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第8話 ケイタのクラスメイト

 私は時計を見ていた。

 なぜか、って?

 ケイタがやってこないんだよ。いつもやってくるはずの時間になっても、来る気配がない。連絡手段も一応持っているのだが、その連絡手段を通して遅れるとかそんなことも言っていない。

 少しは心配になってくるのだが、しかし連絡しても連絡が取れないのだから何もできない。


「……しかし、どうしようもないしなあ」


 あいつの世界に行ってみるか?

 ……いやいや、そいつは駄目だ。先ず、この角をどう隠せばいい? ケイタの住む世界では、一番迫害されているという。面白がる人もいて、それが世界中に流布される可能性もあるのだとか。……まあ、『こすぷれ』とやらに思われれば、まだ可能性として問題ないらしいが、そこまで私には解らない。

 もどかしく思う間も、時計の針は進んでいく。

 どうしようもない。そう思っていた、その矢先――。

 カランコロン。

 ドアについていた鈴の音が聞こえて、私は立ち上がる。

 入ってきた相手は私の予想通り――ケイタだった。

 だが、それだけではなかった。

 ケイタの後に、もう一人。

 スカートを履いた女の子だった。


「すいません、メリューさん。ちょっと遅くなってしまって」


「へえ。……すごいいい雰囲気ね。というか、え、はじめまして。私のせいで遅くなってしまったので、ケイタをあまり怒らないでくださいね」


 そう言って女の子は頭を下げる。

 いやいや、別に私は怒っているわけではないぞ? 怒っているわけではないのだが……。正確に言えば、心配していただけだからな。連絡くらいしてほしいものだよ、まったく。

 それについて私の口から伝えると、ケイタは、


「それについてはほんとうに申し訳ないです。連絡しようとは思っていたのですが、ちょいと彼女につかまってしまって――」


「つかまってしまった、それについては理由にならない。なぜこうなったのか教えてはくれないか? それを聞いて判断することにしよう」


 私はその女の子も含めて話を聞くことにした。さながら事情聴取みたいなものだが、まあ、聞くことについては悪いことではないと思う。大方、私の予想通りだと思うけれど。

 解りました、と言ってケイタはカウンターに腰かける。女の子もケイタに合わせてその隣に腰かけた。まだ時間はある。ゆっくりと話してもらって構わないぞ。

 そうしてケイタは、少し前の出来事について話し始めた――。



 ◇◇◇



 終業を知らせるチャイムを聞いて、俺は立ち上がった。

 今日も学校は何事もなく終了した。そう自己完結させてクラスを後にすると、いつも通り一目散に玄関へと向かい、そのままいつもの場所へ。そしてボルケイノに入り、バイトを始める。それが俺のいつものスケジュールだった。


「ケイタ、待ちなさい」


 ……また、始まった。

 俺は小さく溜息を吐いて、踵を返した。

 そこに立っていたのは、俺のクラスメイト。正確に言えば、俺の幼馴染。

 その名前は柊木桜。もっと言うならば、クラスの学級委員も務めている優等生だった。

 踵を返して、俺は桜と向かい合う。


「どうした、桜? 俺に何か用か?」


「何か用か、ではないわ。どうしてあなたが毎日こんなにそそくさと帰ってしまうのか、それについて今日こそ解決させてもらうわよ!」


 ぴしっ! と俺を指さして桜は言った。

 というか小学校の頃に人のことを指ささないと習わなかったのか?

 桜の話は続く。


「取り敢えずそんなことはどうだっていいの。そんな細かいことよりも、私が気になっているのはたった一つ。……どうして定時ダッシュする必要があるのか、ということよ。家に帰って、何かするほどの用事があるということ?」


 定時ダッシュとか社会人みたいな言い回ししやがって。

 なんというかどこか背伸びした言い回ししている気がするんだよなあ、桜は。昔からいつもそうだ。いつもそうなんだよ。

 俺は溜息を吐いて、桜に話す。


「じゃあ、桜。言うけれどさ、それを俺がお前に言う必要性は有るのか? 理解できないと言っても過言ではないし、そこまで突っ込まれるともはやプライバシーの問題にもなると思うのだけれど?」


「何言っているのよ、私はあなたのお母さんから守るよう言われているの。だから、あなたがそそくさと帰っている理由を聞くのも当然の理由でしょう?」


 どこが、だ。

 一体全体どういう理由なのだ、と。

 そもそも母さんがどうして桜にそういう風にゆだねたのかが理解できない。一応言っておくけれど、思春期の男の子って一番秘密があるところだし、それを母親や異性に知られたくない段階だってことは、知っているだろ。それくらい理解してくれよ。

 そこのところ、母さんと桜は似ているんだよなあ……。根が真面目、というか。真面目すぎるだけなのだと思うけれど。

 そんなことはどうだっていい。

 問題はどうやって桜を振り切るか、だ。このままだと確実にボルケイノに行く時間が無くなってしまう。無くなってしまう、とはどういうことか? それはつまり、メリューさんにとことん怒られてしまう、ということだ。

 所詮雇われの身である俺は、雇い主であるメリューさんに逆らえるわけもない。逆らうとしたら、それこそボルケイノを辞めるときだろう。まあ、そんなタイミングは当分訪れないだろうけれど。


「ねえ、聞いているかしら?」


「ああ、聞いているよ。聞いているとも。けれど、桜の質問には答えられない。俺は急いでいるんだ。申し訳ないけれど、またいつかの機会に話すことにするよ」


「そう言って……! 話す機会なんて永遠に現れないじゃない! 追い続けるからね、私は!」


 もう間に合わない――そう思って俺は走り出す。

 すでに靴に履き替えていたから、外に走り出すことは簡単だ。桜は運動神経もいいけれど、俺より足が速いことは無い。だから全力で走れば追いつかれることは無い――!

 そして背後を振り向くと、案の定追いついていないようだった。

 勝った……! と俺は心の中でガッツポーズをして、なおも町の中へと走っていく。

 目的地はボルケイノへと繋がる異世界への扉。

 そこは俺にしか見えないし(正確に言えば俺と、俺に触れている人間になるのかな)、許可されている人間にしか入ることは出来ない。だから扉まで逃げ切ってしまえば――。

 そう思って、俺は走っていく。目的地へと、残された時間はもうあまりない。



 ◇◇◇



 そんなこんなで街の雑踏を抜けて、いつもの場所に到着。

 時計を見ると、いつもより五分オーバー。まだ許容範囲内か。とはいえ、メリューさんに怒られるのは確実だろう。


「ふーん、こんな暗いところでいったいなにをするのかしら? ケイタくん?」


 その声は、今の俺にとって悪魔の囁きにも聞こえるものだった。……いや、それは大間違いか。正確にいえば、魔王の言葉かも。世界の半分をくれてやろう的なやつ。

 そこに立っていた人間を、今更説明する必要もないだろう。

 そこにいたのは、桜だった。


「どうしたのよ。まるで私に見つかるのがこの世の終わり、みたいな顔しちゃってさ。そんなに私に見つかることが、不都合でもあるわけ?」


「いや、そんなつもりは……」


 ない、といえば嘘になる。

 もっと言うならば、不都合しかない。このままだと俺がボルケイノに向かうことができないじゃないか!

 ……というツッコミはさておき。

 問題を解決する必要がある。目の前にある、ビッグバン級の大問題だ。それを解決しない限り、俺はボルケイノへと向かうことが出来ない。


「ねえ、どうして私に隠し事をするの?」


「その言い回しだと、俺はお前に一切隠し事してはいけない、という結論にたどり着くのだが?」


「当たり前でしょう?」


 まさかの全肯定!?


「別に疚しいことは無いのでしょう? だったら別にいいじゃない。それを教えなさいよ。あなただけ面白いことに手を染めようったってそうはいかないわよ!」


 まるで俺が悪事に手を染めているような言い回しだが、完全に語弊しかない。

 刻々と時間は迫る。このままだと間に合わない……。

 ここで、俺は、一つの賭けに出た。俺はこいつと長い間腐れ縁を続けてきたけれど、口が堅いことは知っている。


「……なあ、お前、もし俺が人にあまり言えないことをしていたとしても、話さないか」


「明確に悪いことを働いている、と私が認識しなければ、ね。どうしたのよ、そんな真面目な口調で話しちゃってさ」


「いや、ちょっと気になっただけだ。……そうか、明確に悪事と認識しなければ、か……」


 俺がしていること。

 それは簡単に言えば喫茶店のバイト。ただし、その場所はどのような世界にもつながる『異世界』だ。

 異世界の喫茶店でバイトをしている――端的に言えばそれだけだが、それを言って果たして理解してくれるだろうか? 常識を持っている人間ならば、頭のおかしい人間と思われるか、あるいは妄想を適当に言っているかのいずれかと感じとるに違いない。

 だが、実物を見せればきっと――。

 そう思った俺は、頷いて、桜に言った。


「お前にいいものを見せてやるよ。ただし、これから見るものは口外しない、という約束でね」



 ◇◇◇



 ……ことの顛末を聞いて、私は溜息を吐いた。

 だって、そうだろう? つまりこいつは、口が堅いだろうという認識だけで、勝手に異世界に連れ込んだということなのだから。まあ、それについては別に問題ない。だって客として持て成せばいいのだから。


「……別にいいじゃない。ここで立派に働いているのでしょう? 何を隠す必要があるわけ」


「だって、考えてみろよ。異世界で働いています、なんて言葉誰が信用できる? 誰も信用できないと思うぞ。現に俺もここに来た時は理解できなかった。今はもう慣れているけれど」


「あなたにとっては違うのでしょう?」


「……え?」


 少女の言葉を聞いてケイタは首を傾げた。

 少女はなおも話を続ける。


「だって普通に考えてみれば、あなたはここでずっと働いてきたのでしょう? それは誇らしいことじゃない。私とおなじ年齢で働いているということ、ほかの人が知ったら驚くわよ?」


 それはその通りだ。

 ケイタが何を言っていたのか、はっきり言って私は知らないし知るつもりもない。そこに関してはプライバシーのこともあるからな。かなり面倒になるから、面倒になることは、私は放置しておきたい主義だ。


「それはそうかもしれないが……」


 ケイタ、折れるのが早すぎる。

 いくらなんでももうちょっと粘ったりしないのか……。

 そんなことを言ってしまうと、いったいお前はどちらの味方なのかという発言が出てしまうけれど、私は中立の立場だ。それが一番便利と言ってもいい。


「……解ったわ」


 そこで少女は溜息を吐いて、納得したかのように私の前に立った。


「あなたがオーナーの方?」


「まあ、そうなるな」


 正確に言えばティアがオーナーになるのか? まあ、どちらでもいいと思うけれど。実際経営をしているのは私だし。


「こんなことを言うのは、大変烏滸がましいことかもしれませんけれど……、私をボルケイノで雇ってはもらえませんか?」


「……いいよ」


「そうですよね、こんなこと突然言ってしまってほんとうに失礼だと…………え?」


 テンプレートのような反応を示した少女は私を見て目を丸くした。

 いや、だって人は多いほうがいいし。特に今の状況、ケイタと私、それにティアだけじゃ心もとない。誰か雇おうにも誰も知らない人間をバイトで雇うのもちょっと心が引ける。じゃあ、誰かの知り合いと言っても私には知り合いと呼べる人間はもう居ないし、ティアはそもそも問題外だ。となると、ケイタに頼ろうと思っていたのだが……。


「別に構わないよ。人手不足だったことは確かだ。だから、雇うことは可能だ。……一応言っておくが、過酷だぞ?」


「はい! それは百も承知です!」


 そう言って笑顔で頷く少女。


「……そういえば君の名前を聞いていなかったな。名前は?」


「私は柊木桜、と言います」


「サクラ……か。解った、よろしく頼む。では早速今日から働いてもらうことは可能か?」


「ええ、大丈夫です!」


 唯一ぽかんとした表情を浮かべているケイタだったがそんなこと知ったことではない。今ボルケイノは人手不足だ。人が必要なのだ。猫の手でも借りたい、とはケイタの世界でよく使う言葉らしいがまさにその通り。現在、そのような状況がボルケイノには訪れているのだから。

 頷いて、私はサクラに言った。


「それじゃ、制服を用意しよう。ついてきて」


 そう言って私はサクラをバックヤードへと案内していった。

 サクラは私に付いていこうとしたタイミングで踵を返し、ケイタのほうを向いた。


「そういうことだから、ここでもよろしく! ケイタ!」


 ボルケイノも、少しは騒がしくなるだろう。

 私はそう思いながらその光景を眺めていた。

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