魔王軍四天王が一人、“忘却のアルガザール”の訃報が瞬く間に魔界に広まったのはつい先程のことである。
ダンジョン計画の第一人者で、二名の部下と共に作戦行動にあたらせていた先での訃報。
あの大魔道士が如何な理由で破れ去ったのか?
残された四天王の面々は皆厳しい表情をしていた。
それは忘却のアルガザールの残した数々の実績を示す二つ名が起因する。
『歩く災害』『歴史の忘却者』『千里眼』『謀術』『不死者』
『召喚士』『千の魔術師』『命名者』
それらを列挙するだけでどれほど偉大な人物を失ったかわかるほどの魔族軍へのダメージ。
かの有名な謀略家、グレゴールもアルガザールの弟子の一人だった。
そんな彼をしてアルガザールをこう称える『如何に我らが優秀であり、優れた戦力、謀略を謀ろうとも師匠なら余裕で生き残り、なんなら返り討ちにしてみせるだろう』と言わせるほどの御仁。
そんなアルガザールの訃報は冗談にしては笑えないと会議室に重苦しい空気を漂わせていた。
「アルガザール程の男がなぜ死ぬ? あの男の代わりはいないのだぞ?」
強かに会議室のテーブルが打ち付けられる。
その巨漢ぶりを遺憾無く発揮し、周囲に威圧をかけるのは魔王軍四天王が一人『暴虐』のギガオーガだった。
鬼神族でも最強を誇り、かつ圧倒的なパワーで逆らうものを皆殺しにしてきた鉄砲玉だ。戦に出れば万の兵を屠り、大将首を持ち帰ることからレッドオーガ(血濡れ)の呼び名も上がるほどその肌色を特徴づけている。
「抑えよ、血濡れの。余とて驚き憤っている」
そんなギガオーガを諌めたのは老齢の貴族風の男だ。
彼もまた魔王軍四天王の末席に座るもの。
『千年貴族』ヴァン・ピール。
ヴァンパイアの始祖であり、彼の手にかかれば純潔の有無に関わらず不死者にし未来永劫その命を隷属させられる。
冷血で冷徹。血も涙もない採決者。
普段から冷静な彼も、戦友でありヴァンの理解者であるアルガザールの訃報を心良く思っていなかった。
今すぐ討伐者を血祭りに上げてやりたい気分だが、冷静さを失っては目の前の木偶の坊と同列視される。それだけは我慢ならぬと己を律していた。
「でもよー、実際どうするわけ?」
魔王軍四天王の中でもとりわけ若い個体『万魔殿』がぼやく。一見して子供の見た目をしているが、その存在は命の定義を無視している。
本体は何処にでもおり、何処にもいない。
目の前の人物をくびり殺したところで本体にダメージは一切入らないのだ。
彼の恐ろしいところはそこにある。
アルガザールをして“未来の四天王を率いるのは彼のような恐れ知らずだろう”と言わしめるほどの才能の塊。
明確なダメージを負わず、そして攻略の糸口がいまだに掴めない。
何度くびり殺してもその場で復活する。
アルガザールの様な『命のストックを分けておく』ことすらせずにやってのける生粋の不死者。
その上でシリアルキラーだった。
それでも魔王に忠誠を誓い、四天王の座に居座っているのは奇跡だとアルガザールは語る。
まるでその様に作られた存在ではないか?
もしくは魔王様の生まれ変わりではないかと揶揄されていた。
明確な名を持たぬのは肉体を器ぐらいにしか見ていないからである。
故に二つ名こそが尊重される。
『万魔伝』、パンデモニウムと。
「彼のダンジョンの攻略率は?」
「98%とのことです」
ヴァンの質問に、足元から伸びた影が応える。
影の中に配下を飼っており、配下同士は念話を通じて主人たるヴァンへ純度の高い回答を伝えるのを至上の喜びとした。
「残り2%は?」
「マナの大樹の生存。実は取り尽くされましたが、本体は無事の様です」
「ダンジョンの器官部が健在なら行幸か。あれが潰えては魔王様復活の為のマナ略奪に支障が出るからな」
ふむ、とヴァンが顎髭を引っ張った。
「彼の部下は息災か?」
「他のダンジョンへ調整に向かってる先での訃報。一番憤っているのは彼らかと」
「だろうな。だが命令を履き違えてはならぬ。あくまで我らの、あの男の目的は魔王様復活に必要なマナの補填。その為のダンジョンであり、その為の男だ。主人なき今その命令を実行できるのはお主たちだけであると伝えておけ。あと危険度は最大限に上げておけと伝えておく様に」
「ハッ」
配下との連絡を切り、ヴァンは呼び出した二人の同僚へと呼びかける。
「さて、会議を始めよう。我らが主人の復活、そして亡き友の敵討ちも含めて我々も動かねばならんだろう。異存はないな?」
獰猛な笑みを浮かべるギガオーガに、淡白な笑みを返す『万魔殿』。
会議は恙無く行われ、そして開拓地への攻略は激化した。
弔い合戦である。
決戦の地、異世界レグザル王国近郊で戦いの予兆は静かに進められていた。
一方、地球組は……
水面下でそんな事が起きているなどつゆ知らず、今日も今日とてダンジョンアタックの選抜メンバーを決めていた。
呑気なものである。