ヴァンパイア。
またの名を吸血鬼と呼ばれるそれは、人の血を吸うことを食事としている種族。
……と、大層な説明をしたけれど、実際俺もそれくらいしか知らない。フィクションでは良く登場している、と言うくらいかな。
さて、どうしてこんなことを話しているとすれば――。
「血が足りぬ。……おい、そこの店員、血を吸わせろ」
「それはちょっと出来ない注文ですね、申し訳ありません」
カウンター席に座っている一人の女性のことが原因だった。
純白のドレスに身を包んだその女性は、見た感じで高貴な出で立ちであることが理解出来る。
しかし今は気が立っているのか、八重歯を見せて頻りにあるものがやってくることを気にしている。
もう理解出来ている人も多いかもしれないが、彼女は吸血鬼だった。それも、吸血鬼の王国に住む、それらを統べる女王だった。
なぜそのような人が居るのか、ということについては割愛しておこう。ボルケイノに入るための扉は世界各地に点在しているため、入ろうと思えばどの世界からも入ることが出来る。
そうしてその女性は何名かのお付きとともに入ってきて、開口一番こう言った。
『血を寄越せ』
あいにく、そのようなメニューも無いし、流石に血を提供するわけにもいかない。誰の血を与えればいいのか、って話になるし。
そういうわけでメリューさんを筆頭に血を提供することについては拒否した。
しかし、代わりにメリューさんはこう言いのけた。
「血を提供することは出来ませんが、血に関する料理であれば提供することは出来ます。それではダメでしょうか?」
「血に関する料理? 食べることで血を吸収するという類か?」
「そういう類ではありませんが……恐らく血を提供出来ない私たちの最善策であると感がられます。そしてこれは……そうですね、折衝案とも言えるでしょう」
「折衝案……か。解った、ならばその料理を貰おうか。ただ、私は現状血を欲している状況にある。急いでくれよ。そうでないとこの女子の血を吸うてしまうかもしれない」
そう言って女性はサクラを見つめた。サクラは怖がってしまい、声をあげてしまうところだったが、すんでのところでそれを抑え込んだ。
「ありがとうございます。それでは、少々お待ちください。……お付きの方々にも同じメニューを提供して問題ありませんか?」
「ああ、問題ないとも。いいから早く料理を作ってくれ。私は調理には疎いが、それなりに時間がかかるのだろう? ならばここで無駄話をしている場合ではないだろう?」
「そうですね、お気遣いありがとうございます」
お辞儀をしてメリューさんは厨房へと向かっていった。
記憶の再生、終了。
因みに、ちょうどこの出来事があったのが、十分前くらいのことになる。にもかかわらず、すでに女王様はイライラしている。カルシウムが足りないのではないだろうか? そんな冗談も言えないくらい緊迫感あふれる空気に包まれていた。
「……メリューさん、遅いね?」
「そうだね。うーん、ちょっと手間取っているのかな?」
メリューさんがいつもより若干遅れている。とはいえ、それでも未だ十五分程度だから、全然普通の店に比べれば早いほうかもしれないけれど、それにしても少し遅いように見える。
ちょっと心配になったので、俺はサクラをカウンターに置いてメリューさんを見に行くために厨房に向かおうとしたが、
「メリューなら問題ないよ」
久しぶりに登場したティアさんが、俺にそういった。
ティアさんは相変わらず何か重たい本を読んでいた。ちなみに久しぶりに登場、とは言ったけれど会話に参加しなかった、というだけで常にお店には来ている。ティアさんには休みはないのだろうか? と思うけれど、まあ、ここに住んでいるようなものだから休みは無いようなもので問題ないのだろう。きっと。
「問題ない、とは?」
「時間はかかっているけれど、トラブルが発生しているというわけではない……ということ。それに、あまりまだ時間はかかっていないほうだ。一番時間がかかったときは一時間程度かかったこともある。それを考えるとスピードは上がったほうだと思うけれど?」
いや、そういう問題でもないような気がするけれど……。
そう思ったが、ティアさんにはあまりそういう問答は通用しない。なんというか、うまい感じに避けていくスタイルなのだ。
「ねえ、まだ料理は出来ないのかしら?」
案の定、女王様からの催促。
まあ、理解できないことでもないが。
「申し訳ありません。もう少しだけお待ちいただけませんでしょうか。きっとお客様が満足する料理が……」
「お客様、大変お待たせいたしました」
そう言ってメリューさんが登場したのは、ちょうどその時だった。
メリューさんは丼を持っている。
それが料理だというのだろうか。
「遅かったわね。けれど……、うん、いい香り」
カウンターにそれを置いて、メリューさんは言った。
「レバーとニラの炒め物をごはんに乗せてみました」
それを聞いて俺とサクラは同時に納得した。
レバーとニラの炒め物。レバニラ。
レバニラといえば、鉄分を多く含んだ料理の代名詞だ。成る程、そういうことだったのか。これならば確かに血を提供する必要はない。貧血になったら鉄分を、というくらい血と鉄分は切っても切れない関係だからな。
「レバーと……ニラ?」
「ええ。レバーとは、肝臓のことですね。今回はブタの肝臓を使用しています。これを食べると、血を作るための構成要素が多く含まれているので、とても身体には良いものと言えますよ。あ、ご安心してください。ニンニクは入っていません。ほんとうは入れるともっと美味しくなるのは事実なのですがね……」
悲しそうにメリューさんはそう付け足したが、女王様にはそんなこと関係なかった。
それよりも初めての料理に興味津々の様子だった。
そうしてスプーンを手に取って――女王様はライスとレバー、ニラを幾つか取って、それを口に入れた。
少しして、女王様の目がキラキラと輝いて、頬がとっても赤くなった。
もう見るからにして美味しいと思ったんだな、ということが解った感じだ。
「……美味しい。なんだというんだ、これは!」
あまりの衝撃にレバニラ丼にがっついていく女王様。はっきり言って、女王様がしていい食事には見えないけれど、まあ、それについてはあまり口にしないほうがいいのだろうな。
そう言っているとメリューさんが出てきて、
「美味しいと言ってもらえてよかったです。実はそのレバーというものはかなり臭いがきついものでして、好き嫌いを選ぶ人が多いのですよ。ですが、これを上手くしてどうにかして臭いを抜くとここまで美味しいものになります。これが、レバニラ丼です」
レバーは確かに人を選ぶかもしれない。
でもおいしそうだ。レバーとニラ、それに醤油ベースの香ばしいソースの香り。これで涎が出ないほうがおかしい。さすがはメリューさんと言ったところだろうか。
女王様はレバニラ丼を食べ終えて、ふう、と溜息を吐く。
「……有難う。とても美味しかったわ。お代は?」
俺はお代の値段を告げる。
それを聞いて女王様は一瞬目を丸くしたが、すぐに頷いてそれを差し出す。
きっとあまりにも想像より安かったのだろう。だが、うちはその値段でやっている。もっと払いたいと言っても、逆にそれは困る。だから、それ以上はびた一文もらうことは無い。
「ねえ、あなたがこれを作ったのよね?」
メリューさんに質問する女王様。
メリューさんはそれを聞いて頷く。
「そう。……実は、今度『亜人会議』というものが開かれるのだけれど」
亜人会議。
また唐突な新単語が登場したな。
女王様は話を続ける。
「その亜人会議に料理人を招こうと思ったのだけれど、どれも普通の、在り来りな料理人ばかりで……。それで、もし可能ならばあなたを料理人として招きたいのだけれど」
「料理人として、ですか……」
「もちろん、お金は出す。それに、その間のことが心配で辞めるというのであればそれは止めないわ。私はあくまでもこれは『提案』であると考えているから。また、いつか来るつもりだからそのときはよろしくね」
そう言って、女王様は踵を返すと立ち去って行った。
「亜人会議、か……」
メリューさんは呟く。
きっとメリューさんも聞いたことの無い単語なのだろう。どこか首を傾げて、考え事をしているように見える。
亜人会議。……また、何か嵐を呼ぶ単語のような気がする。俺はそう思ってカウンターの片づけを開始した。