教育熱心な両親に育てられた岡戸達也は、出来の良い兄といつも比べられてきた。
クラスで一番でも、常に上位を目指さなければいけない。
そもそも選んだ高校で軽視される。
そんな両親にウンザリしていたのは事実だった。
そんな折、異世界に勇者召喚されるチャンスに恵まれる。
正直不幸中の幸いと言って良い。
達也にとって日常の息抜きは無料で読めるネット小説くらいなのだから。
そこで達也は今の自分とは違うもう1人の自分を持っていた。
そう、チーレム主人公の自分をだ。
普段周囲にそっけない態度を持つ達也だが、本心では誰よりも目立ちたがり屋だった。
ただ生まれついてスポーツは苦手で、クラスでは誇れる勉強も塾や兄の成績と比べたら中の下。
あまり良いとは言えなかった。
勇者願望の強さなら誰にも負けない達也。
しかしラノベで得た知識がどこまで通じるかわからないのも事実。
王国側からの説明で入手したスキルは魔法の才能だった。
これだよ、これ!
こういう特別な力が欲しかったんだ。
胸の内に燻っていた感情が晴れていくのを実感する。
問題はどうやってこの力を行使するかだ。
普段からインスピレーションをもとめられる世界で生きてきた達也は手のひらに籠る熱量を意識して呪文を唱える。
知識にあるのは聞き齧ったゲームの魔法。しかしそのどれも該当せず、ただ祈る様に「火よ灯れ」と念じると指先に小さな炎が伴った。
100円ライターさながらの明かりだが、ないよりはマシだ。
今はこの程度でもこれから育てていけば良いのだ。
実際に達也の才能は火属性だけにとどまらず、水、土、風、光、闇の六属性。
ゲームによってはもっと属性はあるが、それでも扱える幅が増えるのはメリットになりうる。
そして王国側からの通達でランク分けされようとした時だ。
自らをAランクだと確信していた達也に降りかかった災い。
それがこちらに召喚される際に感じる縦揺れで。
校則違反であるスマホの持ち込みが明るみになるのと同時にその着信音が現実に帰ってきたことを強く仄めかす。
担任もそれを咎める様な行動に出ていたが、それ以上に王国側の騒ぎの方が大仰だ。
やはりというか、元の世界では魔法元素と呼ばれるマナが少ないらしく、魔法そのものが使えなくなっているらしい。
これから行うクラス分けの水晶、要は能力測定の魔道具が不具合を起こしたことを通告し、では他のは使えないかと魔法でチェックしようとした時に魔法そのものが使えなくなる事が発覚、事態は急変したそうだ。
クラスメイト達は突然の帰還にホッと一息つく者も多いが、中には達也の様に悔しがるのも数名散見された。
担任教師の桂木もまたそのうちの1人。
「先生も、当たりのスキルを貰ったんですか?」
「そう聞くってことは岡戸もか?」
「6属性魔法っぽいですね」
「魔法もいいよなー、俺はアイテムボックスだ」
「あ、それ一番チートな奴」
「お前、真面目なだけがウリかと思ってたら案外いけるクチか?」
「僕なんてそれほどでもないですよ。勉強の息抜きに齧ってる程度です」
「つっても、ここじゃ魔法の類は使えないっぽいし」
そう言って虚空に手を伸ばしたり、握ったりしている桂木。
「先生のスキルは魔法なんですか?」
「今現在使えないってことはそうだろう。後々事実確認も兼ねて王宮側に直接お伺いを立てるつもりだったんだが」
「ええ、事情が変わりましたしね」
「問題は教頭や警察がどこまで介入してくるかだ」
「お仕事ご苦労様です」
「ったく、少しも夢を見させてもらえないなんて、現実なんてクソ喰らえだ」
桂木はそれだけこぼして教室をさった。
残された王族、警察に対して過剰防衛に出る王国騎士団達。
達也達のクラスは授業どころじゃなくなり、その日は学級閉鎖となった。
家に帰れば塾の時間まで勉強していろとお叱りの言葉。
親にとって日常のハプニングなんてあってないものだった。
確かに感じた非日常。
魔法というこの世界では味わえない興奮材料が、現実に帰ってから達也の内側で色濃く燻り続けた。
「もし、もう一度あの世界に行けたなら……」
今度こそ悔いのない選択をしよう。
机に向かって勉強に打ち込みながら、達也はより強く心に刻んだ。
しかし達也がどれほど非日常を望もうと、その日が訪れることはなかった。
そんな思いを抱きながら1週間の月日を過ごす。
思いが強まっていく達也は、その話題すら出さなくなったクラスで仲間を探す様にどんなスキルを貰ったのかを聞いて回った。
最初こそ興奮状態もあって能力をひけらかしていたが、日に日に激しくなるマスコミ達の追及に、そんな能力なんて手にしてないと口を閉じる事を余儀なくされたクラスメイト達。
達也の聞き込みを嫌がるクラスメイトの中で唯一反応の良かったものがいた。
それが木村翔吾という男である。
「どうした秀才君。あんたらしくないぜ、そんな聞き込み」
「いいじゃないか、実際に自分のもらったものがどの位置にあるのか気になるだろ?」
「分かる! どうせなら使えるスキルの方がいいしな」
「ああ」
「でもよ、人に聞くならまず自分からって言葉知ってる?」
木村という男は転んでもタダでは起きない性格をしている。
すこし悩み、せっかく高反応を示してくれた相手に渋る必要もないかと達也は頷き、能力を明かした。
「マジ!? 大当たりじゃん!」
「やはりか!」
達也はその言葉が聞きたかったと感嘆しながら興奮気味に反応する。
「で、木村は?」
「俺は放送局ってスキル」
「なんだそれは?」
意味がわからず聞き返す。
「俺も意味不明なんだよね。ただ、異世界でも俺だけ電波は繋がってたんだ。魔法っつーより人力Wi-Fiみたいな?」
「え、凄くないか?」
「まぁ電気がないからどっちみちスマホは使えなくなるんだけど」
「ダメじゃないか」
「そこなんだよ。なんか解決策とかないかね?」
「震災用の手動充電器とかはどうだ?」
「あー、でもあれって配信には向かねーべ?」
「流石に電力の無駄遣いは……」
「実は俺Totuberでチャンネル持っててさ、ワンチャン異世界生配信で食ってけねーかなって目論んでたんだわ」
「投げ銭貰ってもあっちで使えないだろ」
「いや、放送局のスキルで換金が可能で、あっちの貨幣もいけるっぽい」
「凄いな」
「ワンチャン岡っちの魔法で電気作れねーか?」
そこでそう来るか。
確かにそれだけ恵まれた能力があれば藁にもすがりたくなる。
達也はもし向こうに行けた時、協力者は多い方がいいだろうとその願いを聞き届けてやることにした。