在しないじゃないか……!
そう思うと、俺は心の中で頭を抱えるのだった。
「さあ、二つに一つだよ。メイド服を着て城に向かうか。メイド服を着ることを拒否して、顧客を一つ減らすことになるか。選択すればいい。私は別にどちらでもいいけれど、ケイタのプライドと店の収入、君はどちらを選ぶ?」
――結局、俺には何も選択できる余地が無かった。
俺がもはや敷かれたレールを進むが如く決められたような内容を選択するまで、そう時間はかからなかった。