私が正義の代弁者として、磯貝家を張り込みしていたときのことだ。
突然強い光が床から発し、気がつけば私の肉体は学校の教室にあった。
まだ通学中で授業が始まる前の教室で、そこは噂の教室でもあった。
これは神様の思し召しに違いない。
正義の心を胸に抱いた私は、世の中の全ての憂いを払拭する為に行動を開始する。
「少しお時間いいですか? あなたは岡戸達也君だよね? 今ネットで話題の異世界転移についてお話を聞きたいの」
授業が始まるまでのほんの少しの時間も見逃さない。
それが私の仕事をする上の信条だった。
「なんですか突然。ここは学校です。どこから入ってきたんですか? 警察を呼びますよ! 呼びました」
なんて対応の早い子なのだろう。
きっと親御さんの教育がいいのね。
これは敵わないわと退散し、経路の違う生徒たちに狙いをつける。
この私立校は海外留学生を受け入れているとは情報にない。
ハーフの子がいるとも聞いてないので、この子達が異世界からの来訪者なのではとアタリをつけて突撃する。
「こんにちは、少しよろしいですか〜」
渾身のスマイルで警戒心を解きほぐす。
ってこの子、すっごいイケメンね。まるで御伽噺の王子様みたい。
「よろしくありません。どうぞお引き取りを」
あら、冷たくあしらわれてしまったわ。
奥の女の子を守る騎士様ってところね。
ムフフ、私そういうの大好物よ。
奥に控えてる女子生徒も同性とは思えないほど透明感があって天使のよう。そのそばに控える男子生徒は、こっちも負けず劣らずのイケメンね。ちょっと涎が出てきそうだわ。
と、いけないいけない。使命を忘れるところだったわ。
それから執念で聞き込みをして回ったけど、睨みつけられるだけに終わってしまう。
なお、私の他にも突撃取材をしている方は多く見受けられた。
私の質問なんて可愛い方だ。
中には恫喝して相手を怯えさせてる記者もいる。
同じ記者として嘆かわしいわ。
しかしそんな時、またもや床が発光したの。
なに? 今日はよく床が光ったり揺れる日ね。
もしかして恐怖の大王が復活する前触れかしら?
でも負けないわ、私の正義は全国5000万人の読者さんが期待してくれるものなんだから!
クラスの子達は歓喜してるこの他に、ひどく落ち着いてる子も多かった。そしてすぐに発光すると、歓喜してる子たち以外がその場から書き消えてしまう。
歓喜していた生徒の中には、今朝インタビューした岡戸君の姿があった。私は諦めの悪さで今のポストを勝ち取った自負がある。
今日中に情報を抜いて会社に帰らないと席がなくなっちゃうわ。
なんとしてでも聞き出さないと。
そう思ってインタビューすると、突然岡戸君の手のひらから溢れ出た炎によって火傷してしまう。
「熱っ! 何をするの! 急に人が変わったみたいに凶暴になったわ!」
悪戯をするにしたって急すぎるわ。親御さんはどんな躾をしているのかしら?
「東西スポーツさん、ここは逃げた方がいい。あの子達、暴力に至るまでのリミッターがプッツンしちまってるらしい」
顔見知りの記者が右頬を大きく晴らして訴えかけてきた。
どうやらその方が良さそうだわ。
急に凶暴になった生徒たちから距離を取るように、私達はどうやってここにきたのかもわからない巨大な迷宮を彷徨い歩く。
一緒に連れ歩いた男は、40代の中程を回った中年男性だ。
家庭を顧みずに記者魂を発揮させた挙句、一家離散の憂き目にあっていた。
まだ年若い私が何度もこの道に入るのを引き止めた本人でもある。
何度も余計なお世話だと思ったけど、こんなことになるのなら今日は休日を貰えばよかったわね。
日に日に曜日の感覚がわからなくなり、テレビをつけたのはいつだったかしらと記憶も怪しかった。
情報は日々更新されていく。
記者にとって情報とは飯の種だ。
一時期バズっても、すぐに新しい情報に取って代わられる。
情報は鮮度が命だ。
だから寝ずに家の付近を張り込みするのが日課になっていた。
もう満足に睡眠をとってない。意識が朦朧としているのをエナジードリンクで無理やり起動させているに過ぎない。
「ここに隠れてましょう。ここなら、やり過ごせると思うわ」
「ここは……?」
人気のない方へない方へと進んできたのでここがどこだかよくわかっていない。けれどみたこともない調度品から、ここはきっと土地勘が働く場所ではないのだろうと勘が告げていた。
「東西スポーツさん、あんたこの仕事何年目だ?」
「またその話ですか? 五年目ですけど」
「わるいこたぁ言わんから今すぐに足を洗った方がいい。ここはあんたのような若い娘さんが命をかける場所じゃない。自覚してるんだろう? ヤクザ者のような真似事をしてるって」
「でも、私の情報を待っててくれる読者さんが……」
「あんたの名前なんて誰も覚えとらんよ。覚えてるのは雑誌の名前ぐらいだ」
「それでも……!」
「──そこに誰かいるのか?」
「……ッ」
かけられた声に驚きながら、私達は声を顰めた。
息を潜め、壁になった気持ちでいると、ひょっこり現れたのはあの時見かけた学生の一人だった。
「あー、やっぱりさっきの記者さんじゃん。ちょうど良かった。良かったら俺と組まねぇ?」
軽薄さを顔に貼り付けた信用のならない生徒は木村と名乗り、自らをTotuberと名乗った。
同じ情報社会で食べている者同士、手を組もうとの声掛けに私達は藁にもすがる思いでその手を取った。