魔女が倒れていた。
……いや、正確に言えばそれを見つけたのは僕じゃなくてメリューさんなのだけれど。
メリューさん曰く、
「今日も開店だと思って扉を開けたんだよ。するとどこかともうとっくに繋がっていたみたいでね、ある世界の路地裏と繋がっていたんだよ。そしてその前にぶっ倒れていた。放っておくわけにはいかないでしょう?」
そうかもしれないけれど。
見たことの無い人……人でいいんだよな? を招き入れるのはどうかと思うのだけれど。メリューさんはお人よしだから仕方ないかもしれないとはいえ、ちょっとやりすぎじゃないかなあ。
「どうした、ケイタ。もしかして気になっているのか? 安心しろ、どうやらただの魔女のようだ」
ただの魔女ってなんだよ!
そう心の中でツッコミを入れたけれど、そんなツッコミを入れたらきっと負けなのだろう。
閑話休題。一先ず魔女の素性を調べることとしよう。どうせメリューさんは調べることなんてしないだろうし。くそっ、今日に限ってどうしてサクラはお休みなのか? お休みじゃなければ一緒に調査をお願いしたかったのだが……。
魔女は今カウンターでチャーハンを食べている。とんがり帽子に黒いフード、シルバーブロンドの髪をしている。そして食べている姿はとても可憐で、荒野に咲いている一輪の花みたいな……それは言い過ぎかな。
「ねえ、君。どうして倒れていたのかな?」
俺はなるべく警戒されないように、丁寧に訊ねた。
俺の言葉を聞いて上を向く魔女。頬にご飯粒をつけたまま、口に入れたご飯を呑み込むと、
「実は私は旅をしていまして!」
「旅、ですか」
魔女って旅をするものなのか?
まあ、でも魔女ってなんか忌まわしき存在みたいなイメージあるしな。もしかしたらそういうイメージを地で行く場所なのかもしれない。
「でも、何で野垂れ死にみたいなことに?」
「失礼な! まだ死んでいませんよ! ……おっと、取り乱しまいた」
「噛んだ!?」
「失礼、噛みました」
なんかどっかで聞いたことのあるようなやり取りだけれど、華麗にスルー。
「魔女は一人前になるために、広い世界を見る……それはお師匠様から言われていたことでした。ですから私もそれに倣って旅をしているのですが……その……」
急に魔女の声が小さくなる。
ん? 何か俺、変なこと言ったかな。
そんなことを思ったけれど、すぐに魔女のほうから回答が来た。
「実はそんなにお金を持っていなくて……。私が倒れていたのも、路銀を持ち歩かなかったために、満足な食事が出来なかったことが原因でして……」
「ははあ、成る程」
まあ、一人旅ならそれも仕方ないのかな……って。
「え? 今路銀を持ち歩かなかった、って……。お金は? メリューさん、もしかして」
「店の前で倒れている女の子を放っておくわけにもいかないでしょう?」
いやいや、それって無銭飲食ですよ。どうするんですか。
メリューさんももともと冒険者メインの料理人だったから、それについてはあまり気にしなかった――というよりも同情していたのかもしれないけれど。とはいえ、無銭飲食は不味い。
「あ……その……ご飯は食べさせていただいたので、きちんとお支払いします。ああ、けれど、お金がなくて……。ええと、その……」
さて、どうすればいいのやら。
このままだとお金を支払うことのできないままになってしまうのだが……。
そこで、メリューさんがぽん、と手をたたいた。
「もし、困っているようだったらここで働かない?」
「え?」
「ええ?」
俺と魔女が同時に目を丸くした。
メリューさんは突然何を言い出すんだ――そう思って、俺は訊ねた。
「いやいや、メリューさん。いったい何を言っているんですか? うちにはもう従業員は足りているのではないですか」
「足りているかもしれないけれど、けれど困っている人を放っておくわけにもいかないでしょう?」
まさかその理論でごり押しするつもりではないだろうな……。
ちなみにティアさんはカウンターでいつも通り分厚い本を読んでいるのでノータッチの様子。いいのか、ティアさん。
「まあまあ、いいじゃないの。別に人が増えたからって仕事が奪われるわけでもないし」
「そもそも最近仕事すらありませんけれどね。人は減る一方ですし」
「それよね……。うーん、やっぱり記事を書いてもらうべきだったかなあ」
この前の立派な矜持はどこへやら。
「とにかく、今日からあなたはここの従業員よ。それでどうかしら?」
「はい! ありがとうございます!」
目を輝かせて、魔女は言った。いいから頬についているご飯粒をとってくれ。
……そういうことで、魔女が仲間になりましたとさ。
「……そういえば、ずっと魔女さんとか呼んでいてもあれだし。名前を聞いても?」
メリューさん、今まで名前を知らずに勧誘していたのか。
まあ、そうだよな。だって倒れていたといっていたし。実際、お客さんだったわけだし。名前を知っているほうがある意味おかしいのかもしれない。
魔女はようやく頬についているご飯粒をとって――もしかしたら俺の視線に気付いたのかもしれない――大きく頷いた。
「私の名前はリーサ・アルフグレッド・ウェスターです。リーサと呼んでください」
そう言って魔女――リーサはぺこりと頭を下げた。
「リーサ……うん、いい、かわいい。ねえ、ちょっと制服を着てくれない? ちょっと、きっとあなたに似合うと思うのよ!」
まさかそれが理由だったのか!?
たまに思うのだけれど、メリューさんって女性をコスプレさせる癖があるのだろうか?
そんなことを考えているうちにメリューさんはリーサを連れて裏方へと向かった。もうこれ以上追いかけることはできない。当たり前だが、女性の着替えを見に行くなんて変態のすることだ。
だから俺はカウンターに残された皿とコップを片付けるために、ゆっくりとそちらに向かうのだった。
◇◇◇
メリューさんとリーサが戻ってくるのはそれから五分後のことだった。ちょうどリーサが食べていたチャーハンの入っていた皿を洗い終えたところのことだったので、一息吐いていたそんなタイミングのことだった。
「ほらほら、ケイタ! 見てみてよ、私の目に狂いはなかったわ!」
そんなことを言ってきたので、俺はそちらのほうを見た。
そこにいたのはメリューさんと、メリューさんと同じタイプのメイド服を着たリーサだった。
リーサは恥ずかしそうにスカートの端を持っていた。どうやら普段着用している服に比べてスカートが短いらしい。
「……このスカート、短くないですか……?」
リーサは顔を赤くしてそう言った。
対してメリューさんは、
「大丈夫よ、リーサ。あなた今最高に輝いているわ!」
「答えになっていませんよ……!」
うん。それは俺もそう思う。
スゴク恥ずかしそうにしているので、どうにかそれを終わらせていただけないものか。せめてスカートを長くすることとか。俺だって目のやり場が困る。
まあ、きっとすぐに終わるだろう。俺はそう思い他人のふりをして片づけを再開した。
後日談。
というよりもただのオチ。
結局スカートの丈はあれから若干長くなった。メリューさんは溜息を吐いていたけれど、目のやり場に困っていたのは俺だけではないはずなので、仕方ないだろう。
「……それにしても、こう見るとメイド服が四人か……」
何で俺、一人だけ男なんだろうか。
……俗に言うハーレム状態というやつなのかもしれないが、残念ながらそんな創作的な展開が起きるわけはない。そう思いながら、俺は朝メリューさんが読んでいた新聞を読み進めていた。情報を得ることは大事だからな。それに、ここで仕事をしているうちに幾つかの世界の言語も学ぶことができた。まあ、日常生活で使うか、と言われると使わないのだが。
そこにあった小さい記事の見出しには、こう書かれていた。
――西の魔女が突如消えた。旅に出たといわれているが、どこへ向かったかはっきりとしていない。魔女の特徴は――
その記事に書かれていた特徴――それを読み進めていくうちに、どこかで見たことのあるような特徴ばかり書き綴られていたけれど、
「……まさかね」
そんな偶然が重なるわけがない。そう思いながら現実逃避も兼ねて新聞をカウンターに置いた。