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なんだかぼんやりする。
そういえば俺は寝起きが悪かったんだった。
そんな俺を見て、きっと彼女もお冠だったんだろう。
いきなりダメ出しをし始めた。
「君って客観的に見て全然ダメだと思う。学生の頃からさ、勉強ができるわけでもないし、スポーツができるわけでもないし、髪型なんてほら、こんなところに寝癖がぴょっこり出てる。運動不足なんじゃないかな。もう少し筋肉をつけたほうがいいよ。ね?」
「ね」じゃないよ、と俺は少し落ち込んだ。
いや、少しじゃないかもしれない。
付き合っている子の口からボロボロボロボロと俺の欠点が出てくるのだ。
勘弁してよ、と言いたいが、彼女の言葉をちゃんと聞こうと思った。
これはチャンスなのだ。
ピンチだけどチャンス。
自分の欠点は自分じゃわからないって聞いたことがある。
だから彼女が言う俺の欠点をちゃんと覚えて、それをどうにかするんだ。
ああ、それにしても彼女に比べて俺はなんてダメなんだろう。
彼女は何だってできた。
スポーツも、勉強も。
髪型だっていつもキマってた。
でも一番すごいのは他の誰よりも努力をしていたところだ。
他の誰にも気づかれないように。
彼女は何でこんな俺と付き合ってくれたんだろうか。
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「君って女の子の気持ちもよくわかってないと思う。だって私が前に新しく買った服を着ていった時、似合う?って聞いたよね。そしたら君ったら何て言ったと思う?"いいと思うよ"っていったんだよ。私はね、君の口からどこがどういう風にいいのか聞きたかったの。どのくらい気に入ってくれたのか教えて欲しかったの」
そんなこと言われても、と俺は落ち込んだ。
だって本当に良かったのだ。
色もシルエットも本当に良かったのだ。
というか、彼女と会う時はいつも俺の好きな服を着てくる。
俺はあまり冷たい色は好きじゃないんだけど、彼女はいつも暖かい色の服を着てくる。
俺にはそういう気遣いはできない。
嫌いとかじゃなくて気づけないんだ。
大雑把な性格をしてるのかもしれない。
相手の好みに合わせることを機嫌を取ってるとか媚を売るとか、そういう風に言う人もいるけど俺はそう思わない。
俺はそれを優しさだと思う。
相手に喜んでもらいたいって心から思える優しい人だから、自分の好みより相手の好みを優先できるんだ。
じゃあ俺って何なんだろう。
彼女が俺と付き合ってくれている理由がわからなくなってきた。
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「き、君って空気が読めないよね。お、お父さんがあんなにムスっとしてるのにさ、刺激したらどかーんって爆発しちゃうかもしれないのに平気で話しかけてさ。お父さんは凄く短気だから気を付けてねっていったよね?気に入らない人にはすぐワーって怒鳴りつけるんだから」
確かに、と俺は落ち込んだ。
でも仕方ないじゃないか。
俺は君みたいに器用じゃないし──いや、苦手だったとしてもそこは頑張らなくちゃいけなかったか。
恋愛は確かに2人の問題かもしれないけど、だからって彼女の家族の気持ちをないがしろにしていいわけじゃない。
それにしても本当に危ないところだった。
お父さんはちょっと挨拶を返してきてくれたくらいで全然話してくれなかった。
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「今からめちゃくちゃなこと言うからね。君って想像力がないと思う。いつも貧乏くじを引きたがるよね。例えばさ、小さい頃の話だけど2人でボール遊びしてたよね。そしたら私がボールを強く投げすぎちゃって、近所の家の窓ガラスを割っちゃって。私は叱られるのが怖くて言葉が出なかったけど、君は自分がやりましたって謝りに行って。私は叱られずにすんだっていう気持ちよりも、君に対してごめんなさいっていう気持ちが大きすぎて、しばらくの間君と会うと胸がズキズキと痛かったんだからね。ああいう風に助けられて私がどう思うか想像したことある?」
本当に無茶苦茶だよ、と俺は落ち込むが──いや、でも、反省する。
逆の立場だったら確かに俺も胸がズキズキしたかもしれない。
かと言って彼女がやりましたっていうのもなかなか言えないと思うけど。
2人で遊んでたんだから2人で叱られればよかったかな。
それにしても今日の彼女は本当に厳しい。
ずーっと俺のダメ出しをし続けてる。
もしかしたら俺のことが嫌いなんだろうか。
俺は彼女に聞いてみようと口を開こうとしたが開かない。
アもイもウも言えない。
俺は本当にダメなやつだ。
彼女に嫌われてしまっても仕方がないかもしれない。
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湿った音が聞こえる。
彼女がすすり泣く声だとすぐに気付いた。
こういう時にすぐに勇気づけられるような甲斐性が欲しい。
でもそんなものは俺にはない。
今もこうして何も言えず、バカみたいに黙りこくってる。
手くらい握ってやったらどうなんだ?
そんなこともできない情けない男の俺と付き合ってくれている彼女のことが不思議でならない。
そんなことを考えていると泣き声が聞こえなくなり、酷く落ち込んでいるような声がした。
「あんなのはやめてって私は言ったよね。言ったのに、やめてくれなかったね」
彼女が部屋を出て行く気配がする。
ついに呆れられてしまったのか。
悲しい。
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どうやら俺はまだ首の皮一枚で助かったようだ。
翌日、彼女がまた来てくれた。
とはいえ、あまり機嫌は良くないらしい。
でも怒っている彼女の声も俺は好きだ。
何がどう好きか自分でもよくわからないが、とにかく好きだ。
元気が出る。
だから用事がないならまた話を聞かせて欲しいな──なんて思ったりする。
でもきっと、そんな風に他人任せなところも駄目なんだろうな。
「君ってさ、本当に寝坊助さんだよね。昔からよく寝る人だなと思ってたけど。そういえばアレ覚えてる?忘れてたなんていったら許さないけど。ほら、アレだよ。悪夢の3時間遅刻事件。まあそのまんまだね。寝坊癖直してってお願いしてるのに全然直してくれない。私のことが嫌いになっちゃったのかな」
本当にごめんなさい、と俺は酷く落ち込んだ。
嫌いになんかなるもんか。
ところで悪夢の3時間遅刻事件っていうのは、なんというか、まあそのまんまだ。
デートに3時間遅刻した──寝坊で。
しかも初デートだ、ありえるか?
いや、ありえない。
俺は土下座をして許してもらったが、あれ以来俺はデートの日は目覚まし時計を3つ使い、スマホのスヌーズも15分刻みで合計10回なるようにしている。
それにしても彼女の話を聞けるのは嬉しいけど、俺も何か話題を振らないといけないんじゃないか?
彼女にばっかり話させて、こういうところも本当になってない。
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最近体が少し痛い。
寝違えたのかもしれないし、寝ぼけてどこかにぶつけたのかもしれない。
それとも、もしかして単純に運動不足だろうか。
そういえば彼女はデブが嫌いだと言っていた。
あんまり動かないでいると嫌われてしまうかもしれない。
そんなことを思っていると今日も彼女が来た。
今日もダメ出しなのかな、と何か言われる前から落ち込んでしまう。
でもよくよく考えてみれば自業自得なのかもしれない。
彼女は言っていたではないか……いつだったかいまいち思い出せないが。
おかしいな、俺の唯一の長所は記憶力だったのに。
ああ、そうそう、こんなことを言っていた。
──ねえ、そうやって保険をかけない方がいいよ。嫌われた時のためにそうやってあらかじめ悪いところを押し出してくるんでしょ?まあ確かに最初に自分の欠点を伝えておけば安心できるかもしれないけどさ。でも君が思っているより君のいいところはたくさんあると思うし、悪いところだって他の人はそんなに気にしないと思うよ
当時俺は「そういわれても」と落ち込んだものだ。
だって本当に安心できるのだ。
俺は弱いから、拒絶される前に準備をしておかないとしんどくてしんどくてやってられなくなってしまう。
そんなことを考えていると予想もしなかったことが起きた。
なんと彼女が抱きついてきた。
元からボディタッチが多い彼女だが、こういう露骨なものはあまりない。
やったぜと喜び勇む俺だが、何か様子が変だ。
彼女が泣いている。
大きな声を出して泣いている。
俺が何かしてしまったんだろうか、それとも他の理由だろうか。
聞くのがとても怖い。
とても怖くて口が開かない。
泣いている彼女を抱きしめようと思うが手も動かない。
俺はこんなに臆病でダメな男だったんだろうか。
いや、と俺はムカついた。
自分のことが本当にムカついた。
俺は自分でも自己評価が低い男だと思っているが、さすがにこんな風に彼女を泣かせて何も言わない、何もしない、そんなクソみたいな男だとは思わない──思いたくない。
あんまりにも怒ったからか、目の中でパチパチと光が弾け、ここ最近ずっとぼんやりしていた頭は少しずつクリアになっていく。
手も足もそうだ。
グータラグータラしすぎたせいか、動かすことすら億劫だった手足がノロノロと動き出す。
その瞬間、ふと何かを思い出しそうになった。
黒いドロドロとした海の底から、ぼこりぼこりと何かが浮かんでくるようなイメージ。
晴れた土曜日、彼女と俺、悲鳴、車、悲鳴、悲鳴、悲鳴──とても大事なことを思い出しそうな気がするが、あと一歩というところで彼女の顔を見てしまい全部忘れてしまう。
何せ彼女ときたら、すごい顔をしていたからだ。
喜びたいのか怒りたいのか、どっちとも取れる変な顔。
「ごめん」
俺は念のためにとりあえず謝って、いまだに動かしづらい腕を彼女の体に回して抱きしめた。
それにしても酷い声だ。
「なん、で……謝るの」
彼女が泣きながらそんなこと言う。
なんでと言われてもと俺は落ち込むが、すぐにハッとした。
──なんでもかんでもとりあえず謝ろうっていうのよくないと思うよ!
いつだったか、彼女にそんなことを言われたことを思い出したからだ。
そんな態度は確かに雑すぎる。
俺は本当にダメな男だよな……そんなことを思いながら俺はもう一度彼女を抱きしめた。
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「植物状態だった筈なのに……」
恋人同士と見られる2人が抱き合っているのを見ながら医者が言う。