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第2話 女王のワガママ (メニュー:オムライス)

「今日もやってきてあげたわ! メリュー!」


 カランコロン、というドアに付けられた鈴が鳴る音だったが、本日ばかりは少々乱暴だった。

 理由は単純明快。入り口に仁王立ちで立っている女性のせいだ。

 ピンクのフリルがついたドレス、栗色の髪はツインテールになっている。そして、髪の上には小さなティアラが飾りのように装着されていた。

 目鼻顔立ちは整っており、どこか貴族のような雰囲気も感じさせる。

 ……ま、そう思うのは当然なんだけれどね。

 そう思って、俺は頭を下げる。


「いらっしゃいませ、ミルシア女王陛下」


 それを見て、微笑むミルシア。何で微笑んでいたのが解ったかというと、ふふふ、って声が聞こえたからだ。

 因みに今ここにメリューさんとティアさんも居る。二人も頭を下げているのだろう。

 頭を上げて、俺はカウンターへ案内する。別に地位的な問題を考えると貸し切りでもいいくらいなのだが、当の本人はあまりそういう扱いをして欲しくないのだという。独占をしたくない――とかそういうことなのかもしれない。まあ、いずれにせよ、そういう人にしては珍しい。


「今日もおいしい料理を頼むわね」


 おしぼりで手を拭きながら、そう言った。

 俺は頷いて、厨房に居るメリューさんの方へ向かった。


「メリューさん。今日の料理は?」


「もう出来ているよ、もっていってくれ」


 見るとそこにはオムライスがあった。卵焼きでつくられたドーム。そしてケチャップの色鮮やかな赤で彩られた模様。これは素晴らしい。納得してしまう。普通にこちらの世界で調理人として働いても充分いけそうなレベルだ。


「お待たせしました」


 ともあれ、俺はそのオムライスをもっていった。

 それを見たミルシアは目をきらきらと輝かせる。どうやらこれで正解らしい。


「さすがメリュー! おいしいわね。やはり、王城では出ない食べ物を食べるのは、いいことよね!」


 そう言ってスプーンでどんどん卵焼きに包まれたドームを崩していく。口の周りにケチャップをつけているがそんなこと彼女にはどうでもいいらしい。そんなことを気にせずパクパクとどんどん運んでいく。まるであまり食事を取っていないような……いや、そんなことは無かった気がする。多分。

 ミルシアを初めて見たのは、俺がこの店で働きだした三日後のことだ。その時のファーストインプレッションは未だ覚えている。高嶺の花、というやつだ。とっつきにくい印象があった。実際今もそう思う時がある。

 けれど、それがそうじゃないと印象づけられたのは、メリューさんの持ってきた料理を見てからのことだった。

 今も覚えている。確かあの時持ってきたのは――手羽揚げだった。鳥の手羽をマキヤソースや香辛料などで構成されたタレに漬け込んで揚げた、非常にシンプルなものだった。

 正直それを見て、それをミルシアが食べるのか? と思っていた。王女だというのなら、高級そうな料理を食べるだろうし自らの手を汚すような料理を食べるとは――思わなかった。というか、あの時は手羽揚げのタレの香りがあまりにも香ばしくて、接客をするよりもあの手羽揚げが余っていないかとか余っていたらメリューさんに頼んで食べたいとか、そんな自分よがりのことを考えていた。

 だが、違った。

 ミルシアはそれを両手で掴んで、そのままがっついたのだ。

 その行為が信じられなかった。

 そんなことをするとは思わなかったからだ。

 ドレスを着て、高貴な雰囲気を放つ彼女が口にマキヤソースがついても気にすることなくただ手羽揚げにがっついている。

 その光景がとても新鮮で――とても綺麗だった。

 わき目も振らず熱心に手羽揚げを食べていた彼女は、漸く食べ終えたのか、骨を皿の上に置いた。骨は綺麗になっていて、肉はひとかけらも残っていない。猫跨ぎ、ってやつだ。あ、でもあれって魚限定だったかな? もしかしたら誤用かもしれない。

 そんなことはさておき。

 差し出したナプキンで手や口を綺麗に拭くミルシア。そういう一所作一所作が、どう見ても貴族のそれだった。繊細で、丁寧で、高貴で。そんな彼女が手羽揚げにがっついていた――なんて、実際に見たにも関わらず想像できない。


「悪くない味ね」


 そう言っているが、実際には輝くほどの笑顔だ。食べる時も終始そうだったし今でもそれ以上の笑顔になっている。食べることが珍しいもの――ってことか。


「女王陛下に食べていただけて光栄です」


 頭を下げるメリューさん。

 実際に食事を作っているのはメリューさんだから、そう言われるのはとても嬉しいのだろう。


「ふ、ふん! 次はもっとおいしいものを作りなさいね!」


 なぜか顔を紅潮させて、銀貨一枚を置いて、そのまま立ち上がり出ていった。

 銀貨一枚。当時はその価値が理解できなかったが、今思えばあまりにも多すぎる量だ。この半分でも多すぎるというのに。

 けれど、毎回のようにミルシアは銀貨一枚を置いておく。毎回多すぎる旨を伝えているのだが、「受け取りなさい!」の一言でそれ以上食い下がることは無かった。


「そこの店員、お水いただけるかしら」



 ――ミルシアの声を聞いて、俺は我に返った。



 見るとミルシアはオムライスの半分を食べ終えていた。何と言うか、早い。


「はい、ただいま」


 一先ず水を欲しているので、水をコップに注ぐ。

 七分目くらいまで入れて、それをミルシアに手渡す。


「ありがと」


 それを受け取り、ごくごくと音を立てて水を飲んでいく。

 そして再び彼女は卵焼きに包まれたドームの解体作業へと戻っていった。



 ◇◇◇



「今回も悪くない味だったわ。それじゃ!」


 銀貨一枚をいつものようにカウンターに置いて、ミルシアは扉から出ていった。

 毎回思うけど、騒々しい客だと思う。


「お疲れ様」


 声を聞いて振り返ると、そこに立っていたのはティアさんだった。ティアさんはコップに満たされたアイスココアを持っていた。


「いただけるんですか?」


「休憩用。私のものはあるから、心配しなくていいよ」


 見るとティアさんの横にあるカウンターに、一回り小さいコップが置かれている。

 ありがとうございます、と言って俺はアイスココアの入ったコップを受け取った。


「大変だったでしょう。あの人と話すのは」


 あの人――というのはミルシアのことだろうか。まあ、確かに大変だ。けれど食事さえ目の前に出してやればあとは食事に集中してくれるのでそう難しい話でも無い。


「いいや、別に……。食事を食べ始めると、そっちに集中されるものですから」


 だから俺は、そのまま答えた。

 対して、ティアさんは首を傾げる。


「まあ、そうなのだけれどね……。実際に大変なのは姉さんか」


「メリューさんが?」


「そう。姉さんは毎回違う料理を作っているの。大抵ここにくる常連のお客さんは、同じメニューを所望することが多いのだけれど、あのお姫様は毎回違うメニューを所望している」


「毎回……そう言われると確かに」


 十回以上彼女の姿を見ているが、確かに同じメニューが出た記憶は無い。ということは、毎回違うメニューを開発しているということに繋がる。ほんとうに、頭が上がらない。


「そして、姉さんはあのお姫様の願いを汲んでいるの。『バリエーションの豊かな食事』をとりたい、というね」


「バリエーションの豊かな……食事?」


「貴族というのはプライドが高い生き物だから、下賤な民が食べる食料なんて食べたがらない。毛嫌いするとでも言えばいいのかな。けれど、ミルシア女王陛下は違った。彼女は興味津々でいろいろなものを食べたかった。けれど、臣下の人間はそれを許さなかった……。だから、彼女は隠れてここにやってきている、というわけ。この喫茶店の時間軸は覚えているね?」


「――どの世界とも異なる、第666時間軸に沿って時間が進行している」


 俺はかつてメリューさんから言われたことを反芻する。

 第666時間軸がどういうことかはあまり知らないが、この時間軸は『もともとその人間が居た世界の時間軸に順応する』時間軸らしい。よく解らないが、それを聞いて理解するしかない。


「第666時間軸、そう、その通り。そしてあの状態で時間軸を優先されていたのは彼女だった。彼女が望めば、ここで数十年過ごしても実際の世界では数分だけしか過ぎていないことになる。この世界、この時間軸。それがあるから私たちはここで喫茶店を経営出来る」


 ティアさんの言葉を聞いて、俺は頷く。

 ここは異世界の喫茶店。だけど、その異世界にも所属しない空間。

 そこで働く自分はあまりにも異常なのだと――認識せざるを得なかった。


「あら、あなたたち休憩しているの?」


 カウンターにやってきたのはメリューさんだった。メリューさんもひと段落ついて休憩しているらしい。

 俺は頭を下げて、アイスココアを一口。

 こうして昼下がりの喫茶ボルケイノは、こんな感じで進んでいく。

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