カウンターで煮物の芋を頬張るラインハルトさんは俺に唐突にこう問いかけた。
「あの料理を作っているメイドの好きなものを知っているか?」
「料理を作っているメイド……ああ、メリューさんのこと? メリューさんの好きなもの、か……」
そもそも。
どうしてラインハルトさんがそんな質問をしているのか、ということになる。
まあ、なんとなくではあるが理由は理解できる。きっと、ラインハルトさんはメリューさんに恋をしてしまったのだろう。そんなベターな理由で、しかも本人には聞けないから一番近い存在で、なおかつ一番聞きやすそうな俺に訊ねた、って魂胆だろう。
正直、見え見えな気持ちだが、それは教えない。本人の気持ちを尊重して、のことだから。
「……でも、正直な話俺も知りませんよ。幾ら付き合いがあるとはいえ仕事中の付き合いしかありませんから。そこまでの話はしませんし」
「だからこそ、だよ。別にその解答をすぐ求めているわけではない。まさに、これからだ。これから君が質問をしてくれればいいんだ。メリューさんの好きなものを、質問するんだ。そして、僕に教えてほしいのだよ」
「とはいえ、ですねえ……」
まあ、この前いろいろあったからどちらかといえば前に比べれば聞きやすくなった……のか? ちなみに『いろいろ』の詳細については……まあ、過去のエピソードを呼んでもらえると大変有難いかな。
さておき。
コーヒーカップに入っているコーヒーが無くなっていることに気付いた俺は、それにコーヒーを注いだ。ちなみに常連に関してはコーヒーは飲み放題となっている。相手が『飲みたくない』というまで続くので、止めないと終わらない。それは最初の注文時に念を押しているので、みな理解している。
「……有難う。それにしても、ここのコーヒーは美味しいな。君が煎れているのか?」
「ええ、まあ。最初はメリューさんに怒られましたが、何とか褒められる……いや、正確に言えば何も言われない程度、ですかね。それくらいには成長した感じでしょうか」
「ふむ。メリューさんも厳しいなあ。しかし、それがあるからこそのクオリティを保つことが出来るのだろうね」
そう言ってラインハルトさんはコーヒーを一口啜る。
そんなこんなあって、会計時。
ラインハルトさんは僕に耳打ちするように近づいて、言った。
「――それじゃ、彼女の好きなものを聞いておいてくれよ。よろしく頼む」
そう言って、ラインハルトさんは適当に会計を済ませると、そそくさと去っていった。
◇◇◇
「私の好きなもの?」
休憩時間、正確に言えば昼休み。
俺はメリューさんにそれとなく訊ねてみた。もちろん適当なタイミングで切り出したわけじゃない。日常会話を続けに続けた上に、そう話しかけただけのこと。だから、まったく間違った流れを生み出したわけではない、ということだ。
「ええ、まあ、ちょっと気になりまして」
「気になる、と言ってもなあ……。あんまりおもしろい話題でもないぞ?」
「まあ、それでもいいじゃないですか。話のネタにはなりますよね?」
ちょっと念を押してみた。なんか不審に思われないか、と思ったけれど――何とか今のところメリューさんは不審に思っていないようだ。
メリューさんは上を向いて、何か考えるような様子を見せる。
そして、メリューさんは暫く考えた末、口を開いた。
「そういえば、それって食べ物か?」
「ええ、そうですね」
「だったら、あれが好きだったな。あの料理だ。……ポテトサラダ、と言えばいいのかな。蒸かした芋を潰して、様々な野菜をトッピングしたものだ。家族がそれを作ってくれるのが、楽しみでね」
ポテトサラダ、か。
確かにあれは美味しい。俺の祖母もポテトサラダを作っては、叔父さん叔母さんに食べさせていたっけ。叔父さんと叔母さんはそのポテトサラダを食べて生きてきたから、それがとても懐かしく思えるのだろう。毎回祖母の家に帰っていくタイミングで、毎回ポテトサラダを食べているし。
「……で、それを質問した意味はあるのか? 正直理解できないが……」
「ん、あ、いや、充分ですよ。ありがとうございます。……さてと、休憩を終わりにしますか。まだ人は来ないから、メリューさんは休憩していていいですよ。俺はまだいろいろと残っているので、早めに休憩を抜けるだけですから」
そう言って俺は休憩を早めに切り上げて、カウンターへと戻っていった。
「ポテ……ト、サラダ? なんだ、それは。そのようなものが好きなのか?」
三日後、ラインハルトさんがやってきたタイミングで、俺は『宿題』をラインハルトさんに提出した。その答えを聞いてラインハルトさんは首を傾げていたが、少しして理解し始めてきたのか、何度か頷いてコーヒーを啜った。
「ふむ、ふむ! 成る程ね。それさえ理解しておけばいい。ありがとう、ケイタ。君のおかげでまた一つ彼女のことを知ることが出来たよ。それじゃ、また」
残っていたコーヒーを一気飲みして、お金を支払って、ラインハルトさんは去っていった。
◇◇◇
後日談。
というか、今回のオチ。
結局、あのあとラインハルトさんはポテトサラダをメリューさんに差し出したのだという。いったい誰に作ってもらったのだろうか、それについてはよく解らないのだけれど、問題はそこからだ。
「この前、唐突にあなたが、私に好きなものを質問したじゃない? それって、これのことだったのね」
ああ、やっぱりメリューさんには嘘を吐けないな。
俺はそう思って、こくりと頷いた。
それを見たメリューさんは溜息を吐いて、
「別にいいのだけれどね、問題はポテトサラダだよ。残念ながら、ポテトサラダは日持ちしない。だからこれを食べるわけにはいかないよ。お腹を壊すわけにはいかないからね」
「日持ちしないんですか」
「そうだよ。だって考えてみたまえよ、芋にマヨネーズだぞ? まあ、料理に従事しない人間はあまりそんなことを考えないだろうがね。……だからといってこれを無駄にするわけにはいかないな。いったい誰に作らせたものなのだろうか……」
そう言ってメリューさんはフライパンに油を入れて、火をつけた。
油が弾けるほど火が通ったタイミングで、ポテトサラダをフライパンの中に放り込んだ。
「……え、え? メリューさん、いったい何をしているのですか??」
「何を敬語にしている。簡単なことだよ、日持ちしないのならば炒めてしまえばいい。正確に言えば、火を通す、ということかな。そういうことをすれば、最悪食べることは出来る。まあ、それが正しい選択であるかどうかは別として、これで味がダメだったら、もうどうしようもないよ」
そう話していくうちにポテトサラダに焼き目がついていく。
それを固めてハンバーグのようなテイストに仕上げていく。
そして塩を振って、それをさらに盛り付けて、俺のテーブルの前に置いた。
「……これは?」
「毒味だ。一応熱消毒したけれど、ほんとうにそこまで消毒できたか怪しいからな。一先ず口にしてみろ、そして問題無さそうなら食べる」
毒味、か。
まあ、メリューさんの目には俺が共犯者に映っているようだし(そもそも犯罪をした覚えはないのだが、今それをメリューさんに言ったところで何か俺の立場が良くなるとは到底思えない)、だったらここは素直にメリューさんの言葉に従ったほうがいいだろう。
そう思って、俺はフォークを手に取ると、一口分にポテトサラダを切り分けて――それを恐る恐る口に入れた。
……美味い。
ポテトサラダが美味いことは当然理解していたが、ポテトサラダに焼き目をつけて塩を振るだけでこれほどまでに風味が違ってしまうとは知らなかった。
「どう……? まあ、その様子だと食べても問題無さそうね。それちょうだい」
そう言ってまだ残りが刺さっているフォークごと奪い取ると、その残りをメリューさんは自分の口に入れた。
少し考えてメリューさんは呟く。
「うん……。なかなか美味しいわね。まあ、ちょっと私なりにアレンジしちゃったけれど、おそらくアレンジ前からも美味しかったでしょうね。ふうん、誰に作らせたか知らないけれど、腕のいいコックじゃない」
別の日、正確に言えばラインハルトさんが来店した日に、メリューさんに気付かれないようにそれを言ったところ、「あれは俺が作ったんだ!」と声を抑えめに憤慨したのは、また別の話。
まあ、なんというか……一言言えることは、こんなことであわただしくなるくらい、ボルケイノは今日も平和だということである。