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第9話 神なる龍の呪い

 さて。

 話者はここからバトンタッチといこうか。

 え? 私の名前を知らない、だと? それは冗談が過ぎる。幾ら何でも私の名前を知らない人間など居るはずが無い。少なくとも、この店に通う人間ならば。

 ……だが、ここで改めて自己紹介しておくのも悪くない。大して話も進んでいないが、話には順序が必要だ。それが無い話など、聞くに堪えないものになるからだ。

 私の名前はメリュー・アルバート。しがないドラゴンだ。まぁ、今はメイド服を着ているわけなのだが……。

 私としてもまさか『こんなこと』になろうとは思わなかった。一応言っておくが……私はずっとドラゴンのまま生き続けてきたわけではない。

 私は人間だった。正確に言えば、今は人間ではない。

 ややこしい話かもしれないが、私の発言に間違いは無い。

 ドラゴンメイド、という単語を聞いたことがあるだろうか。言っておくが、私は知っている。一応大学で一通り教養は学んでいるからな。

 こいつの意味は二つある。一つは半分ドラゴン半分人間という意味だ。

 そしてもう一つ。

 私が言うドラゴンメイドは、こちらの意味だ。



 ――ドラゴンに姿を変えさせられた『人間』。



 普通に考えればおかしな話だろう? そんなことは有り得ない、って。だがね、だが、そんなこと無いのだよ。ドラゴンが人間に形を変えたのではなく、人間がドラゴンの呪いを受けた。それは私のミスであり、裁かれるべき案件であり、事態であり――。

 ……話が長くなってしまったな。非常に申し訳ない。実際問題、私もここまで長くするつもりは無かったがついつい話が長くなってしまった。話とはそうやって寄り道をしながら本筋が少しずつ語られるものだ。多分、きっと、そういうものなのだ。

 さて、物語を再開しよう。きっと聞いていてつまらない話だった――そう思っているだろう。この時間をほかのことに使うことが出来れば、なんて思っているだろう?

 もしそう思っているならば、申し訳ない。だが、仕方ないことなのだよ。君が知りたいそのことを、君が理解するまでのお膳立てだ。そう理解してもらって構わない。もっとも、未だ話は半分も終わっていないし、そもそも始まってすらいないのだけれどね。



 ◇◇◇



 あれは寒い日だった。まだ私が人間だった頃の話だよ。人間の頃は何していたか、って? 君も物好きだな。いや、別に悪い話じゃない。何であれ興味を持つことはとても素晴らしいことだと思うからね。

 私は人間の頃、コックをしていた。まぁ、どちらかといえばその時は冒険家の方が比重が大きかったかもしれない。

 何せ、私は食材を自分で調達していたからな。簡単なものならまだしも、貴重な物品なんてそう簡単に手に入るわけもない。高い山を登り、深い森を掻き分け、自分で食材を求めていった。それが大変なことなのではないか、って? おかしなことを聞くな。確かに大変だったが、実際に食材を手に入れて、それを自分のレシピで調理して、自分の思い描いた味になったときの達成感のことを思えば……その苦労など、気にならなかったよ。


「……ここに居るのか?」


 私はその場所を見て、思わずそう呟いてしまった。

 そこにあったのは――巨大な雪山だった。かつてその世界で霊峰と呼ばれた山だったと認識している。山岳信仰、というのもあるが……私としてはそんなものはどうだっていい。

 私が求めているのは、この雪山に居るという伝説的存在である――ドラゴン。ドラゴンはとても珍しい存在だが、それ以上に食材が豊富に採ることが可能になる。

 血を使えばどんな出汁にも勝るスープが生まれ、肉を使えばどんな肉よりも味が染み出る肉が生まれ、骨から出るコラーゲンはどの種類と比べても敵わない量が産出される。


「要するに、料理人にとっては喉から手が出るほど欲しい食材……というわけ、か」


 ぽつり、とそう呟いて再び歩き始める。呟いても聞いてくれる人間など勿論いやしない。ここは周囲数キロに渡って人家が存在しないエリアだということは、既に調査済みだ。

 とはいえ、細心の注意を払う必要があることもまた事実だ。実際問題、こういう場所を狙うハンターは私以外にも居る、ということ。だってそうだろう? そんな高値で売れそうな食材、ハンターが狙わないわけが無い。

 私だってこんなことをしなくともハンター経由で購入することだって出来た。そうすれば冒険家紛い(実際問題、私は本物の冒険家な訳だが)の行動を取らなくとも良い。

 問題はハンターに行く巨額のマージンだ。それが小売り価格の上昇に繋がる。そこで利益を得ないとハンターとしてもやっていけないことは解るが――とはいえ些か高すぎる。マージンの値下げ、ひいては価格の値下げを交渉したことも何度かあったが凡て失敗に終わっている。それほどドラゴンは高価な食材であり、高値をつけようとも買う相手が居るということだ。

 ……話がズレてしまったので、本筋に戻そう。私はドラゴンを追い求め、その霊峰に向かった。霊峰の中には洞窟があり、勿論そこにはモンスターだって居た。当然だ。それくらいの危険は熟知していた。それに、そんな危険も乗り越えられないで、何が冒険家なのだ。

 崖を登り、深い穴を抜け、そして――。


「着いた……」


 外に出た時うっすらと東から明かりが見えたところだったから、夜明けということになるだろう。霊峰に入ったのが昼前だったのでそこそこの時間をかけたといえる。半日以上、か? まぁ、具体的な時間を述べることは正直ここでは関係ないことだから割愛させてもらおう。だって必要無いだろう? そんなことを言っても本筋には関係ない、言わば蛇足だからだ。

 私は直ぐにドラゴンの巣へと向かった。調査によれば山頂の切り立った岩にあるというそれは、人間が行くには困難だといえる。

 まぁ、だからといって諦めるわけにもいかないのだが。


「ええと……ロープと鉤爪はどこだったかな……?」


 私はずっと背負ってきたリュックを地面に置くと、チャックを開けて中の物を取り出していた。中に入っていたものは、当然調理器具も含まれていたが、私が今使いたいものはそれではない。

 ロープと鉤爪を取り出して、それを組み合わせる。そして鉤爪のあるほうを上に投げて、岩肌に引っかからせる。それだけで準備は完了だ。あとはロッククライミングの要領で山を登っていくだけでいい。それだけで切り立った岩肌だって上ることが出来る。

 ドラゴンの巣は、草木でできている非常にシンプルなものだった。しいて言えば、鳥の巣とほぼ同じような構造となっている。ただし、ドラゴンは鳥と比べて非常に大きいため、もちろんのことながら鳥と比べて大きい素材で構成されているのだが。

 巣には、ひとつ卵が置かれていた。


「おっ、ラッキーじゃないか。卵があると、美味しいスイーツが作れる。こいつはラッキーだねえ。まだドラゴン……親はいないようだし、ここは急いでこいつをかっぱらってしまうか」


 そして私は――その卵を手にした、その時だった。


『愚かな。人間が、我らの卵を盗むというのか』


 声が聞こえ、思わず私は硬直した。動けなかったんだ。まさかドラゴンがすぐそばにいるとは思いもしなかった。そして、その声は背後から聞こえたが、それを聞いても振り返ることが出来なかった。

 ドラゴンが背後に着地する。


『……本当ならば、ここで殺してしまいたいところだ。なぜなら同族に手をかけようとしているのだからな』


「卵は卵だ。生きているとは言えない」


『黙れ。そんなことはありえない。それはすなわち、人間で言うところの胎児は生きていないと宣言していることと同一になるぞ』


「……そういわれてしまえば、間違っていないかもしれないねえ。で、どうする? 私を殺すか?」


『さすがにそんなことをするほど、私は厳しいドラゴンではない。……そうだ、一つしようと思っていたことがあったのだよ』


 ひょこっ、と私の前に現れたのは小さなドラゴンだった。この大きさは、きっと子供のドラゴン――生まれてからそう時間も経過していないものだと思われる。


『一応言っておくが、ドラゴンが小さいからと言って人間にとって脅威に変わりないことは知っているだろう? 私はここを動くことは許されない。だが、私はやらないといけないことがある』


「……すること?」


『そうだ。ある喫茶店に向かい、その店を繁盛させろ。それが罰だ』


「罰、って……。私は何もしていないぞ? ただドラゴンの卵を盗もうとしただけ……。しかも実際には盗んじゃいない」


『未遂だろう? 実際にしていなくても未遂なら、十分罪として成立している』


「なんだと……。それはちょっとおかしい話じゃないのかい?」


『いいや、まったくおかしくない。これ以上話をぐちゃぐちゃにする必要もなかろう? まずは私の話を聞いてもらおうか。恩を返したいのだよ、私は。その喫茶店に』


「恩返し、ってことか?」


『まあ、そういうことになるだろうな。私はかつて、その喫茶店の主に命を救われた。だから恩返しをしたい。その店に恩返しをしたいのだよ。繁盛させるのが、店の重要条件だろう? だから私はどうにかしてそうしたかった。……だが、ここを離れてしまえばすぐに人間どもはここを占領してしまうことだろう。だから私は離れられない。だが、子供だけに頼むわけにもいかないし……』


「それで、適役が私、ということか?」


『そうだ。お前はコックなのだろう? ならば、都合がいい。むしろちょうどいい。完璧だ。なぜこのようなタイミングに来たのか……それは神のみぞ知る、と言ってもいいだろうな。それくらいの「奇跡」だよ』


「……そんな奇跡、できることなら伺いたくないものだが」


『一応言っておこう。万に一つと私は気持ちを変えるつもりはない。お前がドラゴンの卵を盗もうとした事実、それは一切変わらない。だから、私のために力になってくれないか。その喫茶店を救ってくれ』


「……救う、ねえ。別に断ることはしないけれど。私だって料理人だし。それに、具体的な場所に勤務していないから、それもそれでアリかも」


『そう思ってくれて助かる。それでは――まあ、君には関係ないかもしれないが、二つ「枷」を用意しておいた』


 そして、私の身体は――光り輝いていた。


「何をした……!?」


『なに。一つ、私の呪いをかけた。まじない、というやつだ。たぶん君は、きっと守ってくれると思うけれど……守らなかった場合の保険ってやつだ。君の身体を――』


 そして、私は――私の視界は、黒に染まった。



 ◇◇◇



 気づけば、私はカウンターで居眠りしていた。


「ううん……ここは?」


 周囲を見渡すと、古い棚にたくさん積められているティーカップ、コーヒー豆、その他もろもろ……。ようく見ると、ここが喫茶店だと理解できる。


「もしかして、あのドラゴンが言った喫茶店って……」


「その通りです。ここは、あなたの言った通り、私の父の言っていた喫茶店になります」


 声が聞こえた。

 そちらに向くと、背後に黄色い髪の少女が立っていることに気が付いた。メイド服に、分厚い本を持っている。肌をよく見ると鱗がついている。……誰?


「ああ、そういえば自己紹介をしておいたほうがいいかもしれませんね。私の名前はティア。一応言っておきますが、苗字はありません。だってドラゴンの娘ですから」


「それじゃ、一つ目の『保険』というのは……」


 ティアは私の言葉を聞いて、頷いた。


「ええ。私が補助として就く。仮に何かあったとき、私が力になるということです。具体的に、目標を達成するまでの間……でしょうか」


「目標?」


「このお店を、世界中の人々が笑顔で染まるような場所にしたい」


 端的に、ティアは言った。


「――この店のオーナーが言った願いですよ。ですが、オーナーは死んでしまいましたけれどね。そして、オーナーから我々が引き継いだのがこのお店。ただし、このお店は我々がその目標を達成するために、達成しやすくするために、設置していますけれどね」


「……というと?」


「この空間は、別の世界とは違う時間軸で進行しています。正確に言えば、『どの世界にも属していない、独自の世界』を構築していると言えます。この喫茶店と、庭。それがこの世界を構成するすべてです。そして、この世界を守るのが私たち……ということになります」


 ティアという少女の話は続いた。


「あなたがどう考えるか私には解らない。逃げ出すかもしれない。母さんはそれを赦さないかもしれないけれど……、私は別に逃げたって構わない。そう思っている」


「親子で考えが食い違っているのだな?」


「まぁ、ドラゴンは自主性が問われるからね。それくらい当たり前だよ、ドラゴンの世界じゃ常識」


「ドラゴンの世界、ねえ……」


 私はただの人間な訳だけれど。

 全く、人間にドラゴンの常識を持ち込まれても困るよ。私は人間なのだから。予め繰り返しておくけれど。


「……何か、『何を言っているのか解らない』的な感じにも見えるけれど、きちんと物事を把握或いは理解してから進めたほうがいいと思うけれど? 実際問題、物語がどう転ぶだなんて誰にも解らない。解りきった話でも無い。……あぁ、そういえばあなたたちの世界ではこのことをこう言うのだっけ?」


「何て?」


「五里霧中」


「……世界を間違えていないかしら?」


「うん? 世界を間違えていないか、とはいかに詩的な表現だろうか。面白い、いやはや面白いね。母さんがあなたにこの喫茶店を任せた理由が、ほんの少しだけ解った気がするよ。ほんとうに、ほんの少しだけね」


「そこ、強調する必要あるか……?」


 ティアは笑っていた。その一所作一所作が、とても優雅に見えた。

 きっと親に仕込まれたのかもしれない。この時をずっと待っていたのだろう。

 ……私は小さく溜息を吐いて、伸びをした。

 こうなってしまえば、仕方がない。

 郷に入っては郷に従え、という古い言葉もある。

 だったら思いっきりしたがってしまえばいい話だ。


「……いまさらここで私が言わずとも問題ないと思いますが……、この喫茶店で働いてくれますね? メリュー」


「私がいまさらこの状況で否定するとでも? ……解っているよ、このお店を自分のものにしてもいいのだろう? 素晴らしいではないか! 最高だ。完璧だ!」


「……まあ、意味合い的には間違っていませんが。一応言っておきますが、ここのお店のマスターはあくまでも私ですよ? まあ、普段はあなたで構いませんが」


「了解。客にも私がマスターという意味合いでいいのか?」


 こくり、とティアは頷いた。

 ティアはそれ以降何も言わず、カウンターにある椅子にちょこんと座り、分厚い本を読み進めていった。

 ま、何とかするしかないか。

 私はガリガリと頭を掻いて、そう言った。



 ◇◇◇



 メリューさんから聞いた話は、とても長い話だった。というか、こんな長い話だったのにしっかり物語の中に落とし込むって、メリューさん話をするのがうまいな。ほんとうに。


「……どうだった、ケイタ。私の話は。長い話だったかもしれないが、これでも随分と搔い摘んだんだぞ? ほかにもいろいろとあったんだがな、それはさすがに割愛させてもらうことにしたよ」


「うん、それでいいと思う。実際問題、今の話だけでも理解するのに時間がかかりそうだから……」


 別に頭が痛い、というわけではない。その話が長くて整理するのに時間がかかりそうだ、というだけだ。

 それにしてもティアさんはこの長い話を聞いても何も反応を示すことはなかった。まあ、当然といえば当然かもしれないけれど。ずっと本を読んでいる、とでも言えばいいかな。ハードカバーの分厚い本。いつもあの本を読んでいる気がするけれど、この際何の本を読んでいるかは気にしないほうがいいのだろうな。

 そしてメリューさんは椅子から立ち上がり、厨房へと戻っていった。


「昼休憩は終わりだ。仕事に戻るよ。いいかい?」


 それを聞いて、俺ははい、と頷いた。

 まだまだメリューさんに聞きたいことはあるが、それをすべて聞き終えるまでには、まだだいぶ時間がかかりそうだった。

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