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第6話 占いとラッキーアイテム (メニュー:バーニャカウダ)

『……というわけで星座占いの最下位の、今日のあなたのラッキーアイテムはバーニャカウダ! アンチョビソースに野菜をディップして、野菜本来の味を楽しんでね!』


「それってただの料理の宣伝じゃねぇの?」


 スマートフォンのワンセグ機能でテレビの占いを見ながら、俺は道を歩いていた。別に占いが好きなわけじゃない。占いはニュース番組――お笑い芸人がキャスターをしているから、どちらかといえばバラエティー要素が強い――の最後、即ちオマケで見ているものなので、あんまり気になって見ているわけではない。

 習慣で、最後まで見ているだけだ。


「バーニャカウダ、ねえ……」


 正直、そんな簡単に食べられるものではないと思うのだが。だってアンチョビにオリーブオイル、家庭にあまり潤沢にあるとは言えないものばかりだ。というか一時期バーニャカウダって流行ったよなぁ……何で流行ったんだろう?

 そんなことを考えながら、俺は漸く店の前までたどり着いた。――失礼、正確に言えば『この世界での』店の前だったな。

 目の前にある古い木の扉――それが店の入り口だった。正確に言えば裏口だ。俺のために用意された、俺専用の入り口。あまりにも特殊な概念過ぎて、俺以外の人間がこの扉を視認することは出来ない――らしい。確かめたことが無いので、正直解らない。


「こんにちはー」


 そう言って俺は扉を五回リズム良くノックする。これは『決まり』だ。視認出来ないとはいえ、万が一ということもある。それを考えると、こういうことも大事だ――メリューさんはそんなことを言っていた。

 そして俺は扉を開けた。

 異世界唯一のドラゴンメイド喫茶へと繋がる扉を――。



 ◇◇◇



 店に入ると、思った以上に静かだった。時間を併せたとはいえ未だ昼過ぎ、寝静まるには未だ早い。それともドラゴンには昼寝をする習性でもあるのだろうか――。


「そんなこと、あるわけ無いだろ」


「……メリューさん? 背後から突然姿を見せるのはやめてもらえません? 流石に肝が冷えましたよ?」


「別に驚かすつもりなんて無かったよ。……まぁ、声を上げなかったのは褒めてやる。もし少しでも驚いた声を上げていたら私はお前を殴っていた」


「理不尽。相変わらず理不尽」


「それを言うと私が毎回理不尽な言動をしているように聞こえるだろうが……。まぁ、いい。そんなことより、情報の共有をしようではないか。これによって何が生まれるか解らないが、少なくとも今の状況が瓦解することだけは防げる」


「……いったい、何が?」


 俺の質問にメリューさんは――ある一点を指差した。

 俺もその方向を向いてみる。そこに居たのは――毛布をかけられ、すやすやとカウンターの席を陣取って眠っているティアさんの姿だった。


「ああー……成る程」


 あの時の頭の回転率の速さは、きっとピカイチだったに違いない。

 ティアさんの寝相の悪さは、最悪なのだ。先ず平気で人を殴る。叩く。蹴る。嘲る。

 ……最後は「絶対お前寝ていないだろ?」とメリューさんに突っ込まれるレベルだが、彼女は寝ている間の記憶は皆無なので、質問責めしても無駄なのだった。


「彼女はつい二時間前に寝たばかりでね。だが、もう時間的に夜の作業もしなくてはならない。運がいいことに、この二時間誰も来なかった。ほんとうに運がいいことだよ」


「それは確かに」


 仮に誰か来ていたら強引にでも起こさねばならない。従業員が寝ているお店なんて、言語道断である。

 まあ、だからといって彼女を強引に起こすことで何が起きるのか――それは、もう、誰もが解っていることだった。


「どうしましょうかねえ……。もうこれ以上作業の邪魔になってしまうし。寝相が悪いことを覚悟して起こすしかないかもしれないわね。そうなったときは、ケイタ、頼むぞ」


「ええっ」


 それはとんだとばっちりだ。

 最低だと、言ってもいい。


「でもどうやって起こすんです? 寝相が悪いことは知っていますけれど、起こすまでが大変なのも一緒じゃないですか。だからまず起こさないと」


「解っている。解っているよ」


 頭を掻いてメリューさんは言った。こういう時のメリューさんは考えていてまだ頭の中に考えがまとまっていない様子を指しているので放っておいたほうがいい。逆にここでぐだぐだと言っているとまた問題を引き起こすことになる。正直ティアさんの問題だけでおなか一杯なのにここで問題を増やしたくない。

 さて、ならばどうすればいいか――ああ、何も問題がなければメリューさんに占いの話でもしようと思っていたのに――ん?


「占い?」


 俺は最後に思っていたその単語を呟いた。

 それを聞いたメリューさんが顔を上げる。


「……どうした、ケイタ。唐突にそんなことを言って。気でも狂ったか?」


「違いますよ! 占い、アイテム、ラッキーアイテムです! ラッキーアイテムはバーニャカウダ……うん、これだ!」


「何を言っているのか、さっぱり解らないのだが……」


「いいから、僕の言うものをこれから作ってください!」


「言うもの? 食べ物で釣る気か?」


「まあ、間違ってはいませんけれど」


「そんな簡単に釣れるものかね?」


「まあ、やらないと解らないじゃないですか」


「食べたいだけじゃないのか?」


「……違いますよ」


 そこは自分でも、オイすぐに否定しろよ、と思った。

 それはともかく、メリューさんに料理を作ってもらうことにしよう。

 俺のラッキーアイテム、とびっきり美味しいバーニャカウダを。



 ◇◇◇



「先ずニンニクを用意します」


 そう言って俺はオーブントースターで事前に焼いておいたニンニクをマグカップの中に入れた。量的には一欠片。本当は一気に潰してしまえばいいのだが、それほど多くのものを食べなくていいので(時間的な意味で)、取り敢えずこれでいいだろう。あと、接客業が口からニンニクの匂い漂わせるのもダメな話だし。

 つぶしたニンニクにバーニャカウダの残りの材料を入れていく。俺の隣でぐつぐつと煮えたぎっているオリーブオイルだ。ほんとうは混ぜ合わせてから温めればいいのだけれど、取り敢えずそれは問題なし。今からそこに入れればいいだけだ。

 オリーブオイルをマグカップに注ぎ、アンチョビを少し、最後にブラックペッパーをかけて混ぜ合わせる。それをお店で一番小さいコンロの上にのせて弱火(とろ火、とでもいえばいいか?)に調整して温めていけばソースは完成だ。


「野菜、こんなもんでいいのか?」


 メリューさんはそう言いながら俺に短冊状になった野菜の山を見せた。正直そんなに必要とはしないのだが、まあ、別に問題ないだろう。何かで再利用すればいいだけの話だ。

 それにしても、ほんとうに量が多い。野菜がてんこ盛りに盛られたその皿だったが、不思議と雑念とした様子は見られない。寧ろ綺麗なグラデーションを描いている、と言ってもいい。そのグラデーションが食べる意欲をそそらせるのだ。たぶん、なんとなく。

 火を点けてソースを熱しているため、とっくに店内にソースの香りが充満していた。きっとこの香りの源を断ったにしても暫くは仄かにその香りが残るに違いない。


「むにゅう……。いい香り……」


 ほうら、気づけば起きてきた。やっぱり料理の匂いにはかなわないのである。そういうものだ。人間ってものは……。いや、ドラゴンだったな、この場合は。

 ティアさんは椅子から飛び降りて俺のほうへとてとてと向かってくる。本を持っているが、その本を抱えている姿はやっぱりどこか幼い。メリューさんが姉で、ティアさんが妹――そういわれても遜色ない気がする。


「流石だな、ケイタ。まさかティアをこんな簡単に起こすことになろうとは」


「褒めるならテレビの占いを褒めてくださいよ。あと、ラッキーアイテムにバーニャカウダを指定した占い師も」


「バーニャカウダ……。ああ、そうか。この大量の野菜は、それにつけるためだったか」


 そう言ってメリューさんはバーニャカウダのソースを指さす。そうだ、まさにその通り。バーニャカウダのソースに野菜をディップする。とてもうまい。最高だ。

 頷いて、俺はソースを見つめる。そろそろいい感じに温まってきたかな。

 そして小さな鍋を、鍋敷きの上に置いて――。


「よし、バーニャカウダの出来上がり――だ」


 適当に手に持ったニンジンのスティックをバーニャカウダのソースにつけて――それをそのまま口に放り込んだ。

 すぐに口の中にアンチョビの塩気が広がり、ちょっとだけ高級な気分になれる。ほんとうに思うのだが、テレビでバーニャカウダを安易にラッキーアイテムにするのはどうかと思うわけだ。実際問題、バーニャカウダは簡単に食べられるものじゃない。だからこそ、そう宣伝しているのかもしれないけれど。テレビってのはそういうものだ。

 ああ、美味い。アンチョビの塩味と野菜独自の風味が喧嘩しない程度に混ざり合って、ちょうどいい感じになる。とても素晴らしいと思う。やっぱり食事は幸せになれる。いいことだ。

 気づけばティアさんもメリューさんも一緒に、三人でバーニャカウダを食べていた。あんなにたくさんあった野菜スティックも無くなっていたし、アンチョビソースも無くなっていた。


「……ふう、これはなかなか美味かったな。ここのメニューに加えてもいいくらいだ」


「まじか」


 どうやらメリューさんにとって、バーニャカウダはだいぶお気に入りの部類に入ったらしい。


「まあ、作るのは君だけどね、ケイタ?」


 ……まじかよ。

 どうやら最後までハッピーとはいかないようだ――そう思って、俺は小さく溜息を吐いた。

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